第五十話 後悔と髪飾り
次の日、本来ならわたしたちはアダン領に向けて出立する予定だったが、ブルクハルトの急死により足止めを余儀なくされた。ヴィルヘルムも昨夜の帰りが遅かったこともあり、難しいと判断したとのことだ。仕方がないことだとは思う。精霊王もコンラディンからブルクハルトの死を告げられたようで、彼は沈黙し、わたしに語りかけることはない。
わたしは寝床でごそごそと寝返りを打った。
『眠れないの? リア。ずっと寝返り打ってる』
イディが話しかけてきて、わたしは被っていた布団を捲り、ゆっくりと起き上がる。イディはスーッと近づき、わたしの肩に乗った。
『思い出しちゃうの?』
「うん……」
イディはそっか、と呟くとわたしの頬を優しく撫でた。
あの日から目を瞑ると、あの時の光景が思い出されるのだ。ブルクハルトがコンラディンを害そうとしたことによる報いであるということは十分に理解しているし、もしあそこで助かっていたとしても結果的には死ぬことになるから一緒だという事実もわかっている。
でも、何故わたしはこんなにも後悔をしているのだろうか。胸に手を当ててそっと息を吐く。いや、答えは出ているのだ。それを言葉にして、認めるのが怖いから逃げているのだろうな。
『夜風に当たってみる? 今ならメルヴィルがいるんじゃない?』
「できるかな……」
わたしは寝間着の上から羽織れるものをごそごそ探していると、フェデリカが扉の外から声をかけてきた。わたしが寝ている様子ではないから心配してのことだろう。わたしは申し訳なく思いながら彼女の入室を許可する。
「申し訳ありません。ですがオフィーリア様、もしやお休みになれないのですか?」
「ええ、目が冴えてしまって。なので夜風に当たれば眠れるかと思ったのですが……」
「それならばそういたしましょう。すぐに着替えを取ってまいります」
こんな夜遅いのにも関わらず文句一つ言わないフェデリカは柔らかな笑みを浮かべると、クローゼットへと向かう。そして外で着ても問題ないシンプルなドレスを持ってこちらへ戻ってきた。寝間着を脱がされ、それを着る。「春ですがやはり夜は冷えますので……」とショールを掛けられて、準備完了だ。
部屋を出るとやはりメルヴィルが立っていた。護衛のこともあるので付き添ってくれるという。ほとんど足を踏み入れたことがない別邸の庭へと向かうことにした。
別邸の庭は本当に簡素だった。春の会議の時ぐらいしかこの別邸は使用しないらしいので、維持も最小限となっている。少し歩くと小さく見える王城を見つけ、わたしはゆっくりと近づいた。少し離れますね、とメルヴィルは気を利かせてくれ、わたしは一人になる。小声で話しても聞こえないであろう位置まで進んで立ち止まった。
『良かったね』
「うん」
イディは闇夜をふわりと舞う。そしてわたしの傍に寄ると、銀髪をよしよしと撫でた。
『リアは自分を責めてる? ちゃんと考えたらよかったって思ってる?』
「……うん」
イディに問われ、わたしは素直に頷いた。
答えは出ていた。ブルクハルトがあのような最期を迎えたのは、自分のせいではないかと思っていた。あの時、コンラディンはわたしが作った守護の道具を身に付けていた。あの白い光はお守りが発動したのだ。そして攻撃を跳ね返し、ブルクハルトに致命傷を負わせてしまった。わたしは良いと思ってあれを作ったが、もう少しよく考えて作っていたら違った結果になっていたのではないかと何度も思ってしまっていたのだ。
『……それはリアのせいじゃないよ』
「でももっと他の方法があったんじゃないかって」
『それはリアが考えることじゃなくて、コンラディンがきちんと対処すべきことだったと思うよ』
イディがきっぱりと言う。
『お守りは使用者を守るためにあるんだよ? リアの作ったお守りはきちんと役割を果たした。コンラディンを守った。あれがなきゃ、コンラディンは死んで、ブルクハルトが生き残った』
「どちらも守れたんじゃないかって。フェシリア様に辛い思いをさせなかったんじゃないかって」
わたしは首を横に振りながら、自分の後悔を吐き出した。フェシリアの我慢した表情を忘れられない。そんなわたしの自責をイディは否定した。
『でもブルクハルトが生きていたら国王になって、そしたら……リアの自由は奪われる。力と能力だけ当てにされて一生死ぬまで利用されて……そんなリアを見るなんて、ワタシ、嫌だよ!』
イディは泣いていた。黒の瞳から涙をぽろぽろと零す。そして彼女はわたしの胸に飛び込んで嗚咽を漏らした。そっと抱き込むようにイディを腕で包む。ごめん、イディ。ここまで言わせてしまって。じわりと視界が歪んでいく。
「オフィーリア」
突然名を呼ばれ、わたしは驚いて声のする方へ顔を向ける。
「領主様」
その方向にはヴィルヘルムがいた。おそらくフェデリカが心配して伝えてくれたのだろう。形だけとはいえ婚約者だし、様子を見に来てくれたということか。多分今の今まで仕事をしていたのだろう、昼間の服のままである。
ヴィルヘルムは側仕えたちを遠ざけると、わたしの隣へと並び立った。彼の若草色の三つ編みが夜風に揺れる。
「眠れないと聞いたが……どうだ」
「どうだ、と言われましても。目が冴えてしまったのです」
「泣いている。イディも」
そう言いながらヴィルヘルムはわたしの目尻に指を伸ばし、涙を掬った。その突然の行為にわたしは吃驚して声を失った。涙が一瞬で引っ込んだ。イディはヒックヒックと嗚咽しながら泣くのを堪えながら状況を説明しようとする。
『だってリアが……』
「大方、お守りのことで責めていたのだろう」
ヴィルヘルムは腕を組みながら正解を言い当てる。あれ、わたし領主様にお守りを作ったことを言ってたっけと不思議に思い、首をこてんと傾げた。そんなわたしの様子を見て、ヴィルヘルムは呆れ気味に溜息をついた。
「あの光と効果はお守りだとわかる。だがあれを作るためには膨大な量の精霊力が必要だ。コンラディン様の現状のお力では無理だろう。それならオフィーリア、其方が作ったと考えるのが適当だ。渡すのは精霊王でもできるからな」
二度お守りを使用したことがあるヴィルヘルムだからこそわかることだ。わたしの様子からそれが正解だと確信したヴィルヘルムはフーッと息を吐いた。
「お守りはコンラディン様を守ろうと思って作ったのだろう?」
「はい……。でも使ったらどうなるかまできちんと考えていたら……」
「それはコンラディン様も覚悟されていたと思う。それでもあれを使われた」
覚悟していた……? と問いかけるように呟くと、ヴィルヘルムはああ、と頷いた。
「お守りを使うことでどういうことになるかを理解した上で使ったのだ。それにコンラディン様自身がきちんと向き合って片付けておかなければならなかったのが原因だと私は思う。だから其方が自分を責める必要など一つもない」
彼もイディと同じくきっぱりと言い切った。そして手を伸ばし、頭をぽんぽんと撫でる。まるで幼い妹を慰める兄のように。
「人の死を間近で見てしまったから其方の心は揺れているのだ。しかも知っている人物だからな。だから今はゆっくりと気持ちを落ち着けて、気が休まることをやりなさい。其方は何も悪くないのだから」
「……はい」
声が優しい。ホッとするよな温かな声にざわざわしていた気持ちが落ち着いていく。わたしはゆっくりと息を吐きだした。嫌な感情も一緒に抜けていくような気がした。
「……ああ、わかっている」
「ん?」
突然ヴィルヘルムが虚空に向かって話しているのでどうかしたかと思ったが、すぐにシヴァルディが話しかけているのだと納得する。わたしは何を話しているのかと疑問に思いつつ、彼らの会話が終わるのをじっと待っていると、ヴィルヘルムはランベールを呼び寄せると彼から小箱を受け取った。
「オフィーリア、これを」
そう言いながらヴィルヘルムはその小箱をわたしにそのまま渡してきた。そこまで大きくないが、何が入っているのだろうと思いながら箱を開けてもらうと、中には薄い翠色の丸石が幾つか付けられた髪飾りが入っていた。何で髪飾りを? と思い、そのままヴィルヘルムを見上げる。すると彼は溜息をついて一言だけ。
「お守りだ」
「え、わたし持ってますよ。ほら」
わたしはそう言いながら銀髪をかき上げ、左耳に付いた耳飾りを見せる。ヴィルヘルムの方が必要なんじゃないか、あの時使って壊れてたし。そんなわたしの思考が漏れているのか、ヴィルヘルムは呆れた目で見て、また溜息をついた。酷い。
「アダン領に行けば私が直接守れなくなる。お守りは持ってて不足はない。付けておきなさい」
ヴィルヘルムは箱から髪飾りを取り出してわたしの髪に無造作に付ける。そして付けたわたしの髪をまじまじと見て、何か満足そうな表情を見せると「寝なさい」と一言だけ残して去って行く。また仕事をするんだろうか、と思いながらその背中を見つめた。
『キレイだね』
イディは髪飾りに近づいてそう言った。わたしはうん、と頷きながらその飾りに触れる。そして気付いた。
……あ、お礼言うの忘れた。また言わなきゃ。




