表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
155/189

第四十五話 懸念と守護飾り


『ブルクハルトのことだ。彼は次王だったのであろう? いくら現王の判断とはいえ、想像していた人生ではなくなったのだ。何をしでかすのか……、不安なのだ』


 精霊王は下唇を軽く噛みながら顔を曇らせた。確かに全てを失ったブルクハルトが何をしでかすか、想像はできない。わたしは不安そうな小さな精霊王をじっと見つめた。


『何かしでかす、とは……、プローヴァ様それはどういうことですか?』


 イディはあまりピンときていないのか、小首を傾げている。精霊王に比べると彼女は生まれてからそこまで時間は経っていない。その辺の人間の感情は疎いのかもしれない。


『うむ、ブルクハルトがあの時のプラヴァスと重なるものがあってな。追い詰められ、最後には精霊を排するという間違った思想を抱いてしまった。ブルクハルトがプラヴァスと同じとは思わないが、彼の最期と何故か重なって見えてしまう。……おかしな話だな。彼は我らのことを視認していないのに』


 そう言って精霊王は自嘲気味に笑った。

 最後、眠りに落ちる前に見てしまったあの辛い出来事は精霊王の胸にしこりとして残り続けている。呪いが発動し、灰になって消えたというプラヴァス。彼は精霊力量が王族にしては少なかったと聞いている。それを周りから常々に指差されていたのか、それとも期待されず過ごしたのか、それはわたしにはわからない。けれど、持って当たり前のものを持たずに産まれてきたことによって辛い思いをしたのは確かだ。


 プローヴァ様はあのことがトラウマ……、になってる。ラピス様の子孫を殺めてしまった後悔がある。死を間近で見るのは辛いよね……。


 無理して笑う精霊王を見ていると胸がギュッと締め付けられた。精霊の眠りの理由を初めて聞いたあの時の精霊王の青い顔がフラッシュバックした。

 けれど、ここまで彼が自責する必要はあるのだろうか。本当ならばプラヴァスの家族や近しい人、彼の場合は父親であるベバイオンがプラヴァスのフォローなり何なりをすべきだったのでは、と思ってしまう。でも彼らには彼らの事情がある。部外者がとやかく言っていいのだろうか、と悩む。


『今回は精霊の呪いが発動することはないと思うが、彼の怒りや悲しみが違う何かに向かい、悲しい出来事にならないか……』

「それは……」

『ないとは言い切れないですね』


 濁した言葉の続きをイディはきっぱりと言ってくれた。精霊王の表情はさらに曇った。


『そうだな……。彼の怒りはプラヴァスとは異なるから精霊たちに向くことはないだろう。そうなれば確実に……現王コンラディンに向くだろうな』

「……!」


 わたしはごくりと息を呑んだ。もし、今ブルクハルトがコンラディンを排除しようとしたらどうなるだろうかと想像しただけで、背中が寒くなった。イディも同様に感じたのか顔を青くしていた。


『じゃ、じゃあ! 何とかしないと……! ブルクハルトが動く前に!』

『イディの言う通り……だな。ふむ……対人間ならば、アレが有効か』

「アレ?」


 精霊王の呟きを拾ってわたしはこてんと首を傾げた。アレとは何だ? 対人間って武器でも作るのか? イディも精霊王が指している言葉に見当がつかないのか、頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。

 そんなわたしたちの様子に気付いたのか、精霊王は少し笑ってマントをばさりと翻した。ミニマムサイズなのでそんなカッコいいはずのポーズですら可愛いなと感じてしまう。


『守護の道具を作成し、身に付けさせたら良いだろう。ラピスは、「お守り」と言っていたな』

『お守り!』


 イディは嬉しそうな声を上げ、くるりと宙返りをした。わたしもなるほど、と頷いた。

 お守りならば作成したことが何度かある。一つは貴族のルールを知らず作ってしまった指輪、一つはヴィルヘルムの腕輪、もう一つはわたしの耳飾りである。指輪はアリーシアが噛んでいた襲撃の際に砕け散ってしまったので、その役目を全うしたが、腕輪と耳飾りは健在である。わたしは精霊王に見えるように銀髪を軽くかき上げ、その左耳についている橙色の耳飾りを見せた。


「お守りならば作ったことがあります。……これです」

『イディの色の耳飾りか。……それなら話は早い。守護の道具をコンラディンに持たせれば、彼の身は守ることができる』


 作成の際にかなり精霊力を持っていかれるが、効果は折り紙付きだ。一回きりの使い捨てにはなるが、砕け散る時に攻撃を跳ね返してくれる。それをコンラディンに渡して身に付けておいてもらえば、確かに対人間の攻撃から身を守ってはくれるだろう。


「わかりました。コンラディン様用のお守りを作成すれば良いのですね」

『持っておるかもしれぬがな。……しかし』


 善は急げと、作成しようと思ったところで、精霊王は声を低め、心配そうな瞳をこちらに向けてきた。何か心配されるようなことなどあっただろうか。

 

『今日は力の器も作成したから、守護の道具まで作るとなると……』

「ああ……」


 悩ましげな表情はわたしの精霊力の残量を気にしてのことだった。わたしはラピスほどの精霊力を保有していないので、心許ないようだ。うーん、確かに持ってはいかれるけど、早急に必要ならば早めに作っておくのが良いと思う。力の器もまだ半分しか作成できていないし、後回しにしていたら後悔することになるかもしれない。わたしは静かに首を横に振った。


「心配していただけるのは嬉しいですが、倒れてでも作っておく方が良いと思います。何かあってからでは遅いと思いますから。あと、力の器の作成から少し休めたのでそこまで体も辛くありませんし」


 そう言って胸を張るようにふん、と元気アピールをすると、精霊王はこちらにひらりと近づいてきて、わたしの顔をいろいろな角度からまじまじと見てきた。疑っているな、と思いつつも、わたしは見つめてくる精霊王に対してにこりと微笑んでおいた。本当に元気だもん。


『倒れてしまう可能性があるが、本当に良いのか?』

「倒れたくないですが、人命より大切なものはありませんよ」


 命なければ好きなことはできない。解読とか解読とか解読とか。

 このお守りを作ったら心置きなく解読作業をしてやるんだ。だから倒れている場合じゃない。枯渇して倒れてなんかやらないんだから!

 決意固くわたしはやるぞ、と右手を差し出す。しかし差し出したところで、「あ」と重要なことに気付いた。


「王様はどんなお守りを身に付けられるのですか? わたし、その辺は疎くて……」


 ヴィルヘルムに指輪を贈って呆れられたことを思い出し、同じ失敗はしたくないので王族と関わりが深いであろう精霊王に尋ねる。その辺りの常識をきちんと学びきれていないから仕方がないよね。わからなければ聞きなさいって大学の先生も言ってたし。

 精霊王はふむ、と考える。呆れられなくて良かった。


『自分で作るのが基本だからその者の好みで分かれるな。腕輪、足輪、腰飾り、髪飾りとさまざまだった。ラピスは四角い小さな袋を作っていたぞ』

「本当のお守りじゃないですか」


 精霊王は指で長方形を作って見せながら言うが、それは神社に置いてあるお守りだと思う。同郷の懐かしさを感じつつも、わたしはどんなお守りを作ろうかと少し俯いて考える。

 ……ラピス様と同じお守りでもいいけど、持ちにくいし、渡されたコンラディン様は訳がわからないよね。それなら無難に腕輪かな。でも腰飾りも良さそう。砕け散る時に守られる側に実害があると問題だし。うん。


「……それなら腰飾りにします。イディ、力を借りてもいい?」

『うん! どんなものか想像してね』

『無理をするでないぞ』


 イディはふわりとわたしの目の前にやってきて差し出したわたしの手のひらに自身の小さな手を乗せた。精霊王は少し距離を取りながらわたしの様子を注意深く観察している。

 わたしは目を瞑り、集中力を高める。そして繋がった手の間に流し込むように自身の精霊力を注ぐ。

 

 ……うう、やっぱりたくさん持っていかれるな。

 ズズズズ、と引き出されていく精霊力の流れを感じながら、わたしはその注ぐ量を増やしていく。わかってはいたが、目の前がチカチカして頭がぐらぐらと揺れるような感覚で立っていられない。精霊王は心配そうに駆け寄ろうとするが、わたしは空いている左手で彼が近づかないように制した。


『オフィーリア!』

「まだ、大丈夫、です……」


 胃の気持ち悪さを感じつつ、これでもかと精霊力を注いだところで、やっと手の間から夕焼け色の光と髪をなびかせる風が生まれる。整えていた銀髪がバサバサと乱れるが気にしてられない。


『加護を与えた者の願い物をつくり給え!』


 イディの詠唱が終わり、パンッと光が弾ける。橙色の光の粒がキラキラと降り注ぐ中、イディの頭上に想像し願った守護の腰飾りが浮かび、ゆっくりと降りてくる。わたしとイディはそれに手を伸ばし、その腰飾りを手に取った。


『体の方は……問題ないか?』


 精霊王の問いかけにわたしは微笑みで返す。気持ち悪くて多少頭痛もあるが、倒れるほどのものでもない。わたしの笑みに精霊王は安堵したのか、ホッとした表情を見せた。

 

 わたしは作った腰飾りに目を落とす。

 そんなジャラジャラとしたものは好みではないのでシンプルにと願った結果、橙色の宝石のような石が小さく輝くチェーンベルトのようなものが出来上がった。これならば衣服の下に身に付けても気にならないし、衣服の上でも目立ちにくいだろう。

 ……あ、コンラディン様はプロヴァンス領の色である白の衣を纏われるから逆にワンポイントになって目立っちゃうな。まあお洒落だと思えば大丈夫、かな?

 わたしは腰飾りに不備はないか念入りに確認した後、それを精霊王に差し出した。


「……ではこれを。わたしから渡せたら良いのですが、多分……いや絶対難しいのでプローヴァ様からコンラディン様にお渡ししてもらってもよろしいですか?」

『わかった。すぐにでも渡そう』


 そう言って精霊王は腰飾りを受け取り、それを取り込んだ。呼び出せた時点で説明して渡してくれるだろう。あとは精霊王に任せたらいいと思うと、気が休まった。


『其方はもう休んだ方が良い。力の使い過ぎだ』

『そうね、リア。今日はもう寝た方がいいと思う』


 二人の小さな精霊たちが休息をとるように勧めてくるが、わたしは全力で首を横に振ってやった。

 だって、今日は忙しくて解読作業できなかったんだよ? やることきちんとこなしたし、今日は頑張ったんだから少しぐらいやらせてほしいよ、と心の中で叫んで目で訴える。


『……解読?』

「うん!」


 イディがかなり呆れた目を向けているような気もするが、それは見ていないフリをしつつ、全力で頷いた。そのわたしの回答に精霊王は口をぽかんと開けている。本当に体が怠くて動けないほどならば観念して休むけど、今の状態はそこまで酷くない。まだ成長期の体なので力も伸びているのだろう。それは嬉しいことだ。

 わたしは込み上げる喜びの気持ちを鼻歌で歌いながら、ランタンやペンなど必要な道具を取り出す。

 今日はどんな文字がわたしを誘ってくれるかなー? 疲れなど吹っ飛ばし、わたしは就寝の鐘が鳴るまでその幸せなひと時を楽しんだ。そんなわたしを精霊王は呆然と見つめていたとかいないとか。あとでイディから聞いたからよくわからなかったけど。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ブルクハルトが凶行に及ばなければいいんですがお守りも作りましたしひとまずは安心ですかねえ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ