第三十九話 方向性
遅くなりました。
力の器についての記述は、基本的に儀式関係のところで必ず書かれている内容だ。儀式については精霊王の情報が掴めなかった時、またあと一押し必要な時のための交渉材料になり得ると判断していたのでそのことについては報告するのを避けていた。
ということは、コンラディンはあの事件以前に儀式を行い、地に注ぐための精霊力を溜めるということを知らないのだ。勿論、そのために必要である力の器のことも知るはずない。
知らないのならば、理解できるまで力の器のことをぼかして利用するのが一番だ。
「まずまだ精霊たちは目覚めておりません。ですので、小さき精霊たちと契約し、新たな精霊道具を作成する力はコンラディン様方にはありません。これが前提です」
『地の精霊力が一定以上にならねば、一斉の目覚めは、まず不可能だ。崩壊を生みかねない』
わたしがそう言うと、精霊王が神妙な面持ちで現状維持であることを伝える。シヴァルディ、クロネのような高位精霊以外は、儀式で納めた大地の精霊力を吸って生きていると言っていたので、確かに目覚めは後に持っていく方が良いだろう。精霊王が目覚めたから全て元通りは無理だということか。まあこちらとしては好都合だ。
「力の器は本来、プローヴァ様と契約した者しか生み出せない特別なもの。ですが、その事実はここにいる方々しか知りません。なのでその情報はコンラディン様方には伏せます」
「……そうか。精霊王を通して力の器を渡せば、オフィーリアが契約者であることは伏せられ、かつ儀式も執り行うことができる、ということか」
「その通りです! わたしたちの精霊力供給の話は儀式の協力として使えますし、契約できずともあの石柱に注ぐことはできます」
ヴィルヘルムがわたしの意図を察して、わかりやすく述べる。わたしの説明より理解しやすい内容だったので、テンションが上がり、手を胸の前で重ね合わせ、明るい声を出す。
精霊王に仲介してもらおう作戦、良いんじゃない?
名案が浮かんでにんまりしているところで、イディが首を傾げながら発言する。
『じゃあ、プローヴァ様はコンラディンに姿を見せるってこと? 契約できないのわかってるのに、希望を持たせてもいいの?』
『それを言うならヴィルヘルムはどうなるのですか。簡易の姿とはいえ、許可を出して神々しい御姿を見せているのですよ?』
「そうだな。許可を出すというのが前提だ。精霊王が望めば、可能な話だ」
「そっか……。プローヴァ様の気持ちも考えないといけませんでした」
イディたちの話を聞いて、明るかったものがしゅるしゅると萎んでいく。お伺いを立てるように上目遣いで精霊王をちらりと見ると、精霊王はフッと困ったような笑みを浮かべた。
『姿を晒すのは問題ない。契約者以外、例えば契約者の後継者には姿は見せていた。あの時プラヴァスの呼びかけにも応じているので、気にするでない。まあ彼は後継者ではなかったが』
こちらに気を遣ってくれているのが何となくわかった。ちくりと胸に針が刺さるような感覚がしたが、ここは彼の好意に甘えることにしよう。
「ありがとうございます。わたしが契約者であることを悟られるのは困るので助かります」
『では姿を見せるのはいつが良いだろうか?』
「……そうですね。領主様はどう考えていますか?」
助言を貰うためにわたしはヴィルヘルムに視線を向けた。ヴィルヘルムは若草色の三つ編みを揺らして考え始める。
「……できないことを伝えることも含めて、精霊力が足りないということが自覚できるための証拠を作らねばならない。そう考えると、コンラディン様が二、三度訪れた後が良いだろうと思う。しかしコンラディン様の動き次第なところもあるので注意深く観察し、行動しなければならない」
「すぐ出るより、時間をかけて出ていく方がいいということですね」
わたしがそう言うと、ヴィルヘルムは肯定する。次の機会に精霊王が現れたら、何かの間違いだったのかもと思わせかねないというのも、まあ納得はできる。ただしヴィルヘルムの言う通り、コンラディンの行動次第で臨機応変な動きは必要だとは思う。あまりにも時間をかけてしまうと、「おい、オフィーリアどうなっているのだ」と疑いをかけられる可能性も秘めている。それは面倒臭い。
『確かに時間を置く方が、コンラディンも精霊力が足りず、契約できないことを受け入れやすいだろう。……では、そうすることにしよう。もし向こうが痺れを切らしてオフィーリアの方に確認を取ることがあれば、注ぎ続ければ現れることを伝えてくれ。また、私が現れないのは力が足りないことを仄めかしておいてくれ』
「わかりました。仄めかせられるか少し不安ですが……」
「コンラディン様とのやりとりは基本的に私が行う。其方は未成年だ」
「お願いいたします」
わたしがぺこりと頭を下げると、ヴィルヘルムは当たり前のことだ、と一言。わかりにくいなあ、と苦笑していると、精霊王がその小さな体をすう、とこちらに近づけてきた。
『実権を早くあちらに戻したければ、すぐにブルクハルトの子どもの精霊力を伸ばすように伝えなさい。彼の子どもが成人を迎えてしまうと、一気に伸びず、さらに次世代に託すしかなくなるからな』
『リアの寿命的にも厳しくなりますから、そこは早めに動く方が私も良いと考えますわ』
「そうですよね。早くお伝えします。ご助言感謝いたします」
よくよく考えるとわたしがどれだけ生きられるかも不明だ。ラピスがどのくらい生きたのか不透明なところがあるし、高い精霊力を持つ王族自体、短命だということも書かれていたので、それも含めて行動していかなければならない。
もしかすると、わたしの寿命は意外と短めに設定されているのかもしれない。転移でなく、転生であることで、高い精霊力を無理矢理こちらの体に変換している可能性がある。この辺りの真意は、この世界の神に聞くしかないが、ナビゲーターであるイディは神と連絡を取れるわけではなさそうだし、わたし自身もどうすれば良いかよくわからないので放置するしかない。ただその可能性を含めて早め早めに動くしかできない。
「…………」
「領主様?」
パッと顔を上げると、難しい顔でこちらを見ているヴィルヘルムと目が合う。わたしが彼に問いかけると、すぐに首を横に振って「何でもない」と返してきた。何か言いたいことがあるならば言えば良いのにと思いつつ、わたしは笑顔で「そうですか」とそれ以上突っ込むのをやめた。薮から蛇が出る可能性もある。あ、触らぬ神に祟りなし、かな?
今後の方針も粗方決まったところで、精霊王は一言挨拶をしてから姿を消した。
そして、数日後にコンラディンから「相談したいことがある」という内容の手紙が届いた。
……うん、相談の内容はわかっている。というか、精霊王以外考えれられない。結局、精霊王を呼び出すことは叶わなかったので前例がないか、調べてほしいというところだろうか。
仕方がないとはいえ、力の継承がきちんとできていない事実を目の当たりにしつつ、ヴィルヘルムとともに登城する返信を送った。
会議も終了し、ここに滞在し続けるのも難しいのでぼちぼちとジャルダンへ帰る準備も進めつつ、召喚日に備えることにした。まあやることはヴィルヘルムがやってくれるみたいなので、任せられるので気持ちはまだ楽だ。




