第十六話 精霊力、注ぎます
「アモリ、お待たせ〜」
気持ちを切り替えて菜園で草引きをしているアモリに声をかけると、アモリはわたしの方に顔を向けた。待ってましたと言わんばかりに手に持っていたひょろひょろの雑草をその場に捨てると立ち上がった。
「リア〜、遅かったね。草引き、すごく捗ったよ〜! で、何の話だったの?」
「えーっと……」
思ったより時間がかかったので何の話をしていたのか気になったアモリが何の気無しに聞いてくる。「わたしが今後死ぬかどうか決まる話です」とは言えないのでどう言おうか悩む。言葉に詰まっていると肩に乗っていたイディがわたしの目の前に飛んできた。
『全部正直に言うんじゃなくて一部分だけ言ったら? 「先生たちに料理を出す」って言うなら嘘じゃないし』
「!」
イディの提案が胸にストンと落ちた。それなら嘘をついているわけではないし、誤魔化してボロを出す心配はない。
わたしは心の中でイディに感謝した。
「わたしの料理を他の先生たちも食べたいって話が来たからその話」
「それってすごいね! リアの料理って変わってるけど美味しいのは間違いないもん!」
「うん、ありがとう。頑張るね」
アモリの目がキラキラと輝いている。そのままの意味で捉えているので友人の能力が認められて嬉しいと思うところなのだが、先生相手でも貴族も含まれているのでわたし自身は嬉しくないし迷惑だ。
『知らないって素敵なことね』
……わたしもそう思います。
心の中だが激しくイディの言葉に同意する。そんなわたしの胸中などお構いなしにアモリはわたしの手を引いた。
「それでね、リアが来るまで草引き頑張ったよ。ここまでやったからあとは一緒にやろう?」
アモリの背にある菜園を見ると畑の四分の一くらい雑草が抜かれ綺麗になっている。わたしは頷くとアモリはニカッと笑った。
「じゃあ私は続きをやるね。リアは反対のあっち側から……」
「わかった」
アモリが指差す方向にはパミドゥーの苗が植えられていた。ちょうど今収穫の時期なので実がいくつかなっている。わたしは言われるがままにそこに向かい、雑草を抜くために座り込んだ。
『ねえ、リア。ちょうどアモリも近くにいないし、ここに精霊力を流してみましょ?』
雑草を抜こうと手を伸ばしたわたしにイディはうずうずしながら言った。解読した内容が本当かどうか確かめたいのだろう。わたしもだけど。
「じゃあここの苗が植えられてるところだけやってみようか」
『いいわね! どうなるかしら?』
先に雑草を抜いてから、と思っていたが急かされたのもあり精霊力を地面に注いでみることにした。わたしは右手をパミドゥーの苗近くの地面に置き、目を閉じ集中した。
すると今まで見えなかったが、地面と苗に微かだが緑色をした炎が見えた。苗の方の炎は息をするように揺らめいている。
これって精霊力だ……。綺麗だな……。
知っている精霊力の光は橙色だったのでここで緑色のものを見るのは初めてになる。何か法則があるのかと疑問に思うが、この揺らめく炎に自分の精霊力を流せば良いのだろう。わたしは水を流すのをイメージしながら丁寧に精霊力を地面に注いでみた。量感がわからないので慎重を期して少しずつ。
『え、リア! 見て見て!』
少しばかり力を流していると急にイディが声を上げた。わたしは閉じていた瞼を開けた。
「え?」
『パミドゥーが!』
目の前に広がるのは元気よく生い茂るパミドゥー。
先程まで小さかった葉や実は大きくなり、細くて折れそうな茎は太く丈夫になっていた。しかもパミドゥーの実は紫色をしているはずだが、色が真っ赤になっていた。もうこれは立体的なパンパンな紅葉だ。
「これってパミドゥーだよね?」
今までさらにトマトらしくなった赤色のパミドゥーを見たことはない。わたしはパンパンに膨れ瑞々しいパミドゥーを手に取りイディに尋ねた。
『パミドゥー以外に何があるの!? リアが力を注いでからニョキニョキって伸びてきたのよ!』
「じゃああの文章は本当のことだったのね……。実りを得られるのはこういうこと?」
『精霊力を込めると成長がより良くなるみたいね。すごい発見だわ……!』
新たな発見に喜んでいるのかイディはパミドゥーの実の周りをぶんぶんと飛び回っている。
わたしはパンパンに膨れ上がったパミドゥーを手で引きちぎって収穫しそれをまじまじと見つめた。ずっしりとした重量感があり、全体に艶と張りがある。そして、全体の色が赤色均一で鮮やかで美しい。形が違う質の良いトマトを持っているかのように錯覚してしまう。目を閉じて集中力を高めていくと、先程まで微かに揺れていた緑の炎が大きくなって煌々(こうこう)と輝いていた。
なるほど。精霊力を注ぐと含まれる精霊力が増える仕組みなんだ。
瞼を上げると炎が見えなくなる。
あの精霊殿文字で書かれていたことは正しかった。そうするとなぜこの事実がきちんと伝わっていないのますますかわからなくなった。
『この発見はどうするの? マルグリッドに伝える?』
イディは考え込んでいたわたしの目を覗き込みながら尋ねてきた。
これを伝え実践することで収穫量は桁違いに多くなりこの孤児院での生活も多少楽になるだろう。
しかし、どう伝える?
このパミドゥーを見せ方法を説明したらどうなる?
ただでさえわたしは平民で貴族にとってこの命は石ころに等しいものだ。マルグリッドならば余計な面倒事を起こしてわたしが困るのを厭っている。伝えたら「このことは黙っておきなさい」と言われるだろう。そして、なぜそれを知ったのか追求されるに決まっている。それで終われば良いが最悪の場合、「知るから秘密が増えるのです」と講堂行きを禁止されるかもしれない。あと夜抜け出していたこともバレる。
……それは断固拒否!! 解読作業を取り上げられたらわたしは何を糧に生きていけばいいかわからない!
脳内会議の結果、満場一致で秘匿とすることが可決される。
「――先生には言わない。このことは凄くて共有しないといけないことだとは思うけど、わたしの今後が困るのは嫌」
文字解読ができなくなるのはわたしにとって死と同然。わたしはきっぱりと言い切る。
「けど、せめて収穫物に幾つか精霊力を注いだ野菜を混ぜておく。それならわたしが原因だってわかりにくいでしょ?」
『リアがそう言うならそうしましょ。知らなくていいことってあるわよね』
反対されるかと思ったが意外と呆気なくイディは同意してくれた。
「え、いいの? 普通止めない?」
自分で提案しておいて止めなかったことに驚いてわたしは思わず言ってしまった。するとイディはキョトンとした顔をして腕を組んだ。
『止めてほしいの?』
「いや、そういうわけじゃ……」
『人には人の都合があるでしょ? ワタシは生まれた時からリアの味方だから、リアがやりたいことに賛成するよ。……たまに止める時もあるけど』
「止める時は止めるのかい」
心強いのかそうでないのか判断に苦しむ微妙な言葉をもらい、ついツッコんでしまった。ただ無条件に信じてくれる存在が居るということにわたしの心がじんわりと温かくなる。
「ありがとう、イディ」
『いいのよ!』
二人で見つめ合って微笑んでいると後ろでザッという土を踏みしめる音がした。そして日向にいたはずなのに急に影になった。
「リア! 草引き、全然進んでないみたいだけど……って、ええ!? 何それ!?」
目を吊り上げたアモリが仁王立ちになっていた。しかしその表情はすぐに崩れ、驚愕した表情を浮かべながらわたしの足元を指差した。
わたしは取り繕うようににへらと笑いながらアモリが指差す方向に視線を向けた。
「は?」
何があったのかわからない光景が広がっている。
そう、足元が緑艶やかな雑草で覆い尽くされていたのだ。
「何これ!?」
飛び退いてよく見るとそれはひょろひょろの雑草ではなく、茎も太く葉がつやつやして逞しいものだった。
『この雑草も精霊力を貰って元気になったわね』
イディが雑草の近くでまじまじと見つめながら見事だと言わんばかりにうんうんと頷いた。
初めてすることだったのでジョウロで水をやるように全体的に注いだので抜いていなかった雑草にも精霊力がいってしまったのだろう。
「うわ、全然抜けない!」
「ええ!?」
慌てて抜こうとするががっちりと奥深くまで根がはってしまったのか引っ張ってもびくともしない。アモリと二人がかりで抜こうとしても抜けない。
やってしまった〜〜……。どうすんの、これ!
精霊力の効果を身をもって感じてしまった。
精霊力がたっぷり含まれた地面にしてみたオフィーリア。
あの壁文字には大切なことが書かれているようですね。
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