第四十七話 儀式のために 前編
古城に入るためには白の精霊力を持つ者がいる。そのため結界前でブルクハルトの一番上の娘と合流して向かうことになった。青みを帯びた黒髪を持つ彼女はフェシリアと名乗り、父親そっくりの目でこちらを穴が開くかというほど見ている。そんな彼女はぺこりと頭をこちらに下げてきた。
「父が無礼を働いたようで申し訳ありませんでした」
「いえ……」
わたしが返事をすると、フェシリアは顔を上げ、またわたしを見る。勝気な瞳はわたしをじーっと見つめて離れない。コンラディンはフェシリアにどう説明したの? すっごい気まずい。この気まずさなんとかしてほしい。いやでもブルクハルトがここに来られてもそれはそれで問題だけど、フリードリーンもいるんだからそっちの方が良くない? わたしはフェシリアの視線を逃れるようにして顔を背けた。そんな彼女はほう、と溜息をついた後、車から外をちらりと見て、話し出した。
「……わたくし、ここに来るのは初めてなのです」
「そうなのですか」
彼女の話にヴィルヘルムが相槌を打ってくれた。このまま二人で話をしててください、と思いつつ、わたしは二人の会話に耳を傾ける。
「父は今回のことで謹慎となりました。それでしばらく父の代わりを務めることになりまして……。あのお優しいお祖父様がそう判断されたということは、そういうことなのでしょうね」
どういうことでしょうか! 思わずツッコミを入れたくなったが、ヴィルヘルムはフェシリアのその言葉で理解できたのか、「そうですか……」と悲しげな笑みを貼り付けながら小さな溜息をついた。何でわかるの? これが貴族のやりとりというやつでしょうか。
『シヴァルディ様、フェシリアの言ってること、わかりますか?』
『うーん……、次期国王から外されたというのを暗に示している、でしょうか』
そういうことなの? とわたしは近くで話すイディたちを凝視する。シヴァルディはあまり自信はなさそうな表情ではあるが。
「あの……フェシリア様は今回のことを」
ヴィルヘルムが言いにくそうに切り出すと、フェシリアは全てを聞き終える前に手をブンブン振って否定する。
「ああ、ヴィルヘルム様方に怒りなどありませんわ。何せ父は平凡でしたから。叔父上ほどの研究熱もなく、お祖父様ほどの魔力の高さも持ち合わせていませんでしたから。寧ろなるべくしてなったのではと」
そう言って彼女は頬に手を当てはぁ、と溜息をついた。
「わたくしはお祖父様と過ごす方が長かったものですから、父を父親だという感覚があまりないのです。おかしな話ですけどね。わたくしの魔力がそこまで高くなかったからだとは思いますが」
「そうなのですか。ではコンラディン様に魔力などの教育を?」
ヴィルヘルムの問いかけにフェシリアはええ、と頷いた。
「二歳のシュルピス以外は皆、お祖父様から教わっています。辛い時もありますが、必要なことなので。……それで、オフィーリア様は」
いきなり何故わたし? とおっかなびっくりしつつ、フェシリアの方を見ると彼女はじーっとこちらを凝視していた。ひーん、こっち見ないでー。さすがにそれを口に出すことはできず、にこりと笑みを貼り付ける。
「お祖父様から聞きましたが、オフィーリア様は十五の壁を打ち破る方法を見つけられたとか……。ど、どうしたら! オフィーリア様の様に自立した素敵な女性になれるでしょうか?」
そう言ってキラキラと輝く目をこちらに向ける。じーっと見てたのはそういうことだったの? と面食らってしまう。どう対応するのが正解なのかわからず、わたしは助けを求めるためにヴィルヘルムを見ると彼は笑いを必死に堪えていた。失礼な領主様だ、全く! わたしは当てにならないヴィルヘルムを睨みつけておいた。そしてフェシリアの方を向き直した。
「ええっと……その、たまたまなのです。なのでフェシリア様ほどではありませんわ」
「で、ですが魔力も高いと伺いました! その、わたくしと年も変わらないのにオフィーリア様は素晴らしくて……。もし今精霊様がおられたらオフィーリア様の周りにはたくさんの精霊様がおられるのでしょうね!」
今ここに精霊様います、と思いながらイディたちをチラリと見て、わたしは笑顔を浮かべ謙遜しておいた。
古城に着くまでわたしはフェシリアに質問をされ続けた。ヴィルヘルムはひたすらに笑いを堪えるだけで助けてはくれなかった。酷いよね、本当にもう!
そして車は無事に古城に到着する。フェシリアは部屋の前まで案内すると、コンコンと扉を二度ノックして「お祖父様」と一言扉に話しかける。しばらくしてギギギッと軋む音を立てながら重厚に見える扉が開き、コンラディンが顔を覗かせた。この古城には側仕えは入れないのでこの対応はわかるけれど、一国の王様がやることじゃないよなと思ってしまうわたしはだいぶこの世界に馴染んできたのだと思う。
フェシリアはコンラディンの顔を見てホッとした表情を見せると、わたしたちに入室するように促した。
「眠れたようですね、お祖父様」
「少しだけだがな」
二人の会話からわたしは初めてコンラディンが先程まで眠っていたことに気がついた。よく見ると若干寝癖がついているし、薄い隈が見えている。
混乱してたってことなんだろうけど。わたしはそっと息を吐いた。
コンラディンに促されて、簡易的に置かれた椅子に座る。
「急な呼び出しに対応してくれたこと、感謝する」
「いえ、おそらく精霊関係のことかと思いまして。早い方がよろしいかと」
ヴィルヘルムはにこりと爽やかな笑みを浮かべながらさらりと嘘を吐く。だがコンラディンは急すぎる呼び出しを申し訳なく思っているのか、そっと目を伏せた。
「それでご用件をお伺いしてもよろしいですか?」
「あ、ああ」
時は金なりと言わんばかりにヴィルヘルムはコンラディンに本題を急かした。コンラディンは疲れ切った顔で話し始める。
「先日王家に伝わる魔道具を使い、プローヴァ様と会うことができた。……オフィーリアが文献を探ってくれたおかげだ、本当に感謝する」
「いいえ! コンラディン様、どうか頭をお上げくださいませ」
頭を下げたコンラディンに驚いてわたしは思わず立ち上がってしまった。するとコンラディンは顔を上げ、くたびれた笑顔を見せてくる。その笑顔にどうしようかと考えていると隣でヴィルヘルムが座りなさい、と言わんばかりに裾を引っ張った。わたしはストンと落ちるように座った。コンラディンはふぅ、と一息つくと思い切ったようにまた話す。
「詳細は伏せるが、精霊が去った理由は私の予想通り、当時の王家の失態からであった。ただ去ったのではなく、眠ったが正しい」
「……つまりは精霊復活は可能だということです」
フェシリアは大体のことを知っているのか、コンラディンの説明の補足をした。この内容は精霊王から教えてもらっていた。ヴィルヘルムは「なるほど」と相槌を打った。わたしも同様にしておいた。
「プローヴァ様の目覚めは魔道具だということもあり、契約は仮のものとなっている。きちんとした契約を結ぶにはやはり魔力……いや、プローヴァ様は精霊力とおっしゃっていた。膨大な精霊力を保有していなければならないそうだ。……もう私の能力では本契約は結べないという。だが今回応じてもらえたのは、この国の危機……からだと」
「危機、とは?」
ヴィルヘルムが尋ねる。コンラディンは「前に話したと思うが」と言いながら俯き、沈黙した。代わりにフェシリアが話し出す。
「土地が衰えている話はご存知でしょうか。今まで作物改良で凌いでおりましたが、そろそろ限界なのです。その原因は精霊力不足だとプローヴァ様は指摘されたそうです」
「……それを解消するには直系が行っていた儀式を行えとの話だ」
「儀式とは」
ヴィルヘルムが詳細に尋ねる。しかしコンラディンは静かに首を横に振った。
「……膨大な精霊力を集めるとしか。これは直系に伝わる儀式のため、其方らには詳細を開示できない。すまない」
「それは仕方がありません」
ヴィルヘルムは頷いた。知っているけど知らないふり。それが正解なのだ。
「情報を多くもらえ、今後しなければならないことが明確となったが、それがさまざまな調整を施さなければできないことばかりだ。しかもプローヴァ様の目覚めを公表しようにも難しい」
「儀式は各領地で行うようなのです。そうなると相応の理由がないとわたくしたちはその地に赴けません。そして多くの時間が必要になりますわ」
儀式は各領地にある精霊殿で行う。確かに国王が周るには相応の理由がいるし、調整も時間がかかりそうだ。トップがいきなり行くよ、と言って押しかけられるのは誰だって緊張するし、念入りに準備したいと思うだろう。
つまりは八方塞がりな状態で困っているということらしい。
「プローヴァ様はすぐにでも地に精霊力を注ぐことを熱望されている。だがそれをするためには各領地への根回しが必須だ。それは難しい。だからヴィルヘルム、まず其方の領地であるジャルダンで儀式を行うことはできないだろうか。其方らなら事情をある程度知っておるし、我々も動きやすい。そして儀式によって起こる恩恵をジャルダン領で示せると他領も説得しやすい」
コンラディンは短い時間で情報を整理し、自分が今できることを考えていたようだ。なるほど、だから目の隈、睡眠不足か。事実を突きつけられて腑抜けていたわけではなかったのかと、わたしは少しホッとしていた。
ヴィルヘルムは顎に手を当て考える素振りを見せる。
「儀式に必要なことはありますか? 行うにしても準備を整えなければ」
「貴族たちと精霊力で維持する建物だ」
「なるほど、それならば私はすぐにジャルダンに帰って準備をいたしましょう。……ですが」
そう言ってヴィルヘルムは顔を曇らせた。




