第六十四話 王家の発表
まず、アダン領に精霊が戻ってきたことが発表された。
これはアダン領の貴族も目撃しているから隠し通せることではないし、喜ばしいことなので問題ない。アダン領では精霊信仰が深いが、その他の領地では浅く、寧ろお伽話のような存在なので、その衝撃は強かったようだ。そして魔力という言葉は誤りで精霊の源であるから精霊力が正しいとも訂正された。
また精霊が戻ることで土地がより良くなると伝えられて、尚且つそのためには精霊への祈りの儀式の必要性をコンラディンは強く訴えた。そのためジャルダンの貴族はすぐにでも儀式を行ってほしいとヴィルヘルムへ嘆願がかなりの数殺到したそうだ。本当は土地が良くなることで精霊が戻ってくるというのが正解だが、この国の象徴である精霊を信仰させるためには嘘も必要だということなのだろう。実際に貴族たちが動いているし。
ただその儀式を行う会場が精霊殿──今は孤児院と成り果てた建物だと知ると、貴族たちは難色を示したそうだ。それはそうだ。教育されていない平民の子どもが出入りしている──階級主義の貴族たちにとっては嫌な話だろう。わたしはそう思わないけどね。アダン領の場合は領主が代々、精霊を大切に想っていたからあの建物から出ずに暮らしていたため、孤児たちはきちんと教育され、忌避もなく、儀式をスムーズに行えたのだ。あそこは特殊である。だから他領ではなかなか準備が整うまで時間がかかりそうだという。ジャルダンはコンラディンの要請もあり少し早めに動けたが、それも五十歩百歩だろう。ジャルダンも精霊殿は孤児院と成り果ててしまい、その機能を復活させようと考えれば孤児院長マルグリッドを中心に大規模な清掃や教育をしていかなければならない。ん……? ということはわたしは大義名分を得てマルグリッドたちに堂々と会えるのでは? これは嬉しいことだ。楽しみになってきたぞ。
次にブルクハルトの訃報が発表された。これもなかなか大きすぎる知らせである。
ただコンラディンは連座を回避するために彼を事故死としたようだ。実際にブルクハルトが犯した罪はあの場にいた人間と精霊しか知らないこととなる。多分このまま墓場に持っていけということだろう。わたしもヴィルヘルムも国を乱したいとは思わないから黙っておこうという話になった。
また、彼の死と合わせてブルクハルトの妻たちも死のショックから療養するとも発表され、彼らの子どもたちは籍だけはコンラディンの子とし引き取り、教育を施すこととなった。次期国王の座は空座のまま、いずれかはフェシリアたちの中から選定することを決定している。時期は末子のシュルピスがお披露目を迎えてからになるので、八年後だ。それまでにコンラディンに何かあればお披露目が済んでいるフェシリアに、そして補佐をフリードリーンが行う。この決定にはアダン領主、およびアダン領の貴族たちの声が大きいという。
「……コンラディン様はこれを狙っていたのだろうか。そのためにアダン領に送られたとしか思えない」
「え? でもブルクハルト様の死で混乱しているとプローヴァ様はおっしゃっておりましたが」
報告を読んだ上でヴィルヘルムは自身の考えを話した後、顎に手を当ててじっと考えている。
だがわたしが聞いたのは先程言った通りだ。混乱しているからコンラディンが出て行ける状態ではないと。それならば狙ってやったとは言えないのではないか。
「コンラディン様としてはフェシリア様たちを後継として認めさせたかったのではないかと。だから発表する前に手柄を立てさせた。長年追い求めてきた内容であれば周りも納得させやすい」
「手柄とは……精霊の目覚め、でしょうか?」
フェシリアは精霊たちを目覚めから解き放った立役者となることで、次期国王をフリードリーンにと推す声を減らそうとしているということだろう。わたしの答えにヴィルヘルムは「いや、少し異なる」と首を横に振った。
「精霊の目覚めはコンラディン様にとって予想外だっただろう。私自身もだが、目覚めは全ての大地が潤った時点で可能だと思い込んでいた。しかしそうではなく、その地の精霊が呼びかけても可能で今回はクロネフォルトゥーナ様が既に目覚めていたので彼女が呼びかけ目覚めた。これは誰も予測できないことだ。私が言う手柄とは儀式の成功とアダン領民の信頼を勝ち得ることになる」
「人気みたいなものですよね? 確かにお見送りするくらいフェシリア様は大人気でしたが」
「そうなるとは思っていなかっただろうが、精霊のための儀式を行いそれを成功させたというだけどフェシリア様への好感度は高くなるだろう? そうしたら彼女を王にと望まれるはずだ。実際になっているしな」
それだけで? とは思ってしまうが、あの教育されたアダン領民ならばそうなるのはわかる気がする。仮にブルクハルトがコンラディンを討ち取ろうとしたことが露呈したとしてもフェシリアだけは連座から除外せよという運動が起こるかもしれない。アダン領だけにはなるが、その声はきっと無視できない。そう考えるとコンラディンの策略な気がしてきた。
「このまま行けばフェシリア様が次期国王に近いだろうが、精霊力の高さを考慮するとどうなるかはわからぬな」
「……とりあえずフェシリア様が処刑されなくて良かったです」
胸に手を当てて安堵の息を吐く。どうなるかわからないと言っていたフェシリアが無事なのは嬉しいことだ。……あ。
「あ、あの……領主様?」
「その切り出し方には嫌な思い出しかないが、仕方がない。言いなさい」
一気に不機嫌な表情を見せ、青磁色の瞳をこちらにじろりと向ける。冷え冷えした視線に冷や汗が噴き出るが、フェシリア──王族との約束を反故にするわけにはいかない。引き攣りそうになるが何とか笑顔を作る。
「アダン領でフェシリア様に儀式の成功時にご褒美が欲しいとお願いされたのです。その……お揃いを、と」
「…………」
しどろもどろになりながらフェシリアの要望を伝えるとヴィルヘルムはわたしをじっと睨みつけ、そして深い深い溜息をついた。これは完全に呆れられている。
だってこれは断れないでしょう? 王族に逆らっちゃダメって教えたのは領主様たちじゃない、と内心で文句を垂れつつ、ヴィルヘルムの言葉を待つ。わたしが勝手に動いたらそれはそれで駄目なのはわかっているからだ。
「其方は……本当に……」
「領主様にご迷惑をおかけするのはわかっていたのですが……。お断りしても良かったのでしょうか?」
「いや、断るのは不敬になる」
きっぱり言い切られ、ですよねーと彼と同じ見解で良かったと安心する。
「何故そういうことになるのか甚だ疑問だが、フェシリア様もご自分のお立場をよく理解されているのかされていないのか……よくわからぬ」
「それはわたくしにもわかりません」
確か十二歳だから精神的にはまだ幼い。思春期突入あたりだしね。だが彼女は王族としての教育もきちんと受けているはずだ。あれはわざとなのか、そうでないのか……どちらなのだろう。
ヴィルヘルムは再び軽く呆れ溜息をつくと、腕を組む。
「まあ良い。それで其方とお揃いか……、変わり者だな」
「それそこ不敬です、領主様」
わたしのことをどう思っているのか、よくわかる一言だ。酷いと思う。唇を尖らせてむくれ、ヴィルヘルムをジト目で睨んでおく。
「髪飾り、指輪、耳飾り……この辺りは避けるべきか。フェシリア様と其方がお揃いのものを身に付け、それが人目に触れれば其方が他領の貴族から目をつけられる」
次期国王に近いからということだろうか。それならば目をつけられたくないので、それはなしだ。目をつけられたくないし、絡まれたくない。王族だけでお腹いっぱいである。
「部屋に置いておくものなら良いのではないか? 執務系のものや生活用品などなら酷く目立つことはないだろう。……あとは其方が考えて用意すれば良い」
丸投げしたら、投げて返された。でも駄目なものは教えてもらったので、それを除外したものを贈ることにしよう。彼女がジャルダンに来るのかは未定だが、早めに準備しておくことに越したことはない。ちゃんと助言をいただいたのでヴィルヘルムにお礼を述べると「……一応贈る品は確認するからな」と念を押された。まあ妥当である。
「……発表があったので当分は悶着はあるだろうが、儀式を行いたいと願う領地の処理で精一杯だろう。ただここも含め、他領の精霊殿は孤児院になっているか、空城になっているか。だから整備し、王族を呼べる環境を早急に整えなければならないだろう」
「ジャルダンはどのような状態でしょうか?」
わたしがアダン領に滞在している間にどこまで進んでいるのだろうか。ヴィルヘルムのことだからきっと指示は出しているだろうと思い、尋ねる。
「マルグリッドと相談し、精霊殿の核になる講堂を整えてもらうことと、孤児の動線と貴族の動線が交わらないようにと要望を出した。またマルグリッドが教育を行い、合格点に達した者が登城した貴族たちの対応をすることになっている」
「教育にはどのくらいかかりそうですか?」
「早くてひと月くらいだろう。儀式の方が早ければマルグリッドの生家であるキャンデロロからも人員を出すことには同意させた」
もしかするとアモリたちに会えるかもしれないと期待してしまう。そんなわたしの思いを見透かしているのか、ヴィルヘルムは何も指摘せず、小さく息を吐いた。そしてわたしの髪に飾られる翠色のお守りに手を伸ばし、触れるか触れないかのあたりで手を止める。
「仲良くしていた子どもたちはマルグリッド次第だが、儀式の際に入った時は一目見ることは可能だ。だが其方は貴族となった。その自覚はしておいてくれ」
「……わかっていますよ」
前と同じように接してはならないということだ。痛いほど理解している。目線を上にし、ヴィルヘルムの顔を見ると彼の顔は悲しそうにも見えるし、困っているようにも見える何とも言えない表情をしていた。お守りの近くにあった手はだらりと下に空を切っていった。
「儀式の日程は今のところ未定だ。力ある領地が優先が基本だろうからな。ジャルダンはそこまで強い領地ではないが、コンラディン様の判断次第だ」
「ではコンラディン様のお返事待ちですね」
「そういうことだ」
ヴィルヘルムが頷く。三大領地であるフォンブリュー、トゥルニエ、ギルメットが先になるだろうか。それとも準備が整い次第回ることになるだろうか。コンラディンが何を優先するかで変わるということだ。どちらにせよ、王族が願い出ればそれで動くしかない。
ここで儀式をするのはフェシリアか、それともコンラディンか、と考えているとふとフェシリアとのやりとりを思い出し、ヴィルヘルムにぶつけることにした。
「あの……領主様」
「また嫌な聞き方をするな。それで用件は何だ?」
「婚約の件です」
何気なく尋ねたのだが、ヴィルヘルムの顔が真顔になる。悪いことなのだろうかと思ったが、彼の反応はないのでそのまま続ける。
「この婚約はわたくしを守るために結んでくださいました。ですがコンラディン様とはきちんと契約を結びましたし、アリーシア様の問題もほぼ解決済みです。ですので」
婚約解消した方がよろしいのでは? と言おうとしたところで、タイミング悪くリンリンと鈴が鳴った。ヴィルヘルムの執務室に入室したいと願い出るものである。話の途中なのだが、ヴィルヘルムは何事もなかったかのように許可を出す。入室してきたのはアルベルトだった。
「ヴィルヘルム様、孤児院より書簡が。……オフィーリア、いたのか」
「お父様。発表の詳細を聞いていたのです」
「其方はアダン領にいたからな。……ヴィルヘルム様、こちらを」
アルベルトが木簡をいくつか差し出すと、ヴィルヘルムはそれをゆっくりと受け取った。
こうなれば婚約の件は話しにくいかな、また別の時に話そうかとわたしは彼の仕事の邪魔にならないためにも退席することにした。
イディとシヴァルディは不在




