第四十話 彼の本音 前編
他領の領主たちは早く帰領するためか、会議が終了してからバタバタと動く様子が見られる。もちろんジャルダンも例外ではない。
国王であるコンラディンからちょくちょくと呼び出されているのは事実であり、知るものも多いが、肝心の何故呼ばれているのかは定かではないようだ。ただ対応でいつもより帰領は遅れるという伝達はあるので、それまでは各々準備をしている。少し王都の滞在が伸びているので、家族や恋人がいる者は土産を準備させたり、戻ったら多忙になる者は束の間の休息を取ったりしているようだ。プチ休みのようなところか。
「忙しいところ呼び出して申し訳ない……」
相談があると言われ、登城したわたしとヴィルヘルムを迎えたのは、げんなりとした顔のコンラディンと不信感丸出しのブルクハルトだった。既に彼らの側近たちは排されているので、王族二人の用事は丸わかりだ。……精霊王のことですね、わかりやすすぎます。
「精霊王についてだ」
「言われた通り父上が力を注いだが、全く変わらないのです。どういうことでしょうか、オフィーリア」
名指しじゃないですか……!
わたしは顔を歪ませないように笑顔を貼り付けながら、ブルクハルトを見上げた。ブルクハルトはどうするんだと言わんばかりの表情でわたしを一点に見つめている。ヴィルヘルムには答えさせないと言ったところか。
わたしは一度ヴィルヘルムに視線を送ると、すまないと唇だけ動かして、顎をくいっと一度だけ動かした。
……領主様、やり取りしてくれるって言ったじゃん! 嘘つきー!
心の中でベーッと舌を出しながらヴィルヘルムに文句を吐くと、わたしは一つ深呼吸をしてコンラディンとブルクハルトをもう一度見た。
「……おそらくですが、総合的な力の量が足りないかと」
「総合的?」
コンラディンの聞き返しにわたしはこくりと頷いた。
「全体的な注ぐ量が少ないから現れない…………と文献に書いてあったような」
「少ない……」
わたしの言葉にブルクハルトが機嫌を損ねたのか眉を顰めた。
必殺! 責任転嫁攻撃! とりあえず文献にあったかもしれないと濁しておけば、何とかなる……と思っておこう。
「精霊王が現れないのであればこのまま注ぎ続けるしかないかと。オフィーリアの調べではそう書かれてあったと言っておりますし、それでうまくいかなければその時に考える方がよろしいでしょう」
ヴィルヘルムがわたしを庇うようにそう発言した。ブルクハルトは苛立っているのか、腕を組み、右人差し指をトントンと叩き始めた。
「そんな悠長なことを」
「ですが魔力が足りないのは仕方ないことかと」
そっちの問題だ、こちらに怒りを持ってくるな、という副音声が聞こえた気がする。ヴィルヘルムは若草色の髪を軽く揺らしながら笑顔をブルクハルトに向けている。会話を聞いていない人が見たら勘違いしそうな美しい笑顔だ。ある意味怖い。
「ブルクハルト、お前は黙っていなさい。……では魔力が多ければ君臨される可能性があるということで良いのか、オフィーリア」
コンラディンがまた名指しをして、わたしに話を振ってきた。何を考えているのか、正直見当がつかない。指名なので、わたしはコンラディンの顔を見てこくりと頷いた。
「文献によると、目覚めにはそれなりの量が必要だと書かれていました。具体的な数値を聞かれますと答えられませんが……」
「なるほど。量は未知数か、それは…… 困ったな」
コンラディンが腕を組み、唸った。わたしは急に不安になり、ヴィルヘルムを見る。ヴィルヘルムは横目でわたしをチラリと見ると、すぐに目線を戻した。わたしも仕方なしに、視線を戻した。
どうしよう、と悩んでいたところで横槍が入る。
「……父上、やはりこのままヴィルヘルムの言うやり方で進めていてはならないと思います」
「何を言うか」
ブルクハルトの発言に対してキツめの口調でコンラディンは嗜めた。しかしブルクハルトは止まらない。
「魔力が足りないのから補充すれば良い。オフィーリアを王族に加えれば全てうまくいく!」
「ブルクハルト!」
ブルクハルトはわたしたちの方を指差しながらコンラディンに訴えかけた。
いやいや、契約しているからそれはできないはずだとツッコみそうになるがなんとか堪え、苛立ちを悟られないように微笑みの表情を保つ。保てているかわからないけど。ちなみにお隣の仮の婚約者様はど黒いオーラを放っている気がする。横を向くのが怖い。ヴィルヘルムの様子など眼中にないのか、ブルクハルトは王の嗜めも気にせず、こちらを見つめている。
「…………契約があります故、オフィーリアをプロヴァンス領に縛ることはできません」
ヴィルヘルムは静かに駄々っ子に言い聞かすように言った。その声色は低く、とても冷たい。かなり怒っているのがわかる。
「契約か。……面倒だ」
ボソッと呟いたブルクハルトの言葉にひゅっと背中が冷たくなる感覚がした。
これ、面倒臭いことになるヤツだ……。
一応前世も含めるとそれなりの人生経験があるので、そうわたしの直感が告げる。こんな目をした大人を何人か見て、面倒ごとに巻き込まれたりもした。ハーッと盛大な溜息をつきたいところだが、王族前でそんな失態などできない。わたしは引き攣った顔で笑みを浮かべようとした。……無理だった。ヒクヒクして無理。
「ブルクハルト!」
雷が落ちるような声色でコンラディンが息子の名を呼ぶ。びくりとブルクハルトの肩が震えた。
「何故お前は他者の力を借りようとしか考えぬ! まずは自分で努力するのが当然であろう! オフィーリアを王族に、だと? それは彼女も望まぬし、彼女を保護する者も望んでおらぬ!」
「ですがどうにもならない時は臣下の力を使うのは当然でしょう? 何故臣下の願いを聞き入れながら進めねばならないのです?」
……あ、これがブルクハルト様の本音か。
そう悟った瞬間に今までの言動がしっくりするような気がした。優しそうに見せかけて、内心は自分のことしか考えない。まあ王族……王子様らしい考え方。ところどころ聞こえる副音声もそういうことか。
わたしも含め、人は多少自己中心的な部分を持つ。わたしの場合はただ文字解読をしたいという面。それを阻害されるのは堪らなく嫌だ。だから王族に加わるのはごめんなのだ。
ブルクハルトはその面がかなり強いように思う。……こう臣下が跪いて当然だと言わんばかりの思考。この考え方は基本的に良い方向に向くことはないと思う。前世でも今世でも感じたが、それに他者はついていこうとは思わないし、考えが幼いからと嫌厭されがちだ。人が離れていくという言葉がぴったりだ。そんな人が次の国王に? と考えると少し寒気がした。あ、わたしの中の畏敬? 尊敬の気持ちが一気に彼から離れた。スーッと。
そんな息子の勝手な言葉にコンラディンはとても悲しそうな表情を見せたかと思うと、スッと目を細めた。
「王族である限り多少の強引な手はあるのは理解している。しかし今回は絶対にしてはならぬ! それがわからないとは情けない!」
「何故です? 父上。臣下に跪く必要はないでしょう? 王族の権威を遺憾なく発揮し、オフィーリアを保護するのが適切だと私は申しておるのです。契約があるとはいえ、それを律儀に守るなど可笑しい。まさか契約を守るのは他の理由がおありですか?」
息子とはいえ、一国の主に対する言い方ではないでしょ、と思いつつ、わたしはブルクハルトを見た。彼はハーッと苛立ちを隠さず、腕を組む。そして父親であるコンラディンを睨みつけていた。
……っていうか契約を蔑ろにしてるよね。それって王族の権威を最下層まで叩き落とすのと変わらないとわたしでも思うんだけど。
あと隣から放たれる黒オーラがむちゃくちゃ怖いんですけど。アレって侵食していくタイプのやつなんですか? 広がってわたしを飲み込みそうな勢いなんですけど。
「……それすら理解できないとは。そこまでだったか、ブルクハルト」
コンラディンは落胆した声を上げる。そしてそれを隠さずに頭を抱えた。
それに対してブルクハルトは怪訝な顔をし、首を傾げている。それはそれは問題だと思う、王族として。でも、わたしも何故絶対にしてはいけないのか、わからない。いや、してほしくはないんだけど強制的にできる立場ではあるから、純粋な疑問だ。
「最後の教えだ。よく聞きなさい、ブルクハルト」
更新が止まってしまい申し訳ありませんでした。少しずつですが書き溜めていたので、アップします。




