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第四十九話 覚悟する王


 コツ、コツ、コツ……


 一人分の足音が微かだが聞こえる。この古城に入れる者は限られている。シヴァルディの守りの結界がこの城の周りの森に施されているので、古城に辿り着けるのは白の精霊力を持つ王族のみだ。

 その異変から会談中は姿を消していたイディがパッとわたしの近くに現れた。

 誰……? と口に出そうとしたところで、ヴィルヘルムがシッと唇に人差し指を当てた。そしてヴィルヘルムは手を広げ、自分の背中の後ろにわたしを隠すように誘導する。そして彼は静かに扉を睨みつける。

 足音はゆっくりと大きくなって、やがて止まる。呼吸すらするのが怖くて、ぎゅっと目を瞑る。そしてギギギギ……と軋む音を立てながら扉が開いていく。その扉の向こうにいる人物を見たのか、あっと声を上げる。


『あれは……』

「ブルクハルト」


 コンラディンが訪問者の名前を告げたところで、わたしは顔を上げ、扉の方を見た。イディはそれに合わせてわたしの肩に乗り、わたしの頬に手を当てる。

 入り口を塞ぐようにコンラディンの息子であるブルクハルトが立っていた。そこで確か謹慎だと言っていなかったか、と思い出し、怪訝な表情になってしまう。


「父様……、何故」


 フェシリアの言葉から彼の訪問は予定されていたものでないことが確定した。彼の娘であるフェシリアは絶望した表情でブルクハルトを見つめている。彼女の言葉にブルクハルトは反応して視線をスッと送った。


「フェシリアもそこに居たのか」

「ブルクハルト、お前は謹慎中のはずだ。見張りはどうした」


 フェシリアから注意を逸らすべくコンラディンがブルクハルトに話しかける。そう、謹慎しているならば側仕え含め、周りの人が見ているはずだ。しかし何故、その目を掻い潜ってここまでやって来られたのか。ブルクハルトの視線はフェシリアからコンラディンに移る。


「そんなもの威圧で封じられますよ。皆、私より魔力は低いですから」

「威圧を放ってここまでやって来て……何がしたい」


 コンラディンはブルクハルトを睨みつけた。

 王族に伝わるという威圧を使って、相手を畏怖させ、自分の足でやって来たということか。彼は何を思ってここまでわざわざやって来たのだろうか。

 ヴィルヘルムはブルクハルトを見て、じっと固まって動かない。


「何がしたい? そんなこと決まっています」


 そう言いながらブルクハルトは腰に下げた短剣を抜く。フェシリアがひっと小さな悲鳴を上げた。わたしたちは古城に入るにあたって武器等は持ち込みができなかった。コンラディンとフェシリアの王族のみだからだ。武器がないため彼を捕えることもできないし、自衛もできない。

 動けないわたしたちとは対照的に、ブルクハルトはコツコツとゆったりとした動作でコンラディンに近づいていく。


「私の予定はこうではなかった。だから予定通りに戻したいのです」

「王座のことか」

「ええ」


 コンラディンの回答にブルクハルトはにこりと笑った。


「今ならば貴方方を亡き者にすることで何も問題なく王座につけます。だって父上はまだ私が外れたことを公言していませんから」

「…………」

「甘いですよ、父上。やはり実の子には甘くなってしまうのですね。一国の王よりも父親の面が強く出るのですね」


 そう言いながらブルクハルトはコンラディンにどんどん近づいていく。もうすぐ彼の持つ短剣が届きそうなほどに。


「私がここまでやって来ても、貴方はその腰の短剣を抜かないのですね」

「……お祖父様! わたくしのことは……!」

「ああ、なるほど。フェシリアのためですか」


 フェシリアが見ているからコンラディンはブルクハルトに剣を向けられないようだ。フェシリアにとってブルクハルトは血の繋がった父親だ。父親が傷つくのを見せたくないのだろう。

 コンラディンの配慮をブルクハルトは馬鹿のすることだと思ったのか、嘲笑した。


「そんな優しさなど王に必要ありません。愚かな父上だ。そんな愚王は慈しんだ息子に斬り殺される。今のお気持ちはどうですか、父上」

「……最悪の気分だ」


 コンラディンは低い声で吐き捨てた。そして黒の瞳を瞼で隠す。その返答に満足したのか、ブルクハルトはいつもの優しげな笑みを浮かべた。


「哀れな」


 そして笑みを消し、短剣を振り下ろそうとしたその時、ヴィルヘルムが駆け出す。ブルクハルトはちょうど彼に背を向ける形でいたので、ヴィルヘルムの行動に気付くのがほんの数秒遅れた。

 ガッとブルクハルトの体にヴィルヘルムの拳が入る。ブルクハルトは呻き声を漏らすが、ただそれだけだった。


「何を!」


 そう叫びながらブルクハルトは短剣をヴィルヘルムに振り下ろす。刺さってしまう! と恐怖を感じた時、ヴィルヘルムの手元が強くパンッと一瞬、発光した。そしてガラスが粉々に砕けたかのような大きな音が鳴る。


「ぎゃっ!」


 音に驚くまもなく、ブルクハルトの悲鳴が聞こえてきた。見ると彼の左の肩口が真っ赤に染まっていた。それを見て原因がすぐに思い当たった。


『お守りが発動した!』


 イディが叫ぶ。

 ヴィルヘルムの持つ守護の腕輪が効果を発揮したのだ。ヴィルヘルムの受けるはずだった傷は、ブルクハルトが代わりに受け負ったのだ。

 ヴィルヘルムはブルクハルトが怯んでいる隙に彼の持つ短剣を叩き落とそうと拳を振り下ろす。


「ああああああ!」


 しかしヴィルヘルムの拳より早く、ブルクハルトは右手の短剣をコンラディンに振り下ろした。「お祖父様!」とフェシリアが叫ぶ。

 その瞬間、パァンと何かが弾ける音とともにコンラディンが白く強く発光する。突然の出来事にヴィルヘルムを含め、皆が目眩む。


「……哀れな」


 コンラディンの呟く声が響く。彼は怪我一つなく、座っていた。そして。


「父様……」


 ブルクハルトは父親の前で膝をつき、血を流していた。肩口ではなく、腹の辺りが血で染まっている。そして糸が切れた人形のようにその場で崩れ落ちた。じわりじわりと絨毯に血が染まっていく。出血が多い。


「な……ぜ……」


 声を出すのがやっとなのか、掠れた声でブルクハルトは顔だけコンラディンに向け、血を吐く。何故私はここで倒れているのかが理解できないといった表情だ。


「何故だろうな」

「……た、え……」


 コンラディンは説明しようとしない。いや、もう必要ないと思っているのだ。フェシリアがブルクハルトの元へ駆け寄る。そして何かを覚悟したような表情で自分の父親を見つめ、彼の右手を握った。血がドレスや手に付くが、彼女は気にする素振りを見せない。


「フェ、シ、リア……」

「父様、終わりです」


 フェシリアはきっぱりと言った。


「どちらにせよお祖父様を害そうとしたことは極刑です。父様は失敗したのです」

「……な……と……」

「終わりなのです」


 強い意志を持つ眼差しを向け、フェシリアが断言した。その言葉を聞いた後、ブルクハルトの瞳から光が消え、握られていた右手がするりと抜けて落ちた。すると、ブルクハルトの手足がサラッとした細かい砂のような粒子となり、崩れながら消えていく。サーッと端から心臓へと集まっていくように。そして彼の体は完全に消え失せ、地面に小さな石がころりと転がった。


『死に石……』


 イディがぽつりと呟いた。精霊力がある人間が死ぬとできる精霊力の塊である。

 フェシリアはそれを見てキュッと唇を噛む。すぐに彼女はその石を拾い上げ、自身の胸に引き寄せた。フェシリアは俯いていてその表情が見えない。


「フェシリア様……」


 わたしが名を呼んだことで彼女が顔を上げる。顔色は悪いが、彼女の瞳は潤んでいない。必死に耐えているのか。わたしの複雑な胸中を察したのか、苦しそうに笑みを浮かべた。


「ヴィルヘルム様、オフィーリア様、恐ろしい思いをさせてしまって申し訳ありませんでした」


 そう言ってゆっくりと立ち上がる。そしてコンラディンに彼女は目配せをする。コンラディンは頷いた。


「罪人ブルクハルトの最終的な処遇は後に発表いたします。彼の側仕えらの証言などの調査を早急に行いたいので、今日は失礼させていただきますわ。ヴィルヘルム様、オフィーリア様、またお会いしましょう」


 フェシリアは王族らしい洗練された礼を見せると、すぐに部屋から出て行った。


「ヴィルヘルムはすまないが王城へ来てくれ。証言を念のため残しておく」

「わかりました」


 コンラディンはヴィルヘルムにそう言うと、彼は頷き承諾した。


 その後、わたしは古城を出て別邸へと帰された。ヴィルヘルムはそのまま王城へ。彼が帰って来た時間は定かではないが、わたしが寝所に入ってからなのでかなり時間がかかり、遅くなったようだ。

 わたしはというと、大好きな解読をしようにも、ブルクハルトの最期がちらついて集中できない。どうしてだろう、こんなこと今までなかったのに。できるだけいつも通り過ごそうとしたが、イディに心配をかけたようだ。彼女はずっとわたしに寄り添ってくれた。






 

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― 新着の感想 ―
[一言] 愚かで哀れな結末でしたねえ…… フェリシアよりもよっぽど大人になりきれない子供みたいだったなあ
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