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第六十三話 帰領


 アダンの地の精霊が眠りから覚め、アダン領民は歓喜と混乱に陥った。ジギスムントはその喜びを噛み締める間もなく、事後対応に終われることとなる。呼び起こしたクロネは申し訳なさそうだったが、喜ばしいことであるし、ジギスムント自身も感激のあまり涙を流しっぱなしだったので問題ないと思う。

 その混乱の中、フェシリアは「お揃い、楽しみにしてますね!」と言う言葉とともに、二つの時の中位と下位精霊を連れてアダン領を去って行った。精霊が帰ってきたことから滞在は一日だけ伸びたが、彼女を正真正銘の女神だと認識したアダン領の貴族たちが見送りにぞろぞろと登城し、彼らの歓声に囲まれての旅立ちとなった。……うん、王家への敬愛が深まって良かったと思うことにしよう。


 そしてわたしも役目を終えることができたので、ジャルダン領へ帰領することになった。精霊が目覚めてから三日目の朝のことである。すでにわたしは準備を終えているので、荷物などを積めば出発できる。今は荷造り待ちだ。本当は解読作業をして待ちたいところだが、誰がやってくるかわからない状態で広げられないのでお預けだ。はあ、悲しみが深いよ。そんなわたしの周りには灰色の灯火のような光がふわふわと舞っている。それらを見てイディとクロネがキャッキャッとはしゃいでいる。


『リアは精霊たちに好かれやすいね』

『リアの色が理由だと思う。だってフェシリアのお付きの人には寄ってなかったでしょ?』

「それは嬉しいね」


 大きさはさまざまで、クロネが言うにはこの大きさで上位中位下位と分けられるらしい。とても単純で分かり易い。イディたちのようにコミュニケーションが取れないので、彼らはふわふわと好きなところを飛んでいる。その中で気に入った人がいれば契約となるらしい。わたしは最高位の人型精霊と契約しているため、普通の精霊とは契約できない。上下関係はしっかりしているようだ。

 そしてこのアダン領の精霊は時の精霊であるため、同じ色である灰色の精霊力を持つ者にしか寄らないそうだ。わたしや王族であるフェシリアは特殊なため除外して、フェシリアのお付きの他領出身の者には一切寄り付かなかった。彼らが少ししょんぼりと項垂れていたのは可哀想だが、こればかりは仕方がない。出身地の領地の精霊が眠りから覚めるのを待つしかないのだ。


『多分帰る頃には大騒動だろうね。フェシリアがコンラディンに報告してると思うし』

 

 わたしがジャルダンに到着する頃にはフェシリアも王都に戻っているだろう。ジギスムントもコンラディンの報告の手紙を送っているだろうが、彼女から経緯を聞く方がより詳細だ。

 おそらく今後、アダン領以外の精霊を目覚めさせるために精霊殿での儀式を推奨する動きになると思う。実際に精霊が現れたアダン領のことを知れば、他領も同じようにと思うのが普通だろう。この調子でどんどん儀式を行って、このプロヴァンスの大地が精霊力で満たされれば、全ての精霊が目覚めることになるだろう。ただ今回の呼びかけに対して少ししか反応がなかったということもあるので、より多くの精霊力で満たしていかなければ。そう考えると貴族たちの精霊力の底上げは必須である。……まあこの辺りはコンラディンを含む王族に考えてもらおう。わたしがしゃしゃり出るところではないはずだ、多分。

 そんなことを考えていると、チリンチリンと入室の許可を求める鈴の音が聞こえたので、わたしは許可を出した。


「オフィーリア様、そろそろ出立のお時間です」

「わかりました」

「荷物などは既に積んでありますので、こちらをお召ください」

「ありがとうございます」


 準備が整ったため、フェデリカが車に向かうように伝えに来たようだ。立ち上がり、フェデリカの手の中にあった上着を着せてもらい、そのまま扉に向かう。今日出立するため、部屋の中はとても綺麗に調えられ、わたしの荷物は一切ない。なかなかの長い滞在だったな、と振り返りつつ、わたしは客室を出た。


 

 下へ降りると、意外なことにジギスムントがわたしを見送りに来ていた。精霊の復活の処理で忙しいはずなのに。ジギスムントは腫れた目の下に濃い隈をこさえて、多くの灰色の光を従えながらふらふらとこちらへ寄ってくる。きっと休めていないのだろうな。でも彼の表情は喜びに満ち溢れている。


「オフィーリア、もしジャルダンで儀式をされる場合は私を呼んでくださいね。手紙(これ)に書いてありますが、ヴィルヘルムに伝えてください」


 そう言いながらわたしに一通の手紙を差し出した。とんでもないことを言われた気もするが、ここで拒否するとその後の対応が面倒だ。後処理はヴィルヘルムに丸投げしようと決めて、手紙を素直に受け取った。今の状態で拒否権など存在しない。


「ああ、お別れが辛すぎる……」

「ジギスムント様、周りのことを気にしてくださいませ」


 ジギスムントの視線はイディに向いているが、彼女の姿は他者からは見えない。これではいろいろと問題しかない。わたしは慌ててジギスムントに耳打ちした。


『リアが困ることはしないの! ジギスムントったらもう!』

「も、申し訳ありません……」


 クロネに叱られ、しゅんと項垂れる。精霊に注意されるのが一番堪えるようだ。

 わたしはアダン領主に敬意を払い、できる限りの美しい礼を取った。

 

「お手紙は領主様にきちんとお渡ししますね。長い間大変お世話になりました。感謝申し上げます」


 うまくいったかはよくわからないが、ジギスムントはいつもの優し気な笑みを浮かべた。


「満足いただけたようで良かったです。……ですがこちらも儀式等で多くの助力をいただいたこと、感謝します。おかげでこのアダンの地は精霊が帰ってきたのですから」

「わたくしは参加しただけですから……」

「おや、そうでしたね」


 ある程度の情報を与えていたとはいえ、わたしが裏でどのようなことをやっていたのか知っているのだろう。しれっと感謝の言葉を述べてくるあたり策士だなあと思ってしまう。表向きとしてはアダン領の儀式に参加した、それだけなはずなのに。


「では道中お気をつけて。……それと時の精霊は連れて行かないでくださいね」

「ジギスムント様、時の精霊はアダン領でしか動けませんよ?」


 唇を尖らせて言うと、ジギスムントはハッハッハッとわざとらしく笑う。精霊は決まった領地でしか動けない。アダン領では時の精霊、ジャルダン領では森の精霊と管轄がある。だから今、わたしに懐いているこの精霊たちはわたしが領地を出れば消えてしまうのだ。それをきっと分かっていて言ったな。もう、とジト目で軽く睨み、「ではまたお会いしましょうね」と挨拶もそこそこに車に乗り込んだ。


『リア、また会おうね。何かあったら呼びかけて』


 車の座席に座ったところでクロネがスーッとやってきて、別れの言葉を言いに来た。わたしはこくんと小さく頷くと、『じゃあね!』と手を振った。わたしは人目があるので手を振り返せないが、代わりにイディがしっかり手を振ってくれた。すると『あ』と何かを思い出して、少し前に出る。


『リアに失礼なことしちゃ、ダメだからね』


 そう強めに言い残して彼女は消えていった。おそらく精霊石のある場所──ジギスムントの元へ帰っていたのだろう。先程の言葉はわたしやイディに向けてではなく、わたしの傍へ擦り寄る精霊たちに言ったのだ。灰色の灯火たちはプルプルと震えている。さすが時の精霊のトップの言葉は重い。

 フッと笑みを漏らし、震える精霊たちを安心させるように軽く撫でておいた。大丈夫だよー、大丈夫。


「……オフィーリア様は何故精霊様に好かれるのでしょうか。私たちはさっぱりですのに……」


 愛でているわたしにメルヴィルが不思議だと言いたげな表情で見てくる。理由は色ですよ、と言いたいところだが、わたしの精霊力の色については秘密なのでさすがに言えない。


「ひ、日頃の行いが良いからでしょうか?」

「おや、そう言われると、我々の行いが良くないと聞こえますが……」

「そ、そういうつもりではありません……」


 失言だったー! とばっと俯く。言い訳を適当に考え過ぎた。穴があったら入りたいものだ。恥ずかしさで悶えていると、「オフィーリア様を困らせてはなりません、メルヴィル」とフェデリカが彼を窘める。


「申し訳ありません、オフィーリア様」

「いいえ、わたくしも言葉選びが下手でしたから……」


 頭を下げ、謝罪するメルヴィルにたじたじになりながら返事をするのが精一杯だった。

 そんなわたしのことを全く気にしていないのか、灰色の精霊たちはわたしの周りをぶんぶんと楽しそうに飛び回った。そして車は自分の生まれであるジャルダンへと動き出す。



 帰領までの道のりは何事もなく過ごせた。前回はヴィルヘルムの対抗勢力である前領主第一夫人のアリーシアが絡み、襲撃を受けてしまったが、もう彼女の派閥は解体され、彼女も幽閉されているので脅威はない。安心して旅を続けられるって有難いことね。

 さて、何の心配もなく、久しぶりにジャルダンへ帰ってきたが、領地はあるニュースで騒然としていた。何って? もちろん、王家の発表である。





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― 新着の感想 ―
[一言] ようやく帰ってこれましたねージャルダンに 帰ってくるまでにホントに色々とあって大変でしたが帰ってからも忙しいんでしょうねえw
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