第四十八話 儀式のために 後編
「我がジャルダンの地位はそこまで高くはありません。フォンブリューやトゥルニエ、ギルメットを差し置いてコンラディン様を招くことで序列が乱れるのでは、と。理由も伏せられておりますし」
領地に序列があるのは学んだ。しかし詳細をきちんと覚えきれていないわたしは内心で首を捻る。確か領地が大きいほど、序列も高かったはずだ。ヴィルヘルムは言った三大領地を蔑ろにしてはいけないと言いたいようだ。うーん縦社会だなあ、と思いつつ、むうと唇を尖らせてしまった。イディも同様に思っているのかわたしと同じような顔をしている。
「だがそれらの領地に声をかけてからだと全てが遅くなるのは明白だ。手遅れになってからでは遅い」
コンラディンの言葉にヴィルヘルムは悩む素振りを見せて唸った。
「……ではアダン領はいかがでしょうか?」
「アダンだと?」
コンラディンの問い返しにヴィルヘルムはこくりと頷いた。これは事前に精霊王と相談していた内容だ。あそこならばクロネの件もあるし、動きやすいし、準備もしやすい。
「アダン領は唯一と言っていい精霊崇拝の領地です。そして全ての領地の中でまた特殊な立ち位置にいます。精霊関係で動いていたと後から理由付けすれば、ジャルダンよりは納得してもらえるのでは」
「対外的な理由は作れるが、領主への根回しはどうしたら良いの……ああ、そうか」
コンラディンは何かを悟ったのか遠い目をした。ヴィルヘルムは苦笑しながら頷く。フェシリアは理解できず、可愛らしく小首を傾げている。
「ジギスムント叔父上ならば『精霊』という言葉を出せば何も問題ありません」
ですよねーーー、と心の中で全力で肯定しながらわたしはアダン領主ジギスムントのあのキラキラした濃灰色の瞳と印象的な片眼鏡を思い出す。彼は一応ある程度の事情を知ってはいるけれど、精霊関係の話ならば全てを許してくれると思う。
今回、土地と精霊のために儀式を行うと知れば、即許可されるだろう。詳細は求められるだろうが。主に好奇心から。寧ろアダン以外で行ったと知った時には怒り狂いそうだなとわたしも苦笑してしまう。
「なのでアダン領で行うのは問題ないかと。事情はある程度伏せても押せると思います」
「ではヴィルヘルムが調整を行うのか?」
「それについては……」
そう言いながらヴィルヘルムはちらりとわたしの方を見た。……え、とっても嫌な予感。
「私はジャルダンに戻り、準備を整えておきます。アダン領の後に、円滑に儀式ができるように。その代わり、オフィーリアに調整役をしてもらいます」
「まあ! それならば安心ですね」
フェシリアはとても嬉しいのか、胸の前に手を合わせて声を弾ませた。
ちょっと、それは聞いてませんよ、領主様! ジギスムント様の手綱を握れなんて無理ですよ! わたしには!
丸投げされたことに若干の怒りを感じ、わたしは思いっきりヴィルヘルムを睨んでおいた。仕方がないのは理解できるんだけど何だかなぁ……。
「コンラディン様はすぐにジギスムント叔父上に依頼書を送ってください」
「わかった。そうさせてもらおう」
コンラディンは大きく頷いた。具体的なことが決まった安心感からか彼の表情は柔らかいものになっている。やつれ感はすごい状態だけど。
「では私たちは明日の朝には出立し、アダン領にオフィーリアを送り届けてからジャルダンに戻ります。コンラディン様が来られるまでオフィーリアはジギスムント叔父上に状況の説明をお願いしたい」
「すぐ追いかける。オフィーリア、頼んだぞ」
ヴィルヘルムは了承以外の返事はないぞと言わんばかりにキラキラの爽やかスマイルをこちらに向けてくる。これ、「はい」以外の返事できないよね!? と心の中で渾身のツッコミをいれながらわたしは渋々「……はい」と返事をする。いっつもそんな顔してないじゃない。
「儀式で必要なものはプローヴァ様にもう一度確認の上、アダン領、ジャルダン領それぞれに送る。到着の目処が付いたらすぐに早便で知らせよう」
「わかりました。よろしくお願いします」
ヴィルヘルムは頭を下げる。話がまとまったようなので王家の二人は少し力が抜けたようだ。精霊が完全に復活するまで時は近い。いよいよか、と緊張が高まっていく。そんな中、コンラディンが「ああ、そうだ」と何かを思い出したのか声を上げる。
「フェシリアから聞いていると思うが、ブルクハルトの処分は一年の謹慎と王位継承権剥奪とした。本来ならフリードリーンが次の王となるが、彼奴は研究者の側面が強すぎる。プローヴァ様の望む儀式を行えないと判断し、とりあえずフェシリアを次期国王第一候補として育てることとなった」
「第一候補ですか?」
「ええ。わたくしの兄弟たちの最終の精霊力量で判断することになりました。慣わし通り一番高い力を持つ者を王にと定められていますので。わたくしは今、十二で訓練が遅れてしまっているのですが、弟たちは十歳前後から精霊力を使う訓練を行うと決まりました。十歳前後で始めると良いと教えてくださったのはオフィーリア様ですよね?」
フェシリアのキラキラとした羨望の眼差しが眩しい。わたしは一応肯定する。教えてくれたのは精霊王なんだけど。すると「さすがですわ!」とパンと胸の前で手を合わせてキャアキャアとミーハーな声を上げる。これが推されるというものなのだろうか。ちょっと気恥ずかしい。
「フェシリア、感情を抑えなさい」
「あ、申し訳ありません……」
コンラディンに注意を受けてハッと我に返ったフェシリアはしゅんと項垂れる。そんな感情豊かな彼女を彼女の祖父は微笑ましく思うのか、フッと笑みを浮かべた。
「フェシリアは精霊力がそこまで高くはなかった。息子は気に入らなかったのか、他に子を三人つくっている。今の状態で一番高いのは末息子だ。だが、オフィーリアの助言のおかげで伸びる可能性が生まれた。つまりフェシリアにも王位を目指してもらえるからな」
王家の内情は基本的に内密にされるから、どうなっているのかわからなかったが、次の国王を決めるだけでしがらみが多いことを知って言葉を失った。でも高い精霊力は今後精霊との契約で必須となる。特に精霊王は膨大な量が必要だ。仕方がないと言えば仕方がないことだと思う。
「フェシリアの精霊力の制御は私を超えるものを持っている。今後も努力してほしいものだ」
「今回の儀式は、わたくしも同行します。万が一お祖父様に何かあった時にまた情報が断絶してしまいかねませんから」
「その方が良いかと思います。念には念をと考えておくことで最悪の事態を防げますから」
ヴィルヘルムは神妙な面持ちで頷いた。わたしもコンラディン以外の王族が同行することには賛成だ。人間何があるかはわからないからね。
「でもわたくし、オフィーリア様とご一緒できるのが本当に嬉しいのです! わたくし、まだ精霊力が少なくてお手伝いできることが少ないですが、何かできることがありましたらおっしゃってくださいませ」
「はい。ですがわたくしもできることは少ないです。フェシリア様と同じ気持ちですので気負わずに頑張りましょう?」
ここまで慕ってくれるのは嬉しいけれど、こんな経験なんて前世でもなかったからどう対応するのが正しいのか迷ってしまう。とりあえずにこりと笑みを浮かべてフェシリアに言うと、彼女は顔を赤らめて小さく「はい……」と呟くように言った。
そんな可愛らしくはにかむフェシリアにコンラディンは優しい祖父の目を向けた後、一つ咳払いをして居住まいを正した。
「では今抱えている公務を振り分けたのちに我々は出発するので今日はここまでにしよう。ヴィルヘルムは……」
それは突然のことだった。
まとめの言葉を発していたコンラディンは、その途中で言葉を止める。彼は扉の方を注視し、目をスッと細めた。わたしもその視線を追う。皆が同様にしたため、束の間の静寂が訪れた。




