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第五十四話 出発と到着、そして


 次の日、ヴィルヘルムは朝早くアダン領を発った。見送りはさせてもらったが、ヴィルヘルムはずっと眉を寄せて不機嫌な顔だったのが印象的だった。寝不足だったのだろうか。休む暇もなかったし。それに対してジギスムントは泣いていた。もちろん彼の視線はヴィルヘルム……ではなく、彼の隣に立つシヴァルディに向いている。


「お会いできなくなるのが残念すぎます……!」

「叔父上……」


 シヴァルディは他の人には見えない。側から見たらヴィルヘルムが帰るのを寂しがる叔父にしか見えない。それはそれでわかるのだが、決してそれは事実でないことを知っている者は苦笑するしかない。実際にシヴァルディの美しい顔は引き攣っている。

 そんなジギスムントを諌めるためにヴィルヘルムは彼に近づきボソボソと話す。多分、「他の人もいるから弁えてください」だろう。うん、正しい。

 するとジギスムントはかなり不服そうな表情をヴィルヘルムに向ける。ぷくーっと頬を膨らませたが、仕方なしといった表情に変わる。さすがにわかってくれたようだ。


「ではジギスムント叔父上、また連絡します」

「待っていますね。……それと」

「何でしょう?」


 ジギスムントの言葉の続きが気になり、わたしは小首を傾げた。彼は先程の不満そうな表情とは打って変わって、笑顔を浮かべた。


「オフィーリアとの仲を心配していましたが……、杞憂だったようですね」


 そう言ってわたしの髪にさしてある髪飾りを指差した。確かにこれはヴィルヘルムからもらったものだが、お守りだ。仲が良いとか悪いとかではないだろう。単にヴィルヘルムはわたしの身を案じてのことだ。わたしはうまいこと言い返そうと口を開きかけたが、ヴィルヘルムが先に話し出す。


「婚約者ですから贈って当たり前では?」

「フフ、まあそうですね。……ですが」


 ジギスムントは再びヴィルヘルムに接近する。ジギスムントはヴィルヘルムの耳元でボソボソと何かを言うと、ヴィルヘルムは狼狽した。何か恥ずかしいことを言われたのだろうか。ジギスムントはいたずらが成功した子どものようにフフフッと笑いを噛み殺している。


「……戻ります。オフィーリア、あとは頼んだ。そして十分に気をつけるように」


 かなり不機嫌であったが、忠告も受けたのでわたしは素直に「はい」と頷いておいた。そしてヴィルヘルムは車に乗り込むと、自領であるジャルダンに向けて出発していった。

 でもジギスムント様は領主様に何を言ったのだろう? あそこまで狼狽える姿を見たことがないんだけど……、と思いながら隣のジギスムントに思い切って尋ねてみた。彼はうーん、と少し悩んだ表情を見せた後に、


「甥の変化を見て揶揄うのは楽しいですね。良いですね、その印」


と、髪飾りを指して微笑んだ。印? 髪飾りじゃなくて? 結局、貴族の言うことはわからないや。


 その後、コンラディンがアダン領に来るまで特にやることはないので、ジギスムントに精霊殿文字を教えたり、講堂の壁に書かれている精霊の記述を解読したりして数日過ごすことになった。ジギスムントはあの必死さから分かると思うが、結構覚えが良い。ヴィルヘルムはあの素敵すぎる精霊殿文字を”模様”と(のたま)ったが、ジギスムントはあれをきちんと文字として認識しようと何度も書いたり読んだりして努力していた。さすがは精霊のために命をかける男である。

 このような方がアダン領主のため、ゆったりと、かつ充実した時間を過ごすことができた。え、もちろん、用事がなければ講堂に篭っていましたとも。ヴィルヘルムだと確実に叱られ、文字から遠ざけられるだろう。監視の目が緩いのは素晴らしいことだ。帰るのがある意味怖いな。




 そしてその生活に少し慣れた頃、精霊王から久しぶりに連絡が入った。あの事件以来、自分から連絡しづらかったのもあって少し緊張してしまう。精霊王が大切に想っているラピスの子孫であるブルクハルトは精霊王を眠りにつかせることに起因したプラヴァスのことをどうしても彷彿することもあり、わたしがどんな言葉をかけるべきなのかわからず、そのままずるずると日付だけが過ぎてしまっていた。本当は彼をフォローすべきなんだろうけど、人生経験極浅のわたしにはハードルが高い。

 さて話はずれたが、精霊王が『話したいことがある』と念話してきたのでわたしは彼をこちらに呼び寄せるべく、隠し持っていた瑠璃色の精霊石に大量の精霊力を注ぐ。だいぶわたしの力も成長したのか倒れるほどではなくなったのは幸いだ。


『久しいな』

「はい、プローヴァ様。お久しぶりです。……その、お元気に、されてましたか?」

『穏やかな気持ちではないが、コンラディンと話し、少しずつだが落ち着いてきたところだ。すまなかったな、心配をかけているのはわかっていたが』

「そうでしたか……、それは良かったです。わたしも向き合うべきだとはわかっていたのですが……」


 わたしは精霊王から視線を逸らして俯いた。

 王族の問題はわたしには解決できない。的確なアドバイスができたとしても、彼の心を癒すことができるのは当事者たちである。わたしが言いたいことを理解したのか、精霊王は『気にするでない』と優しく微笑んで言った。やはり優しい精霊である。申し訳なさがむくむくと膨れ上がっていく。


『其方は優しいな』

「優しくなど、ありません……」


 わたしがきちんと考えていたら、という言葉を飲み込む。口に出すと隣にいるイディ(相棒)に怒られてしまうだろう。


『オフィーリアは最悪な結末を回避してくれた。だから気にするな。コンラディンもきっとそう思っている』

「え……?」

『其方の守りがなければ、事実を知る者が全て消えるところだった。そしてプロヴァンスは緩やかに滅んでいただろう。誇れとは私は言えないが、自分を責める必要はない。失敗したと思うならそれを活かせ』


 精霊王の言葉が胸に沁みる。自分も辛いはずなのにわたしにこう優しい言葉をかけてくれる。彼は本当に優しく気高い精霊の王だ。


「ありがとう、ございます……」


 わたしは腰を九十度に折って頭を深く下げる。前世では馴染みの日本式のお辞儀だ。まだ割り切れないところはあるが、少しずつでも前を向かねばならない。それを見た精霊王は懐かしさを感じたのか目を細めていた。


『……あの、プローヴァ様。それで……お話というのは?』

『ああ、そうだったな。すまなかった』


 イディの言葉に本来の用事を思い出した精霊王はコホンと咳払い一つした。こちらに姿を現して伝えるくらいなので訪問のことだろうとは思うが。


『アダン領に来る日程がやっと整った。……ただコンラディンは来られない』

「えっと……、コンラディン様が来られないということは訪問はまた後日になるということでしょうか?」


 わたしは首を捻る。コンラディンが近日中にここに来られないのならば、わたしが留まる意味はない。しかし精霊王は違うと静かに首を横に振った。


『コンラディンはやはりプロヴァンスから出られない。ブルクハルトの死で混乱が起きているからな。其方らはブルクハルトの最期を見て知っておるが、他者は全く知らぬ。つまり、彼は突然出て行って死に石になって戻ってきたという認識だ』

「なる、ほど……。では他の方はコンラディン様を害そうとしたことはご存じないと……?」

『コンラディンの話を聞く限り、そうだと』


 ということはまだ内部も混乱状態だということか。それならばそんな状態を放置して領地を空けるわけにはいかないだろう。コンラディンがすぐに出られない理由は理解した。まあ、ブルクハルトが犯したことが公になっていたとしてもきっと難しいだろう。


『だがこのまま先延ばしにされてもこちらが困る。だからコンラディンの代わりを派遣することになった』

「代わり? 代役を立てるのは可能なのですか?」

『条件は厳しいが、可能である』


 精霊王と契約していないと難しいのではないかと思ったが、そうではなさそうだ。だが精霊王の表情からあまり推奨はしていないようであることはわかる。


『仮と言えども契約者が遂行しなければならない。何故なら力の器を作成できるのは契約者だからだ。そしてその契約者は白色の精霊力を持つのは必須。力の器を扱えないからな。……だが今回は』


 途中で切って精霊王はわたしを見る。彼の神々しさを秘める瑠璃色の瞳がとても美しい。


『主の望みだからな。だが私の望みも早急に叶えてもらわねばこの地は死に絶えてしまう。だから今回はフェシリアがアダンの地に注ぐ使命を受けてもらうことになった』

「フェシリア様が?」


 フェシリアはコンラディンに同行すると言っていたが、代役として抜擢されたようだ。責任重大であるが大丈夫だろうか。わたしは目を瞬かせた。


『力の器の本来の主はオフィーリア、其方だ。だが其方は均衡のため他者にその使命を委ねた。私にとってはそれを渡すのがコンラディンか、フェシリアの違いでしかない』

『どちらも白の精霊力をお持ちですから問題はないですしね』


 イディの発言に精霊王は肯定した。精霊王的には力の大小はあまり関係ないということか。それよりも自分の願いを叶えてくれる方が優先らしい。


「ではアダン領にはフェシリア様が来られるのですね」

『そうだ。おそらく数日中に連絡がアダンの子に行くだろう。……それと』


 精霊王は話すのをやめてじっとこちらを見つめてきた。何かあったのだろうかとわたしも彼を見つめる。


『……いや、いい。いつかわかることだ』

「気になりますね」

『未来は分岐だらけの世界だ。必ずしもそうなるとは限らない。知るだけ心労が増えるのみだ』


 精霊王の未来視の話をしているようだ。わたしに関する何らかの未来が視えたのだろうか。気になるが、心労が増えるのはちょっと困るな。精霊王も話す気はなさそうだし、無理に聞いても仕方がないのでスルーして忘れよう。


「ではジギスムント様に先に連絡を入れておきましょう。フェシリア様はいつ頃の到着になりそうですか?」

『ああ、明日明後日にはプロヴァンスを出立するだろう』

「では七日後には確実にこちらに着いていますね。……わかりました」


 わたしは頷いた。ジギスムントに伝えたら彼はすぐに各貴族へ集合の伝達をしてくれるだろう。日程の調整は経験豊富な彼が上手いことしてくれるはずだ。


『コンラディンには私が知る限りの儀式の詳細は伝えた。……と言っても全てはラピスに教えてもらったことだがな』


 精霊王はあの部屋から出ることはなかったので彼が儀式を目にしたことはない。ラピスが王になる前はそのまま地に注いでいたので儀式など必要なかったとあった。あれは自分の子孫が円滑に行うためのものである。でも初めての儀式で緊張しているだろうから事前に軽く打ち合わせした方がいいかな。そうしたらフェシリアも自信を持って臨めるだろう。


「ありがとうございます。フェシリア様が到着されたら念のため打ち合わせをしますね」

『すまないが頼んだ』


 ではまた、と精霊王はそう言うと光を撒き散らして消えた。コンラディンでなくフェシリアがこちらにやってくる。彼女は王族の一人だ。儀式を行うことに関しては問題ないだろう。本来思い描いたものとは異なっているが、確実に精霊復活に向けて動けていることに少し安堵した。


『じゃあジギスムントに連絡しないとね』

「そうだね、クロネにお願いしようか。ジギスムント様もお忙しいから」


 わたしは軽く息を吐いて胸に手を当ててクロネに呼びかけた。ジギスムント様、いよいよだと興奮しないと良いけれど。



 そしてそこから六日後、フェシリアがアダン領へ到着した。

 

ストッパー(ヴィルヘルム)離脱。オフィーリア好き(フェシリア)参戦。

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― 新着の感想 ―
[一言] もうアダン領はおしまいだぁ!! まあ冗談はさておきブルクハルトは死んでも面倒かけてきますねえ
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