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第五十一話 アダン領へ、再び


 数日足止めを喰らってしまったが、わたしたちはアダン領へと向かうことになった。

 ブルクハルトの件についてだが、彼の死は未だに公表されていない。彼の行為は立派な襲撃であり、国王殺害未遂であるためすぐに公表されると思っていたが、そうではないらしい。ヴィルヘルム曰く、事実をそのまま明かすことは間違ってはいないが、それにより連座で彼の妻、そして子どもたちも処刑されることになる。そうなるとコンラディンとフリードリーンしか残らないことになる。またフェシリアを含め孫世代は今後、精霊王との完全な契約のために精霊力を伸ばさねばならない。フリードリーンの子どもの誕生を待ち、尚且つ力を数年かけて伸ばすのは正直言って悠長なことだと言うことだ。そう考えると、公表には慎重にならざる得ない。だが禍根を残すことにもなるのでどうするのかは難しいところだ。ヴィルヘルムを含め、ブルクハルトの行動について公表まで黙っているように命を受けた。

 しかしコンラディンたちはブルクハルトの死によって内部で動かないといけないらしく、アダン領への出発も遅れると言う。仕方がないのだが、早く動かねばならないのでもどかしい気持ちになる。でも今のわたしにできることはアダン領での準備しかないので、それに集中して完遂することだ。


 ガコ、ガコ、ガコ、と車が揺れている。この道は一度来た道だ。前にここを通ったのが十歳の冬だったか、そうだと一年経ったのかと、時の早さに驚かされた。


「もうすぐ到着しますね」

「あと鐘半分もかからないだろう」


 パトリシアとランベールが外を見ながら会話しているのが聞こえた。そしてパトリシアはヴィルヘルムの書類を片付け始める。書類がわたしの近くまで散乱しているけれどそんなことを書類の持ち主は気にする素振りもしない。相変わらずの仕事中毒(ワーカーホリック)だ。……慣れたけどね。

 でもさすがはベテランの二人だ。アダン領に行くことも多かったのだろうか。わたしはもうすぐ到着すると知り、あの片眼鏡の領主の顔を思い出し、溜息をつきたくなった。でもクロネ、元気にしてるかなあ。忙しすぎてあんまり連絡とってなかったんだよな。精霊石で通じ合ってはいるけど顔を合わせて話す機会ってそうそうないからちょっと楽しみだな。


「ヴィルヘルム様、もうすぐアダン領に到着しますよ。準備をいたしますので今、見ている書類は片付けてくださいませ」

「……ああ」


 口調は丁寧だが言っていることはお母さんのような言葉だ。いつも執務室ではこのような光景なのだろう。あまり見ない場面だったので、思わず笑みが零れる。ヴィルヘルムは了承の返事をしたもののなかなか書類から目を話そうとしなかったので、最後にはパトリシアに取り上げられていた。強いな、パトリシア様。


『クロネ様元気かなー? ワタシ、早く会いたいなー』

『そうですね、私もです』


 到着を間近にして精霊たちもウキウキとしている。現状、この国で目覚めている精霊はイディ、シヴァルディ、クロネと精霊王だけだ。そう考えると少ない同胞に会えるのは嬉しいだろう。

 でもいつかは他の精霊も目覚めさせないといけないよね……。人型以外は精霊王の力で何とかなるらしいけれど、各領地の象徴的な精霊は直接石碑に精霊力を注がねばならない。それもまた相談しないといけないな。

 そんなことを考えているうちに、車がゆっくりと止まった。無事に到着したようだ。

 ランベールが扉を開け、周囲を確認した後、ヴィルヘルムに合図を送る。問題ないらしい。ヴィルヘルムは立ち上がると車から出て行った。


「さあ、オフィーリア様」


 フェデリカに促され、わたしも車を降りるべく小さな出入口をくぐる。降りようとしたらヴィルヘルムが手をこちらに伸ばしているのが目に入った。エスコートというやつか。婚約者らしいことをするものだ。わたしは彼の手を取って華麗に下車させてもらった。


 降りてすぐ目に入るのは大きな建物。わたしが十歳になるまで過ごしていた孤児院と酷似しているアダン領の城はわたしの感情を揺さぶってきた。アモリたちは元気にしているだろうか。

 でもここで感情を出すわけにはいかない。これは、違う。似ているだけ、と自分に言い聞かせ、込み上げそうになるものを必死に堪える。ヴィルヘルムが隣で小さく息を吐くのが聞こえた。呆れてるのかな。ちょっと今我慢してるから見逃して、と思いながらわたしは笑顔の仮面を被った。だいぶこれもうまくなってきたなあと思う。


「ヴィルヘルム! オフィーリア! ようこそアダン領へ!」


 揺れる感情をぶった切られるかの如く、弾んだ声が聞こえた。しかもとてもとても楽しそうだ。


「ジギスムント叔父上が出迎えるとは思いませんでした」


 ヴィルヘルムが声の主、アダン領の領主であり、ヴィルヘルムの叔父であるジギスムントに苦笑する。ジギスムントは灰色の髪を揺らし、満面の笑みで両手を広げていた。あの片眼鏡も健在だ。

 わたしは「お久しぶりです」と一つ礼をすると、ジギスムントはニコニコと「いつ会えるのかと首を長くしていました」と言い放った。相変わらずだ。


「さあさあ、積もる話もありますし、こちらへ。ヴィルヘルムはいつ出立されますか?」

「明日にはジャルダンに帰ろうと思います。手紙の通り、オフィーリアは残していきますが」

「そうでしたね。ではヴィルヘルムが帰るまではいろいろとお話しさせてもらいましょう! ささ、早く行きましょう!」


 いろいろとは? 絶対精霊のことだろうな、と思いつつ、わたしは引きつった笑みを浮かべてしまった。

 今回の訪問はクロネを通して先に知らせていた。もちろんコンラディンからの手紙もあるし、ヴィルヘルムからもダミーで手紙を送っている。誰が見るかわからない人を通しての手紙より、直接渡せる手紙の方が便利だ。だからクロネに渡した手紙にはある程度の情報を盛り込んでおいたらしい。絶対その内容について詰められるな、と覚悟はしていたが、予想通り彼の精霊への愛を刺激してしまったらしい。


『これ、領主様が帰った後大変じゃない……?』

『イディ、頑張ってくださいね。クロネもいますから』


 わたしの隣ではイディたちがぼそぼそと会話している。シヴァルディは逃げる気のようだ。

 そんな精霊たちをジギスムントは弾ける笑顔で見つめ、うっとりとしている。ジギスムント様、精霊は他の方には見えないので我慢してください、と内心でツッコみながらジギスムント付きのテレーゼに案内され、部屋へ向かった。


 



「テレーゼ、後でお茶を用意してください」

「かしこまりました。お話が終わる頃にお持ちいたしますわ」


 テレーゼは頷くと、礼をして部屋を出て行く。フェデリカたちはわたしの荷物を整理するためにすでに退出している。つまりはこの部屋には、わたしとヴィルヘルムとジギスムント、あとは精霊たちしかいない。


「さて……」


 完全に部屋から部外者が出て行ったところで、ジギスムントはキラリと濃灰色の瞳を光らせた。視線の先はもちろん、シヴァルディとイディである。知ってた。ヴィルヘルムは真顔になっている。


「お久しゅうございます! シヴァルディ様、そしてイディ様! このジギスムント、貴女方様にお会いできる日を今か今かと待ち望んでおりました! 変わらぬその神々しい御姿、拝見することができ、嬉しゅうございます!」


 そしてつーっと一筋の涙を流す。相変わらず涙腺も弱いなあ。だけど彼にとって精霊に会えることは最上の喜びなのだろう。

 しかしその相手の精霊たちは完全に引いている。もちろん人間であるわたしも苦笑いしかできない。


『もうジギスムント。リアたちが困ってるじゃない』


 その言葉とともに灰色の光が弾け、時の精霊クロネフォルトゥーナが灰色のおさげ髪を揺らしながら姿を現した。クロネの姿を見た精霊二人はとても嬉しそうな表情で彼女を見つめる。やはり久しぶりの再会が嬉しいのだろう。彼女は二人を見てにこりと笑い、ジギスムントの横にやってくると、腕を組んで怒っていると言いたげなポーズをした。その幼い姿が可愛らしい。


「クロネフォルトゥーナ様! ですが精霊様をこの目にできる機会などそうそうありませんから……」

『それでもダメよ。いくら時間があっても足りなくなっちゃうわ』


 クロネの言葉にジギスムントはしゅんと項垂れる。さすがは精霊の言葉である。クロネがいれば彼の暴走はそこまでないのでは……と若干希望が持てた。


『ヴィルヘルム、リア、シヴァリディにイディ。よく来てくれました』

『お久しぶりです! クロネ様!』


 ぺこりとクロネがお辞儀をすると、イディは嬉しそうに彼女に近づき、手を握る。シヴァルディも同様にクロネに挨拶をした。そして精霊たちの束の間の団欒を済ませた後、クロネがひょこっと顔を覗かせ、ヴィルヘルムに尋ねる。


『今回の件なんだけど、手紙と重複していいからもう一度説明してくれる?』

「もちろんです」


 ヴィルヘルムはしっかりと頷いた。その対面でジギスムントは再び息を吹き返したかのように屈託のない笑顔を見せた。



ジギスムント再び

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― 新着の感想 ―
[一言] ジギスムント様の勢いのおかげでもやもやした感情もどこかに吹き飛ばされていきましたねー 今後を考えると吹き飛ばされたままでもいけませんが今くらいはね
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