第四十一話 彼の本音 後編
「権威を持つということはそれなりの責任が伴う。我々の場合は国を円滑に治めることが主だ。荒れる要因を自ら作り出すなどあり得ん。一つ、強制的な命令は反発を生む。但し命令相手が格下であればあるほど反発は少ない」
「ではこの命令は正しいではないですか。彼らは格し……「口を挟むのは許さぬ。黙って聞け、王命だ」
コンラディンの言葉にブルクハルトは目を見開き、ぐっと口を噤んだ。彼の言い方はどちらかというと父親という面より、国王の面が強く出ている気がする。今まではブルクハルトを息子として見ていた感じだったが、何だかこう押さえつけるような感じで父親の言葉という雰囲気ではない。この国の王は厳かに続ける。
「格下という言葉は良くはないが、我が言っている格下という言葉はただ身分を指すのではない。確かに我々は王族、ヴィルヘルムたちを含めこの国にいる人間は我々の臣下であるから見たままは彼らは下の位置にいる」
コンラディンは一度区切って、ちらりとわたしたちの方を見る。わたしと同じ黒の瞳が見えた。
「下は下でも力がある下を蔑ろにしてしまうと国が荒れる要因になるのだ。……では力があるとは? ブルクハルト、答えよ」
「……け、権力でしょうか?」
ブルクハルトの答えにコンラディンは視線だけ向けた。
「我々に近ければ近い権力ならば荒れるだろうな。それはそれで目を光らせねばならない。それだけではない。我の思う力とは、能力、実力だ。政治力や武力に長けた者、知恵の高い者……、臣下の中で我らにはない力を持つ者が必ずいる。その力ある者を軽んじれば、彼らの心は離れてしまう。国外へ出てしまったり、反乱を起こしたりとな。それは国の大きな損失だ。……では、ヴィルヘルムたちはどうだろうか。彼らは魔力が我々より高い。本来ならありえないことだ、しかし実在する。我ら王族の秘する能力である威圧が効かなかった、これが証拠だ」
そう言うと、コンラディンは目をスッと細めながらこちらを見た。その瞬間に、背中が冷えるような感覚と恐怖が襲い、足がズンと重くなる。しかしそれは一時だけで、すぐに軽くなった。コンラディンはフーッと息を吐く。
「わかるだろう? 威圧を受けたものは恐怖や痛みを感じ、表情がなくなる。ヴィルヘルムたちにはそれがない。耐性があるのだ。この国で一番魔力が高いと言われる我より魔力を豊富に持つ。魔力には可能性がある。我らが求める精霊に近づくために必要なものだ。そんな二人を軽んじ、上から圧力をかけてしまうなど有り得ん。愚者のすることだ」
コンラディンは冷たい瞳を息子に向けた。ブルクハルトの言動を非難している。ブルクハルトは発言を許されていないので、唇をぐっと噛み締めた。
「もう一つ、オフィーリアのみにはなるが……、彼女は解読が行える。それは他者にはない能力だ。彼女の能力は素晴らしい。国が保護すべきだとは思うが、それを彼女は望まない。能力と魔力目当てで縛り付けようとすれば、彼女の心は離れ、やがては壊れるだろう」
コンラディンは悲しそうな目をわたしに向けてきた。
確かに飼い殺しは嫌だけれど、未解読文字に囲まれて過ごすのは……悪くない、かも。好きなことをずーっとできるって本当に幸せなことだと思う。でも今のところ新しい文字には出会えてないし、古城だけじゃなく他の領の文献も漁ってみたいなあ……。統一前の部族の文献とか出てきたら喜びの舞が踊れちゃうかも。
そう考えると、早くプロヴァンス領から出たいなと思い始めた。
「そして一つ、心が離れたものは上に付いていこうとは思わない。協力を求めても利がない限り、適当な理由をつけてあしらわれるだろう。また我らの祖先のことを忘れたか、ブルクハルト。わざわざこの国の者に事実を歪めて伝えている。詳細は謎のままだが、その不誠実な態度では人はおろか、精霊と邂逅した時、彼らも付いていこうとは思わないだろう。精霊とは人とは異なる存在だ。我らの本音は丸見えだと思え」
言葉の最後に近づくにつれ、語気が強くなる。コンラディンは苛立っていた。そんなことも考えられないのかと。
精霊が去った、というより眠りについた理由は精霊の呪いが発動してしまったことがきっかけだ。プラヴァスという王族がプローヴァを害そうとしたことが始まりになる。それはコンラディンたちは知らないことだ。しかし、いつか精霊王と出会えた時に全て知ることになるだろう。悲しい事実であるが。
精霊と心を通わすには、まず精霊王に出会ってもらわなければならない。必須事項だ。だが、コンラディンは置いておくとして、ブルクハルトを信頼し、力を貸そうと思うだろうか。彼はラピスのことを大切に想っている。ラピスの子ならば……と協力もするだろうが、彼の気持ちは別だと思いたい。少なくともわたしはブルクハルトを敬いたい気持ちはあまりない。
「ブルクハルト、其方が言っていることは人の心が離れるものだ。そんな人間を心から敬い、助力しようとする者は少数になってしまうだろう。もしヴィルヘルムたちが我らを見限って協力しないと言ってきたら? 国外へ出ると言ってしまったら? 契約があるとはいえ、彼らの行動を完全に縛ることなどできない。幽閉する手もあるが、そうするとオフィーリアの能力は一生当てにすることは叶わないだろうな」
そこまで考えたのか、と言わんばかりの目でブルクハルトを睨んだ。意味が理解できたのか、ブルクハルトは顔を青くしている。目先のことしか考えてなかったのか。うーん、王の器ではないわ、これは。
それに比べ、コンラディンは苦労しているからか、下の者を大切にしようとしているのがわかる。今までの国王もそうだったのだろう。だから精霊を失って荒れていた国でも、下剋上が起こることなく、まだ平和に過ごせていたのだ。現王ならば精霊王も協力してくれるだろうな。
「……我はゆっくりでも学べば良いと思っていたが、今回のことで目が覚めた。もし精霊王に出会えれば、この国はもっと栄え、良くなるに違いない。しかし次期国王が下を軽んじるような者であれば、精霊を統べる王は許さないだろう。何故なら地の精霊を軽んじだす輩が出てくる可能性があるのだからな」
コンラディンは一呼吸置いた。そして何かを決意したように一度唇をキュッと噛んだ。
「ブルクハルトは王にはなれない」
「父上!」
突然の発言にわたしもヴィルヘルムも目を見開いた。ブルクハルトは王命に逆らって叫んだ。
こんなところでそれを決めていいのかと。もっと、こう……会議とか挟まなくて良いの? わたしは動揺を隠せず、ちらりとヴィルヘルムの方を見ると彼は目を瞑って静かに首を横に振った。黙っておけ、ということだ。確かにわたしたちが口を挟めるようなことではない。
「ブルクハルトの今後の扱いは追って知らせる。次期国王の席が空席になってしまったが、それもすぐに決定し、公表する」
「……まさかフリードリーンに」
「彼は研究心が強すぎるし、王としての教育も不完全だ。魔力の研究をさせている方がよっぽど良い」
ブルクハルトの呟きをコンラディンが拾って否定する。フリードリーンはもう一人の息子で、研究施設の長だ。そうか、研究心が強い人に無理矢理王様をさせても良くはないか。じゃあ彼らの子どもから選出するのだろうか。
コンラディンが否定したことによりブルクハルトは力が抜けたようにガクッと座り込んだ。その隙にコンラディンは控えの者を呼んで、ブルクハルトを退出させるように言い付ける。するとサササッと数人が現れ、ブルクハルトの腕を取る。
「……で……私が選ば……のは、消……った……か」
ブツブツと何かを言うだけでブルクハルトは抵抗もせず、大人しく謁見の間から出された。
ブルクハルトがいなくなり、何とも言えない空気が流れる。この後味悪い感じ、どうしたらいいのよ。わたしは助けを求めるようにヴィルヘルムを見つめた。
しかし彼はわたしの視線から逃れるように顔を背けた。あ、ズルい、逃げるなんて。




