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第六十七話 隠し通しなさい


「何でしょうか?」


 ヴィルヘルムはわたしの問いに返事をせず、そのまま杯に手を伸ばし触れようとする。すると触れるか触れないかのあたりで、パチンッと音を立てて力の器が彼の手を弾き、拒絶する。

 この現象には見覚えがある。一つはヴィルヘルムがアダン領にあるクロネの石碑に触れようとした時、もう一つは大地に精霊力を注ぐ石柱にヴィルヘルムとジギスムントが触れようとした時だ。

 ヴィルヘルムはそれで確信を持ったのか「やはりな」と自身の手を軽く撫でながら呟く。


「シヴァルディ」

『はい、ヴィルヘルム。お話は終わったようですね』


 ヴィルヘルムが森の精霊の名を呼ぶと翠色の光の粒を弾けさせながら、シヴァルディが長髪を靡かせながら現れた。するとヴィルヘルムは銀の石が光る力の器を指差し、尋ねる。


「シヴァルディ、この力の器を歴代のジャルダンは触ることがあったか?」

『いいえ。当時の国王らが所持しておりましたから。触れるなんてことはありませんでしたが』


 シヴァルディは首を横に振って否定する。するとヴィルヘルムは眉間に皺をよせ、頭を抱えた。何故頭を抱えることになっているのか、よく理解できず首を傾けると、ヴィルヘルムはそれを見て深い溜息をついた。確実に呆れられているのがわかる。何それ、どういうことですか。


「あのだな……、弾かれたのを見ただろう? それで何か気付かないか?」

「領主様が触れないということは、コンラディン様に協力できないですね」


 コンラディンはヴィルヘルムとわたしの精霊力の高さからこの依頼をしてきたのだ。触れないとなると注ぐことはできないので、わたしが注いで満たすしかない。ごく当たり前のことを言ったが、ヴィルヘルムは首を横に振る。

 

「そういうことではない。あの力の器は王族の証である白色の精霊力を持つ者しか触れられないということだ。だから私は触れることができない。だが、其方は特殊中の特殊で無色の精霊力を持っている。ラピス様の再来とも言われかねない状態なのにも関わらず、どうして易々と力の器を持ってしまうのだ。もしあの場で私があの器に触れていたらどうなっていたことか」

「あ……」


 しっかりと指摘されてやっと理解した。もし先程の場でヴィルヘルムが器に拒絶されていたら、何故わたしが触れるのかと大きな騒ぎになるのは間違いない。しかもよくよく考えたら、あの精霊道具には白色の炎が灯っていたから王族しか触れないのは明らかのに。わー! 何でもっとよく考えて動かなかったんだ、自分!!

 ぽかぽかと頭を叩きたくなる衝動を堪え、握り拳を膝の上に項垂れる。ヴィルヘルムが気付いてくれたおかげで何とか首の皮が繋がった状態であることに感謝するしかない。


「私も含め、精霊道具の色を判別できる者が現状少ないから何とかなっているのだ。其方は制限がないことを自覚する必要がある」

「はい……、おっしゃる通りです……」

「とりあえずコンラディン様方の前では私は不用意に精霊道具などには触れないようにする。だから今後、其方も気をつけなさい」


 ヴィルヘルムの言葉にこくこくと頷く。気が抜けてしまっていたことを再確認したので、十分に気をつけたいところだ。せっかくここまでやってこられたのに、気付かれてしまっては元も子もない。


「考えなしで申し訳ありません……。そして力を貸していただきありがとうございます……」


 ヴィルヘルムに手を焼かせてしまった罪悪感から謝罪と感謝を述べておく。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。そんな凹んでいるわたしの様子を見て、ヴィルヘルムは「もう次はない」と呆れた声で言った。


「やっとここまでやってこられたのだ。コンラディン様方には最後まで隠し通しなさい。そうすればあとはどうとでもなる」

『そうですよ、リア。地に精霊力が注がれれば私の配下の精霊も少しは戻ってくるでしょう。リアが以前注いでくれた分だけでは僅かに足りなかったので、今回は確実ですよ』


 二人の励ましの言葉に胸のあたりがじんわりと温かくなる。この二人を困らせることがないように十分気をつけよう……。心の中でそう決意を新たにしていると、ヴィルヘルムが「それで」と話題を切り替える。


「この五つの力の器を其方一人で満杯までできるのか?」


 わたしは机上の力の器を見る。嵌められた石の色だけが異なる杯、まだきちんと手に取って確認できていないがおそらくほぼ空に近い。ヴィルヘルムは色の関係で弾かれるから手伝うことは不可。わたし一人での作業になるのは間違いのないことだ。できるかと言われるとどうだろうかとぼんやりと考える。


「一気には無理ですが、少しずつならばできると思います」

「先程の状態になるのは心配なのだが」

「仕方ありませんよ。たくさんの貴族の方から貰うはずの精霊力をわたし一人で補っているのですから」


 わたしの言葉にヴィルヘルムは心配そうに眉間に皺を寄せるが、言い返す言葉が見当たらなかったようで目を彷徨わせている。ヴィルヘルムの表情はいつもとは異なって、不安度が高い。枯渇気味になるのが心配なのはわかるが、それにしてもである。


「領主様、わたしは大丈夫ですから! ほら、今、成長期でたくさん伸びてますし!」

「伸びていると言ってもだな」

 

 安心させるために胸をドンと叩いてみるが、あまり効果はなかったようだ。まあでも、まとめて注ぐような真似さえしなければ枯渇して倒れることはない。回復速度も本当に早くなっているので、もうこの時点で先程使い切った精霊力もほぼほぼ回復しているのだ。だからそこまで心配される必要はない。

 ヴィルヘルムはこれ以上何を言っても無駄だと悟ったのか、諦めた表情を見せた。心配してくれるのは有難いけど、やらないとシヴァルディたちとの約束は守れない。ヴィルヘルムが何と言おうとやるしかない。



 その後、仕事が残っているヴィルヘルムとは別れてわたしは部屋に戻り、隙を見て一つだけ力の器に精霊力を注いでしまう。少しずつ時間をかけてやってみたのが良かったようで多少の疲労感のみで済んだ。これなら日常生活にも支障はないだろう。

 心配したヴィルヘルムが今日する必要のないわたしの仕事や用事を全てキャンセルしたので、晩餐までやることがない。それならばやることは一択だ。


 休みをくれたってことはそういうことでしょう? それなら好きなことさせてもらっても文句は言わないよね?


 にやけそうになる顔を何とか鎮めていると、現界していたイディが呆れているのか溜息をついた。溜息ぐらいではもうわたしは止まれない。せっせと世話を焼いてくれていたフェデリカを下がるように伝える。しかし彼女は困った笑みをわたしに向けた。


「ヴィルヘルム様より体調確認のため今回はお側を離れないように言われております。ですので晩餐までゆっくりお休みくださいませ」


 何 だ っ て ? と令嬢らしくない言葉を口にしなかった自分を褒めてほしい。

 どうやらヴィルヘルムに先手を打たれていたようだ。もしかして解読に夢中になりすぎて晩餐をすっぽかすのを恐れているのだろうか。さすがにわたしもそこまではしないと思うけど、多分。でもわたしの生き甲斐を阻止してくるのは由々しき問題だ。後で抗議しなければ。

 フェデリカがこう言う以上、わたしとしては何も言えないが頬を軽く膨らませて席に座る。そして冷めかけた残った茶を全て飲み切った。冷めても美味しくて幸せだけれど、解読できないなんて悲しすぎる。悲しみに暮れているわたしを慰めるためか、フェデリカは「お茶のおかわりを淹れますね」と笑みを浮かべ、茶の入ったポットを用意し始める。

 すると扉の外から来客を知らせる鈴の音が聞こえた。フェデリカが手を止め、扉を開けて対応する。


「オフィーリア様、フェシリア様よりお手紙が」

「あ、お誘いですかね?」


 また話がしたいと言っていたのでそれだろうと思うが、確認するために手紙を受け取り、中身を読む。やはり内容は茶会への誘いだ。フェデリカに予定を確認し、返信をすぐにしたためる。明日明後日はフェシリアも忙しいと思うので、三日後以降ならいつでも良いだろう。


 手紙を書き終え、筆記具を置くと、フェデリカがそれを受け取り、封筒に詰めてくれた。そして彼女は手紙を書いている間に「茶を淹れ直しました」と机の方を指し示す。そこには温かそうな湯気の立つ琥珀色が用意されていた。礼を言い、わたしは早速頂くことにした。温かいものは温かいうちにが鉄則だ。


「ではお手紙を届けて参りますね」


 フェデリカが封筒を手にそう言うと扉を開け、外に立っていたメルヴィルに交代を申し出た。しっかり監視されてるなあと思いながら、もう一口茶を口に含んだ。




 ヴィルヘルムのおかげで強制的に休まされたわたしはかなり暇を持て余してしまった。晩餐で会った時にヴィルヘルムにもう元気である旨をしっかりと伝えて明日から動かせてほしいと懇願することになる。儀式も近いし仕方なしと言った態度で許可を無事に得て、明日からはいつもの生活に戻ることになった。ただし儀式を終えるまで力の器に注ぐことを禁止されてしまった。……もう一つ注いじゃったんだけど、まあ黙っていようかな。でもこれで監禁生活…ではなく、休息時間は終了だ。ずっと人が近くにいると金文字も精霊道具も使えないから、趣味に興じることもできないのだ。解読できないなんて本ッ当に嫌すぎる!

 次の日はいつもの教育と領地とプレオベール家の仕事をこなすだけで精一杯だった。夜に寝所から抜けてやろうかとも考えたが、ヴィルヘルムの呆れた表情がチラついてやめておくことにした。まあ明日は儀式だし、体力温存することにしよう。


 明日はジャルダン領の儀式だ。ヴィルヘルムの話ではコンラディンたちはジャルダンの土地の三分の一ほどは注いだらしい。あと少しで森の精霊も帰ってくる。頑張ろうと呟きながら眠りについた。





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― 新着の感想 ―
[気になる点] 精霊王が何か言いかけていた事を思い出す・・・ 他の領地の上級精霊も起こさねばならないですし、やっぱり真っ白になってしまうのでしょうか?白と他の色の子供だと、どちらが優勢になるのでしょう…
[一言] あー、確かに迂闊でしたね 精霊力を注ぐことに気を取られて精霊道具の特殊さが抜けてましたな 気が付かれなきゃいいですが誰かが弾かれた時点で思い出されちゃいそうだなあ
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