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第五十二話 儀式の相談 前編


 ジギスムントたちに今までに何があったのかをかいつまんで話す。コンラディンとの契約、王家の文官として古城に入ったこと、そして精霊王の目覚めのこと。ただ王家の話は何事もなく話せたのに、精霊王のこととなるとなかなか話が進まなかったのはとても困った。「詳しく!」「その御姿は!?」「お会いしたい!」と話すたびにジギスムントに涙を流しながら口を挟まれるのでヴィルヘルムは終始困惑していた。さすがは精霊崇拝者だ。

 あとブルクハルトの件は伏せておいた。コンラディンの命令もあるし、次期国王の死は大スキャンダルである。どこで漏れるかもわからないのだ。多分ジギスムントはそれよりも精霊王の詳細の方が知りたいだろうが。


「ああ……、プローヴァ様のお話をもっと聞かせてはくれませんか」

『ジギスムント、ほんとーに今は時間が足りないんだからそれは後で!』


 恍惚とした表情でジギスムントはわたしを見つめる。やめて! そんな顔しても何も出せないよ! ジギスムントへの説明では精霊王から聞いた国の成り立ちや眠りの理由、そして今すべきことを中心に話したのだが、精霊王の精霊石の話はしていない。持っていることを知ったら確実に面倒臭いことになると思う。狂喜乱舞するのが目に浮かぶ。うん、知らない方がいいことだってあるよね。

 クロネに叱られたジギスムントはしゅんと悲しそうな表情を見せる。けれど確かに時間は無限ではない。コンラディンたちがアダン領を訪問するまでに根回しや準備を整えておかねばならないのだ。儀式復活の日は刻一刻と近づいている。


「プローヴァ様のお話は私が帰った後にでも。……それより儀式についてです」


 何か面倒臭いことを投げられた気もする。ヴィルヘルムの発言にジギスムントは目を輝かせ、こちらを凝視してきた。領主様、何てことを言うんですか! と言いたげに苛立った目をヴィルヘルムに向ける。彼はちらりとこちらを見た後、ふいっと目を背けた。無視された。


「コンラディン様からの手紙に書かれていたとは思いますが、儀式を行う目的は大量の精霊力を集めることです。これは国王だけではこの地に注ぐ精霊力を賄いきれないという理由があります」

「土地がやせ細っていますからね。あの時、オフィーリアがやったことをコンラディン様は行うつもりなのでしょう?」


 ヴィルヘルムは頷いた。あの時とはわたしが石柱に精霊力を注いだことを指す。石柱に精霊力を注ぐためにはそれなりの精霊力量では足りない。そのための集めの儀式であるのだ。


「コンラディン様のお手紙には、この領地の十歳以上でお披露目済みの貴族をこの城に集めるようにと書かれていました。日程は事情があってまた後日とありましたが、おそらくすぐだろうと踏んですぐに登城できるようには各貴族たちに連絡しています」

「直前だと厳しいのではないですか? 前もって連絡するのが普通では……」

「普通はそうですが、今回は精霊様のためですし、儀式を行うことで回り回って我々にも恩恵は返ってきます。そんなしきたりなど上からの圧力で何とかすれば良いのです全ては精霊様のためですから!」


 フンッと鼻息荒くジギスムントは早口で語る。ある意味一番初めに儀式を行う領地はここで大正解だったのではないかと思ってしまう。アダン領の地を精霊力で満たし、精霊の復活を目の当たりにできれば他の領地も目の色を変えるだろう。精霊信仰は廃れつつあるが、この地をより豊かにする存在だと伝えられている精霊は必要な存在だ。


「つまりはあとはコンラディン様の到着次第ということですか」

「ええ。手紙を頂いてからすぐに動きましたから」


 ジギスムントは胸を張る。その隣でクロネは苦笑いをしているので、相当無理を通したのだろう。

 でもこれでコンラディンがプロヴァンス領を出発し、アダン領に着けばすぐにでも儀式を行い、石柱に精霊力を注ぐことは可能だろう。しかしそれがいつになるのかはわたしにはわからない。


『じゃああとは国王様任せかな。わたしたちもそんなすることなかったから』

『精霊力を集めるだけですから』


 当時の儀式を経験しているシヴァルディとクロネは口々に言う。経験者が語ることは重要だ。彼女らがそう言うならそういうことなのだろう。


『儀式の時に気をつけないといけないことってあるんですか? コンラディンは儀式自体やったことも見たこともないんですよ?』

「確かに……」


 イディの疑問にわたしはぽつりと呟く。今までは親の仕事を見学したり、アドバイスを受けたりとできたはずだが、今回はそういうわけではない。少ない情報の中で儀式を成功させなければならない。改めて凄いことをしようとしているなと思い知らされる。

 イディの言葉にシヴァルディたちは何かないか、うーんと首を傾げながら考え始めた。


『……わたしたちはアダンの隣で見てただけだからな』

『そうですね……。……でも、そうですね。これは気をつける点なのかわかりませんが』


 目を閉じながらシヴァルディは人差し指をピンと立てた。


『儀式では精霊力を吸い取る…のでしたよね? 様々な方がいらっしゃる場でしたが、儀式をすることで枯渇して倒れる方はいらっしゃらなかったのは覚えています』

『確かに! とーっても力の少ない下位貴族もいたけど、倒れるほどはなかったかな。気持ち悪そうだったけど』


 シヴァルディの気付きなクロネも賛同する。それを聞いたヴィルヘルムはなるほど、と言いながら頷いた。ジギスムントは儀式の様子を想像していたのか、夢見るような表情をしている。誰も彼にツッコミを入れようとは思っていないようだ。

 わたしはシヴァルディの言葉から当時の国王がどうしていたかを予測する。


「では調節をしながら力の器に精霊力を集めていたということでしょうか?」


 わたしの推測にヴィルヘルムは顎に手を当てながら頷く。

 

「そうだろうな。その儀式の場所によるが、国王が彼らの様子を見て少しずつ集めていたのでしょう。私たちは文献でしか情報を得ていないが、コンラディン様はプローヴァ様から詳細を聞いているだろうから理解しておられるかもしれぬ。こちらは体調不良者が出ぬように心づもりしておくくらいで良いでしょう」

「わかりました、領主としてそれは心に留めておきます」


 いつの間にかこちらの世界に帰ってきたジギスムントは真剣な表情で頷いた。すごい、きちんと話も聞いていたのか、とその器用さに驚かされる。するとクロネがパンと両手を重ね合わせて提案をしてきた。


『念のためその儀式の場所、見ておく? リアたちならわかることもあるかもしれないし』

「そうですね、見ておいて損はないでしょう」


 ジギスムントも片眼鏡を軽く持ち上げながら賛成し、ゆっくりと立ち上がる。このまま儀式の会場を下見するのだろう。

 するとちょうどテレーゼが入室の許可を求めるベルを鳴らしてきた。部屋の主は許可を出すと、テレーゼはワゴンにお茶とお菓子のセットを載せて部屋に入ってくる。ああ、お茶を持ってきてくれたのかと納得するが、すぐにそれは頂けないことに気付く。ここのお茶、美味しかったんだけど先にやることやらないといけないよね。

 ジギスムントはテレーゼに断りを入れると、彼女は表情を崩すことなく了承した。そして儀式を行う場所である講堂へ案内するために皆を先導する。


「講堂なのですね」

「そうです。この城で一番広い場所はあそこくらいですから」


 わたしの呟きにジギスムントはにこやかに答える。孤児院にいた時は自由に出入りできるところが限られていたため、全てを知っているわけではない。でも確かにあの講堂は広く、人を集めるにはぴったりな場所だとは思っていた。あそこが使われることはなかったが。ジギスムント曰く、今は十歳の披露会や成人の義で使っているそうだ。さすがはアダン領である。

 先程の部屋から講堂はそう離れておらず、少し歩くくらいで到着した。テレーゼは重たいであろう扉を開けて中へ通してくれた。わたしたちが中に入ると「話があるので外で待つように」とジギスムントに命じられ、彼女は用意していた明かりを手渡してくれた。

 中は見慣れた光景だった。けれど薄暗さはなく、きちんと隅々まで清掃されている。イディがふわりと全てを眺めるように舞う。


『ここも一緒だね……』

「うん……」


 夜に抜け出してはここに篭っていた日々が思い出される。わたしはゆっくりと前へ進んでいく。

 そうそう、上下に分かれて書かれてたんだよね。下が旧プロヴァンス文字で上が精霊殿文字。

 わたしはスーッと手のひらで文字を撫でた。全てはジャルダンの講堂から始まったのだ。


『こっちは創世記だったね。ここだけこうなってたっけ?』

「うん。それでこっちがシヴァルディの……ん?」

「どうかしたか?」


 ヴィルヘルムが不思議そうな表情で尋ねているが、正直あまり耳に入っていない。わたしの視線は講堂の正面ではなく、横の壁に書かれたあの文字に釘付けである。

 ジャルダンの講堂ではあそこはシヴァルディ、森の精霊のことが書かれていたが、あの文字とは違う! わたしは慌てて自分の中にあるメモを引き出した。パッと金色に光る文字たちが空間に広がる。


「確か……あ、ここ!」


 わたしは食い入るようにその金の文字の内容を確認し、そして壁文字と照らし合わせる。やっぱり違う! これは……と解読しようとしたところで、わたしはぷらんと宙に浮いた。


「オフィーリア、いい加減にしなさい」


 それがヴィルヘルムの声だと理解し、そして彼に首根っこを掴まれていることに気付く。これは女性にすることではないと思う。完全に子ども扱いだ。


「領主様! ここ! 多分クロネ! だから!」

「わかっているから落ち着きなさい」


 バタバタと手足をばたつかせたものだからヴィルヘルムはそっとわたしを下ろす。

 あの壁文字の羅列はジャルダンの講堂のものとは異なっていた。そしてここはアダン領。つまりはクロネのことが書かれているに違いない! わからなければきちんと解読すればいいじゃない! もしかするとニュアンスの修正もできるかも!


「さ、作業させてください!」

「駄目だ」


 令嬢らしからぬ興奮状態のままヴィルヘルムに懇願すると、瞬時に却下された。何故!



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― 新着の感想 ―
[一言] オフィーリアもジギスムント様の事を言えないような状態になってるなあw
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