第四十六話 契約(仮)
次の日から日中はフェデリカたちと帰領の準備をしたり勉強したりと過ごし、夜間は必要な道具を作成したり趣味に没頭したりと忙しいながらも過ごしていた。おかげで力の器の作成も済み、お守りも幾つか作ることができた。
わたしも忙しかったが、領地の仕事をこなさなければならないヴィルヘルムもずっと部屋に篭りきりで、なかなか会うことはできなくなってしまったが、わたしは解読ができるので不満はない。強いて言うならば、日中もさせてくれたらなーと思うが、さすがにそれをお願いするのはダメそうだなと思うので現状に満足するしかなかった。人の目も多いから仕方がないしね。
そんなスローライフ? を始めて三日目の朝。事態は急激に進展した。
精霊王がわたしに呼びかけて、こう言ったのだ。『コンラディンが力を注ぎ切った』と。何で?
「一体どういうことだ? 精霊力は足りなかったのではないか?」
シヴァルディを通じてヴィルヘルムに伝言をお願いすると、昼過ぎに呼び出された。本来ならばあり得ない早さだが緊急だと思ったのだろう。
しかしコンラディンに実務を行ってもらうために動いていることなので、彼にそこまでの焦りはなさそうだった。想定外のことだったからだろう。
わたしは詳しく説明してもらうべく、精霊王に呼びかけ、こちらに来てもらうように念話で頼んでいた。少し待ってほしいと言われていたけれど、ヴィルヘルムの部屋に行ってからOKの連絡が来た。タイミングが良くてよかった。
ごっそりと精霊力を持っていかれたが、無事に精霊王を呼び出したところでヴィルヘルムは状況説明を彼に求めた。わたしもどういうことなのか気になっていたので説明を待つ。
『彼は精霊力を溜める道具を用いて、まとまった精霊力を流し込んだ』
「道具? 精霊道具のことか?」
ヴィルヘルムの問いに対して精霊王は肯定した。
『傍系が研究のために作成した道具が伝わっていたようだ。器との仕組みは異なるが、精霊力を吸い取り、それを一時的に溜める。コンラディンは確か、子どもたちの精霊力を少しずつもらったと言っていた』
「そんなものがあったのですね」
「研究肌の傍系か。道具を作ったのは直系に近い者だったのだろうな」
そんな道具を王家が隠し持っていたとは思わなかった。精霊王が知らなかった様子から上位精霊と作成したものなのだろう。まあコンラディンの血筋を考えると代々受け継がれていたのは納得できる。
『ですがそれでプローヴァ様と契約などできるのでしょうか。純粋な個人の精霊力ではありませんし……』
シヴァルディの疑問にわたしもヴィルヘルムも確かにと頷いた。今回は他者の精霊力と合わせたものでコンラディンの純粋な力ではない。自力で注ぎ切ったわたしやヴィルヘルムとは異なる呼び出し方だ。それで精霊王は良いのだろうか?
『決まりに従えば「目覚め」は可能だ。しかし我ら精霊がその人間に従うかと言われると、それは否である。純粋な濁りのない精霊力ではなく、道具に頼ったものだからな』
『契約となると話は別ということですか』
イディの言葉に精霊王は頷いた。正式な契約とは精霊と心を通わすことが前提だ。小細工は通用しないということか。
だが今回、道具頼りでも注いだことで、精霊王は契約に応じようと思ったようだ。本契約ではなく、仮契約になるそうだが。それほどこの土地の精霊力不足は深刻だということだ。彼はすぐにでも儀式の復活を求めたという。
『コンラディンは状況を把握しきれていない。このプロヴァンスの地が危機的状況なのは理解しているが、全ての情報を開示してもまだ飲み込める状況ではなかった。……いや、情報が多すぎたという方が正しい。彼は予想していたとはいえ、プラヴァスという王家の者が精霊に害をなそうとしたことで呪いが発動したことを知った時は動揺を隠せていなかった。全ての情報を整理し、動くことができるまでは、時間がかかりそうだ』
そう言って精霊王は下唇を噛んだ。早く動きたいけれど動けないもどかしさを感じているのだろう。
確かにこの国の精霊力枯渇問題は深刻だ。精霊たちを眠りにつかせて消費量を抑えているとはいえ、人々の生活の営みでその力は徐々に落ちてきている。一刻も早く、この地に精霊力を注ぎ、力満ちる土地に変えていかなければならない。
「でもコンラディン様のお気持ちも理解できます。ただでさえ不安定なお気持ちです」
「だがそれは個人の感情だ。それを押し殺してでも動くのが王族の役割だ」
わたしの考えにヴィルヘルムは呆れた声を上げた。
コンラディンはこの国の王だ。王は民のためにある。自身の気持ちを優先して立ち止まっている場合ではないと。……わかるんだけど、その辺の感覚がやっぱりずれているな、とわたしは内心で溜息をついた。
だって息子の人生変えたところなんだよ? 父親なのに、と恨まれてるかもしれないんだよ? そんなメンタルボロボロの状態で、自分の先祖の失態を知らされて、今の王国の状態になってるって考えたら絶望ものよ? 気持ちと情報の整理の時間くらいほしいとは思う。
だけどこの国の問題が先送りにされてしまうだけなので、一日でも早く動いてもらわないといけない。どうしたらいいのだろうか。難しい。
「儀式を復活させるとなると各領主の協力は不可欠だ。精霊殿を使うことになるからな。だが、アダン領以外は建物の維持ぐらいしかしていないだろうな」
『ジャルダンは完全に孤児院になってたもんね』
『嘆かわしい』
「先祖がやったことだ」
ヴィルヘルムはそう言ってイディとシヴァルディから目線を逸らした。とても面倒臭そうだ。
でもジャルダン領では精霊殿より孤児院の面が強く出過ぎて、儀式をすぐに行えるかと言われると無理だ。平民がたくさん出入りしているところに貴族を呼ぶなんて難しすぎる。アダン領は精霊崇拝の領地なので、未だにあそこを領主は拠点としているが、他領となると状況はジャルダン領と同じようなものだろう。そうなるとコンラディンが儀式の復活の宣言とともに精霊殿を使えるように整備してもらうように呼びかけなければならない。これは後になればなるほど、予定がずれていくことになりそうだ。面倒だ。
『ということは一番初めに儀式を行えるとしたら、アダンの地になるのか。ジャルダンは厳しいか?』
「他領と比べればまだ可能ではあります。ただ少しお時間を頂きたい」
『ふむ……、ならばアダンの地の次にジャルダンとなるか』
精霊王は顎に手を当てながら次の動きを考えている。
「ですがコンラディン様が動かねばこちらは何もできません」
そう言いながらヴィルヘルムは首を横に振った。コンラディン次第なのが面倒だ。他者を誘導するって本当に大変だ。自分で選んだことなので大きな声で文句は言えないが。
ヴィルヘルムの言葉に精霊王は再び顔を曇らせた。振出しに戻った。
『それでも、それでもコンラディンには動いてもらわねばなりません。プローヴァ様、次にコンラディンがそちらに行くのはいつでしょうか?』
『明日だ。明日の朝には来るようには言った』
今日はもう混乱状態だから使えないと精霊王は判断したのだろう。一晩経てば落ち着いているだろうという算段か。
精霊王の回答を聞いたシヴァルディは胸の前で手を組む。
『では明日にすぐにでもリアたちに相談するように助言してはいかがでしょうか』
『だがそこは悟られるのは不味いのではないか?』
バックにわたしたちがいることは本来知られていない。精霊王は眉を顰め、わたしの方をちらりと見た。見られてもそこは無理だよ。閉じ込められちゃうよ。
しかしそれのやりとりを見ていたヴィルヘルムはふむと顎に手を当てて俯いた。
「……いや、言い方を考えれば可能かもしれん。まず今日のうちにコンラディン様から連絡が入る可能性もあるが、取り乱されている以上わからない。それならば精霊王様から家族、または協力者がいないか、確認されてはいかがか。我々は明日の呼び出しですぐに王城に向かえるようにしておけば、時間短縮にもなるでしょう」
「わたしたちの存在を思い出させるということですね。プローヴァ様がすぐにと言われればできるかもしれません」
わたしの言葉にヴィルヘルムは頷いた。こちらが万全の状態で迎えるしかない。
精霊王は『わかった。そうしよう』と提案を飲むと、詳細に確認した後、その場から消えた。彼も彼で焦りが見えているので、冷静になって頑張ってほしい。わたしは白い光の粒子を眺めながらそう思った。
やはり今日はコンラディンからの連絡が入らなかった。ヴィルヘルムの予想通りである。
しかし精霊王がうまく伝えてくれたのか、次の日の昼前に遣いがやってきて、ヴィルヘルム宛に手紙を持ってきた。急ぎで昼過ぎに古城に来てほしい、と書かれていたそうだ。その場で返信を書き上げ、わたしたちは古城に向かう準備をバタバタとしながらも進めた。




