第六十話 解決策、そして出立
これは痛いことである。
どうしたものかと足りない頭を働かせる。儀式は再度行えない。だが量は足りない。となれば別の方法で集めるしかないか。
「フェシリア様、足りないなら足すしかありませんね」
「足す、ということは直接……でしょうか?」
「はい。ですので少し実験してみましょうか」
こうなれば無理矢理満たすしかない。つまりは力技である。わたしは安心させるために笑顔を浮かべ、力の器をフェシリアに差し出した。
「実験とは何をなさるのでしょうか?」
「この力の器はプローヴァ様より賜ったものですよね?」
「ええ、そうだと窺っています」
「それならば魔道具……精霊道具と同じとみても良いのかもしれません」
精霊王がくれたのは正解だが、作成主はわたしだ。作ってじっくり見ないうちに託してしまったからこの精霊道具の詳細はわからないが、道具ならば精霊力を注げば作動するはずだ。わたしはフェシリアに精霊力を少し注いでみるように提言してみる。
「道具に注いだことはありますか?」
「はい、お祖父様の道具に最近注ぎました。初めてでしたので何とか……ですね」
精霊王を目覚めさせるために使ったあれか! とハッと思い出す。あの道具をフェシリアに使ったのか。だから短期間でたくさんの精霊力を集められたのだろう。点と点が繋がって一人ですっきりしていたところをイディに突かれ、ハッと我に返る。危ない危ない、今はフェシリアのサポートだ。
「では目を閉じて、意識をその杯にだけ向けてください」
「は、はい!」
助言をするとフェシリアは目を輝かせた後、うきうきと目を閉じた。そして一つ深呼吸をする。
「自分から杯に繋がる細い筒を思い浮かべて……、それに自分の精霊力を少しずつ流してくださいませ」
「やってみます」
目を瞑ったままフェシリアは頷くと、息を長く吐く。するとそれと同時に彼女の身体から細かい白の粒子が現れ離散していく。わたしが注いでいる時、もしかしてこんな風になっている? 初めて知ったことに驚きつつもその様子を観察する。器が彼女の精霊力を弾く感じはなさそうだ。それならばそこに溜まっているはず。
「……どうですか? 吸い込まれる感じなどはありましたか?」
「正直よくわかりません……、お役に立てず申し訳ないです。何分経験が少ないものですから」
「いいえ、問題ありません。……ではわたしがやってみてもよろしいですか?」
フェシリアは王族の象徴色の白色の精霊力を持つ者なのでおそらく問題はないだろうとは思っていた。王族が可能なら無色のわたしもきっと注げるだろう。
わたしはフェシリアから力の器を受け取ると、目を閉じる。量はあまり変わってない。フェシリアが注いだのはほんの少しだから、差がわからないのは当たり前か。彼女の力の量もあまりわからないが、コンラディンよりも少ないと聞いている。それならば彼女に満たすまで注がせるのは厳しいので、わたしができる限り入れておくのが良いだろう。どれだけできるかは未知数だが。
わたしは一気に注ぐべく、杯に精霊力を叩き入れる。ぐんぐんと出ていく感覚が少し心地良い。まだまだいけそうだ。どぼどぼと水を出すように力の器にどんどん入れていく。
「オ、オフィーリア様……。そんなに注いでお体は……」
「あ、え? はい、問題ないですよ」
青い顔をしてフェシリアが聞いてくるものだから、わたしは笑みを浮かべて大丈夫アピールをする。すると彼女はひどく驚いた表情を見せ、そして「素晴らしいですわ!」と顔を紅潮させる。
「オフィーリア様のお力は見聞のみでしたが、間近に見て確信いたしました。これは精霊様から与えられた特別なお力ですわ! さすがはオフィーリア様ですわ!」
キャアキャアと嬉しそうにはしゃぐフェシリアに苦笑しかできず、わたしはその状態のまま注ぎ続ける。言えないけど神から与えられたようなものです、実は。
だがしばらくすると少しキツくなってきたな、と感じ、どのくらい溜まっているのか確認する。先程は半分より少し少ないくらいの量だったが、今は八割くらいまで溜まっていた。思ったより溜まるのが早い。結構伸びてるってことなのかな。それは嬉しいことだ。
とりあえず一旦、ここでやめておいてわたしは力の器をフェシリアに差し出す。
「わたくしも注いでみましたが、あと少しなようです。フェシリア様も多めに注いでみてくださいませ」
「わかりました。頑張りますね!」
フェシリアはやる気に満ちた表情を見せ、わたしの手にあった器を手に取る。そしてさっきと同じように目を瞑り、注いでいく。光の粒の量が増え、彼女の身体がふわりと光っている。使った量に比例するのか。自分ではよく見えないから気付かなかった。
しばらくその状態だったが、時間が経つにつれてその光が弱まってくる。枯渇まで行くと次の予定が支えてしまうので、慌てて止めた。注ぐことをやめたフェシリアの息遣いは少し荒くなっている。疲れが出てしまっているのだろう。わたしは少し休むように伝えた。
「オフィーリア様はこんな大変なことを?」
「え、ええ。ジャルダン領は人手不足なので……」
「素晴らしいことです。わたくしも見習わなくては……」
息を整えながらフェシリアは目を閉じる。
実を言うと欲望を満たすため自分が作った精霊道具にしか注いでしかいない。最近は道具の作成の方が多いのだが、こればかりは仕方がないだろう。まあ嘘も方便だ。
少しするとフェシリアの息も整い、辛そうな表情も和らいだ。これを繰り返せば力の量もぐんぐん伸びるだろう。頑張って欲しいものだ。
「それで力の器の方はどうですか?」
「はい。持った感じですが、満ちている感覚がします。先程とは大違いですわ!」
そう言いながらフェシリアは杯を差し出した。受け取り、確認すると、ほぼ満タンな状態になっている。これならばそれなりの量を注ぎながら回れるだろう。わたしの反応にフェシリアは満足そうに笑った。「これで回ることができますね」と嬉しそうだ。
「では地に注ぎに行きましょうか。ですがわたくしが見ていても問題ないのでしょうか?」
注ぎ回る姿を他者に見せるのはあまり良くないのではと思って発言したが、フェシリアは首を横に振る。
「オフィーリア様は古城の文献を解読されているでしょう? 時間があれば文献を読み進めてもらおうかと思っています。ですのでいつかは儀式の意味や注ぎ方を知ってしまうと思うのです。わたくしたちが文字を習えば良いのですが、今の状態では少しずつしか進みません。それまでに知られる可能性があるならもう初めから開示でおいた方が良いのでは、とお祖父様が判断しています。また、精霊力不足で立ち往生になるのを防ぎたいというわたくしの判断もありますが」
「古城の文献をまだ読んでもよろしいのですか!?」
フェシリアの話に嬉しさが込み上げ、思わずズイッと前に出てしまう。あの文献、もう読めないかなと思っていたのだ。精霊王の居場所を教えるという重大ミッションを終え、あとは精霊王に教えてもらいながらやっていくのかなと考えていた。しかし考えとは違う内容で嬉しさのあまり小躍りしてしまいそうだ。そんなわたしの様子を見てフェシリアは戸惑いながらも頷いた。
「も、もちろんですわ。オフィーリア様は文献にご興味が?」
「はい! プローヴァ文字、精霊殿文字……本当に素晴らしい文字たちです!」
早くまた会いたいなあ、と我を忘れて美しき文字たちに思いを馳せる。まだまだ研究の余地があるし、やれることはもっとある。ずっと机に齧り付いて鐘の音も気にせずに作業がしたいなあ……、と願望を脳内で垂れ流していると、またもやイディに突かれた。帰ってこいということだ。
ハッと対面を見ると、フェシリアの口元は弧を描き、恍惚とした表情でこちらをじっと見つめていた。何、その表情! 見たことない!
「フェシリア様……?」
「……オフィーリア様は好きなことに真っ直ぐなのですね! 本当に、本当に……そのお姿が眩しく、美しいですわ!」
「え」という驚きの声を何とか我慢してはしゃぐフェシリアの姿を呆然と眺める。彼女は両頬に手を当て体をくねくねとさせて悶えている。何故かこの姿を見るとジギスムントを思い出してしまう。彼女はれっきとした王族でアダンの人間ではないはずだ。しばらくわたしの話を早口で話していたが、わたしが唖然とその様子を見ていたので彼女はハッとし、動きを止めた。
「……申し訳ありません。気を付けていたのですが、気持ちが溢れてしまって……」
「い、いいえ、問題ないですわ……」
少し照れた表情のフェシリアはほほほと淑女の笑みを浮かべた。わたしは空笑いしかできない。
「ですのでまたプロヴァンスにいらした時はご一緒させてくださいね。オフィーリア様の作業姿、ぜひ拝見させていただきたいですわ!」
「は、はい……ぜひ……」
フェシリアに押され気味になったせいで何かとんでもない約束を交わしてしまったが、まあ大腕を振って作業ができるなら良しとしよう。良い返答が嬉しかったのかフェシリアは大層喜んで、可愛らしく胸に手を当てている。そして喜びを少し噛み締めた後、ゆったりと立ち上がる。
「ではとりあえず車に乗り込みましょうか。楽しいお話はその中でたくさんいたしましょう?」
彼女は満面の笑みでわたしを誘った。
そして扉向こうにいると思われる側仕えたちを呼び寄せ、てきぱきと準備させる。わたしもフェデリカに最低限必要なものを持って来させ、その中にあった羽織を着せてもらった。
ある程度の準備を終えたら、城から出て、二、三台ある車の一つに乗り込んだ。ここからは王族の機密に当たるのでフェデリカたちはお留守番になる。
「では今日はここからここまでを予定しています」
フェシリアは事前にもらった地図を広げ、アダン領の大きな街道の一つを指差す。だいたい全体の三分の一弱ほど回るようだ。わたしは了承すると、「ではお願いします」と側仕えに伝え、地図を渡す。
そして皆の準備が整ったのか、車はゆっくりと走り出した。




