第十七話 精霊力の有無
そうだ! 水をかけて地面を柔らかくしたら抜けやすくなるんじゃない!?
アモリとイディ、二人とちょっとで逞しい雑草を引っ張って抜こうとするがなかなか抜けないので良い方法がないかと考えていたら、急に閃いた。
まだアモリは水を撒いてなかったので地面は多少乾いている。ここにたっぷりの水を含ませたら土も柔らかくなるので除去しやすくなるだろう。
「アモリ、水! 水を撒いたら抜けるかもしれない!」
「そっか! わかった、取ってくるね!」
アモリはすぐに立ち上がるとバタバタと生成色のキャロットスカートを揺らしながら井戸の方へ向かっていった。
『凄いわね……、精霊力の効果……』
「イディ……、これ、抜けると思う?」
イディは雑草から手を離し、少しそれから遠ざかって呟く。わたしも手を離して立ち上がり、抜ける気のしない艶やかな雑草を呆然と見つめた。
『うーん……、精霊力で成長したから──あ!』
「どうしたの?」
考え込んでいるイディは突然声を上げた。
『逆に精霊力を吸ってしまったらいいんじゃない? 注いだなら吸えるでしょ?』
「あ、なるほど!」
精霊力を注げるなら吸い取ることもできるかもしれない。イディの提案に納得すると、もう一度雑草のところで屈み込んだ。そして目を閉じて集中力を高めていく。
おおう、かなり持ってる!
緑色に揺れる炎は激しめに揺れていた。周りの土にある精霊力は粗方吸われてしまっているようでとろ火くらいしか感知できない。栄養分として精霊力が必要なんだと改めて実感してしまった。
わたしは雑草に触れ、手に意識を高めていく。雑草に燃えている緑の炎を吸い取ろうと掃除機をイメージした。すると、すーっと熱が入ってくる感覚がするとともに揺れていた炎の大きさが萎んでいく。
『枯れていった……!』
イディが驚きの声を上げるとともにわたしは目を開けると、ひょろひょろになった雑草に変わり果てていた。わたしは雑草の根本を掴むとそのまま引き抜いた。
「いつものだ」
根も細く貧相だ。こう見ると精霊力があれば実り豊かになるという言葉の真実味が増しているように思う。わたしは持っている雑草をぽいっと畑の外に放り投げると、まだ幾つか残っている精霊力を豊富に含んでいる逞しい雑草を見下ろした。
「アモリが帰ってくる前にある程度抜いちゃおうか」
『後々誤魔化さないといけないけど、そっちの方が楽だからそうしましょ』
わたしは頷くとまた屈み込んで雑草に含まれる精霊力を吸い取っていく。そうすると元あった痩せた雑草に戻っていたのでぶちぶちと抜いて捨てた。
「とりあえず除去完了〜」
『何とかなって良かったわね』
「うん。土に精霊力を注ぐ時は気をつけないと」
一呼吸置いてパミドゥーを見る。わたしが精霊力を注いだ付近にあるものは艶々としており、実も多く付けている。しかしそれ以外は見慣れたいつものパミドゥーたちだ。
「あ、今のうちにちょっとだけ精霊力を注いでおこうかな」
『アモリ、もう帰ってくると思うから急いで』
「うん」
パミドゥーばかりでは物足りないので、その他に植えられている野菜の一部にも精霊力を注いでおこうと思う。わたしは立ち上がり転々としながら植えられている真下の土に精霊力を少しずつ注いでいった。
「こんなものかな」
『凄いわねー。育ってるわ』
パミドゥーだけでなく、茄子の味のメイジャン、見た目も味もピーマンそっくりのピピェリ、殻の中にはかぼちゃのスープが詰まったポゥも、一部の苗だけだが活き活きとし始めた。メイジャンは土に埋まっているのでどうなっているのかわからないが、その他は一回り大きくなったり、葉が増えたりしている。成功のようだ。
「リアー! 水、持ってきた……ってあれ?」
後ろから声がしたので振り返ると、たっぷりと水が入った大きめの桶を一生懸命に運びながらアモリがやって来ていた。
「雑草がなくなってる……?」
「ごめん、アモリ。えーっと……、あの雑草、アモリが水を取りに行ってくれてる間に掘って抜いたの。い、今ちょうど処分したところ」
こんな誤魔化し方しか思い付かなかったけど大丈夫だろうか、と不安になるがなるようにしかならない。抜いて処分したのは間違いないからほぼほぼ合っていると思う。
アモリは持っていた桶を地面に下ろし、例の雑草があった場所までやってくると地面を確認し始めた。
「ほんとだ……。雑草、根っこまでちゃんとなくなってる……」
「ご、ごめんね。せっかん汲んできてくれたのに」
感心するようにまじまじとなくなったことを確認するアモリに、わたしは慌てて水汲みのお礼を述べた。するとアモリはわたしの方を見てニカッと笑った。
「全然いいよ! この水は水やりの方に回すから大丈夫だよ。だから助かった! ありがとう」
「……うん」
自分で撒いた種ですとは口が裂けても言えない。煮え切らない返事をすると、アモリは首を傾げて不思議がる様子を見せるのでわたしは誤魔化すように水の入った桶を取りに行く。
「ほ、ほら! ちゃっちゃと終わらせちゃお! 暑くなるとしんどくなるし!」
桶に入っていた柄杓を手に持ちぶんぶん振り回しながら早口になりながら言う。余計な言動をしてしまって疑われるのは困る。失敗した、と思いながらにへらと笑って、自分の持ち場に戻ってしゃがみ込む。
「ほらほら! わたし、残りの雑草抜いちゃうね! アモリも、ほら!」
「そう、だね」
アモリは気にしないことにしたのか自分の持ち場へと戻り、貧相な雑草を抜き始めた。何とか誤魔化し切れたのでわたしはホッとして胸を撫で下ろした。
『危なかったわね。気持ちを出しちゃダメでしょ』
「おっしゃる通りです……」
イディに指摘されて消沈する。そしてそのまま雑草を最も簡単に抜いていく。精霊力の少ない植物は抜きやすくて良い。
わたしは黙々と雑草を抜いていく。暑くなってきていることもあって量もなかなか多い。しかし抜きやすい雑草ばかりなので時間はかかったが、抜き終えることができた。
菜園に来た頃は日が上ったばかりだったが、少し日が高くなっている。じんわりと滲み出ている汗を拭うとわたしは畑全体を見渡す。アモリも雑草抜きを終えたようで、目立つような雑草は見当たらなくなっていた。これで余計な養分を雑草に持っていかれずに済むだろう。
「お疲れさま。あとは収穫と水やりだね」
「じゃあ、ちょっと後々面倒になるけど先に水やりしちゃおう。これ以上日差しが強くなっちゃうと根が腐っちゃうから」
夏になればなるほど暑くなるので水をやってしまうことでやった水が蒸れてしまいやすくなる。だから日差しが弱い時か夕方涼しくなった時に水やりをするのが好ましいのだ。アモリはわたしの提案に「わかった」と頷くと柄杓を持ってバシャバシャと水をかけていく。わたしも柄杓を持って水をやっていく。途中水がなくなったので追加で汲みに行って水をやり切ることができた。
そして収穫に移る。
「うわあ! こんなパミドゥー見たことない!」
目を輝かせながら例のパンパンに膨れた真っ赤なパミドゥーをもぎ取っている。わたしは見慣れた紫色のパミドゥーを収穫する。
パミドゥー自体水分が多いので保存が難しい。なのでこれから当分、それを中心として食事に出される。通常通りならカットしてそのままドンッだ。素材の味を楽しむスタイルなので数日で飽きる。
煮込み料理、ソース、いけるならケチャップとかもいいな。文字解読作業の活力のために工夫したいなあ……。
いろいろな料理を想像して少し興奮してしまう。食べても食べた気がしないこの世界の料理では解読作業を気持ち良く行えないので要検討だ。
「ねえ、リア。このパミドゥー、ちょっと食べてみない?」
わたしが料理に思いを馳せている時にアモリが赤いパミドゥーを見せながら言った。
「え? 怒られない?」
「大丈夫大丈夫! 一個くらいならバレないよ。気にならない? この真っ赤なパミドゥー」
「そりゃあ、気になるけど……」
「じゃあ決まり! 半分こね!」
アモリはニカッと笑って汁でベチャベチャになりながらも大体半分に割り、半分を私に差し出してきた。そしてもう半分はそのままアモリの口の中へ。
「ふふー! おいひい! はひゃふ、ひゃへなひょ!」
ぐいっともう一度差し出され、わたしは手に取る。紫のパミドゥーにはないたくさんの水分が含まれているのでぼたぼたと止めどなく汁が滴り落ちている。
これ以上持っていて服が汚れるのは嫌なのでわたしは口の中に放り込んだ。
「!」
『どうなの?』
やりとりを見ていて気になったのかイディが目を輝かせて聞いてくる。
もともと酸味が強めの野菜だったが、全然違う。とても甘くなっている。甘みの中に程よい酸味があり、口あたりが良い。生でも美味しく食べられるくらいだ。
思った以上の味にわたしは目を見開きながらこくこくと頷いた。それを見てアモリはにんまりと楽しそうに笑う。
「凄いよね! パミドゥーってこんなに甘いって知らなかった! これはギィとか喜びそうだね!」
小さな子はパミドゥーの酸味に苦手意識を持ちやすい。これならば喜んで食べてくれると思う。わたしもアモリと同意見だったのでうんうんと肯定した。
精霊力の有無でこんなにも……。本当にすごい!
俄然残りの文字解読を頑張ろうと熱が入った。




