第三十八話 予想通りでした
そして、わたしたちと契約を結んだコンラディンのみに精霊王の居場所を伝え、それに関する書類を幾つか渡したおかげなのか王都の別邸まで何事もなく戻ってくることができた。
古城のつくりをある程度把握しているであろうコンラディンは精霊王の御神体的な石がある場所を聞いて、顎を撫でながら神妙な顔つきをしていたが、彼が何を考えているのかわからなかった。とりあえず見つけた経緯についてはさまざまな資料を読み漁って結びつけた結果だと伝えている。資料の提出を求められたら面倒臭いが、今のところ王家の悲願である精霊王の居場所を聞いた彼らは、そこは求めなかった。ある程度の工作は必要かもしれない。そこはヴィルヘルムに相談だ。
「さて、ここからが問題だな」
ヴィルヘルムは机に肘をついて手を組んでそう言う。彼の側仕えであるパトリシアが見たら叱咤するだろう行儀の悪い体勢だ。だが、彼がいる場所には精霊たちとわたししかいないので、体勢に苦言を呈さずに頷いた。
「そうですね。予想通りなら……」
そう。予想通りなら、コンラディンもブルクハルトも精霊王と契約はできないはずだ。既にわたしが精霊王と契約済みだが、その時大量の精霊力が必要だと感じた。転生者ラピスを祖先に持つ王族のポテンシャルがあるとは思うが、シヴァルディの見立てだと相当厳しいようだ。
つまり、総合的に判断して精霊力不足で不可能ではないかと考えているのだ。
『ヴィルヘルムよりも力の弱いコンラディンが契約できるとは思えない、かも』
『そうですね。領主のように城を保つための精霊力の補給もありませんから。器に見合った力を使わなければ衰えるのみです。十五の壁と呼ばれるものが生まれてしまったのも仕方がありませんね』
『え? シヴァルディ様、じゃああの古城はどう力を保っているのですか? あれも精霊力で作られたものでしょう?』
『あの古城にはおそらくラピス様の死に石があるはずです。相当な力を持っていた方ですから、亡くなられてもなお、力を発揮して躯体を保っているのでしょう』
「……なるほど。死に石をそう活用するとは……。初代王は身が朽ち果てても国を保つことを選んだということか」
何という話だろう、と思った。死に石の扱いについて知ることは少ないが、聞く限りでは遺骨と同じ扱いで家が保管することとなっているらしい。プレオベールでも歴代の当主の死に石は、アルベルトが責任を持って管理しているそうだ。
その事実を踏まえると、ラピスがこの国を守ることを決めたという覚悟が窺えるが、その事実を知る者は少ない。ラピス自身、世論からの賞賛のためにしているわけではないだろうが、それをしたということは彼自身が様々な可能性を考慮していたということが考えられる。
……でも、それって何だか切ない。わたしは軽く唇を噛んだ。
その場が少ししんみりとしたところで、シヴァルディは『ラピス様だからこそできる話なのですよ。ヴィルヘルムがそれをしても微々たるものですから』と付け足した。その話から、当時のラピスの精霊力量は半端なかったということが窺える。
『きちんと使わない力のまま二千年以上子孫にバトンタッチしちゃったんだから、尚更コンラディンには無理。……多分、プローヴァ様もそう報告するんじゃないかな?』
『ばとんたっち……がわかりませんが、不完全のまま種を受け継いでいるようなので力は当時よりも相当衰えています。当時を知る私がそう言うのですから間違いありませんわ』
「やはりそうなるだろうな。まあ力が足りなければ、こちらに泣きついてくることは見えている」
「そのための契約ですから」
わたしとヴィルヘルムは精霊力関係の協力について契約をしている。その代わり、わたしの無理矢理の婚姻を阻止するためのものだ。これがどのように働いてくるのかは不透明だが、最低限のことはできたのではないかと思う。婚姻と就職で身柄を縛られるのは御免だし、わたしが勝ち取りたいことはやり切れた、と思う、多分。
わたしの言葉にヴィルヘルムは眉間に皺を刻みつける。あれ、わたし、何かおかしなことを言っただろうか。
「オフィーリア。おそらく精霊王と契約できない、なんてコンラディン様方は考えていない。彼らはそれではなく、土地の精霊力を満たすための手段として我々を確保したのではないかと考えている」
「え?」
「よく考えてみなさい。コンラディン様は不作のことを言われていた。つまり、精霊力が関係していることを何となくだろうが理解している。この地は広い。王族だけで足りなければ他も集めなければならないが、確実なところを確保しておけば……」
「あちこちから掻き集めなくとも問題ない……ということでしょうか?」
わたしの答えにヴィルヘルムは「そうだ」と短く返した。わたしの中では精霊王との契約は確実に無理だということしかなかったので、契約不可の時のための保険かと思っていたが、言われてみるとそちらの方が納得いく。精霊の王という高貴な存在とはいえ、一人の精霊との契約ができないなんて、国王は考えていないだろう。わたしもその立場なら自身の力の強さを過信してしまう可能性の方が高い。
まあ実際コンラディンがどう考えているかなんて、末端のわたしにわかるわけがないのだが。
「コンラディン様も其方との繋がりは保ちたいと思われたのだろう。そう思わなければ、あのような契約などしない。それを良しとするのかはわからぬがな」
ヴィルヘルムは軽く目を細めた。一点を睨むような目付きに少し恐怖を覚える。わたしは感じた恐怖を振り払うように別の話題を振ることにした。
「そう言えば、プローヴァ様の居所を伝える時にかなり嘘を混ぜてしまったのですが、工作は必要でしょうか?」
「ん? ……ああ、資料関係のことか。後々に聞かれる可能性もあるが、彼らは精霊殿文字もおろか、プローヴァ文字も読めない。彼らがその文字を学ぶ時となったら準備しても遅くはないだろう。読めない資料を持っていても仕方がなかろう」
はあ、とため息をつきながらヴィルヘルムはそう言った。若干彼の言葉の中に否定的な感情が見えるような気がする。……そんな貴方もまだ読めませんよね、という言葉はわたしの中で収めておく。
『ヴィルヘルム、王族相手にそのような物言いは良くありませんわ。ジャルダンはそうではありませんでしたよ』
わたしの心の声を代弁して、シヴァルディが苦言を呈してくれたが、ヴィルヘルムは右手を自身の額に当て、大きくため息をついた。
「はあ……。まあ、早めに準備しておくのが良いだろうとは思う。時間があるならば適当な資料を作成して、差し込めるようにしておくと良い」
「わかりました。イディと作成しておきます」
八つ当たりされる前に話を終わらせようと、笑顔でそう返す。
その直後に、ズンと大きな力が内側から働き、わたしの心臓があるあたりが白く発光しだした。
白。その色が示すものは、精霊王プローヴァからの連絡だ。
「来たか」
ヴィルヘルムがわたしの体の変化を見てそう呟くと、力を流すように助言してきた。つまり、ここに呼べということだ。
わたしはこくりと頷くと、ゆっくりと力を中心へと注いでいく。相変わらず大量の力が必要だ。ごっそりと持っていかれ、貧血が起こったようなくらくら感が襲う。まあ、座っているので問題は無いが。
『……すまないな。オフィーリアは休んでおきなさい』
『プローヴァ様!』
持っていかれた精霊力と引き換えに、ミニマム精霊王がそこに姿を現す。あの部屋であった精霊王は神々しいものだったが、この部屋にいる精霊王は中性的な容姿も相まってか、マスコットキャラクターのように可愛らしい。
「……ここに来られたということは、コンラディン様の行動の報告ですね」
『そうだ。……まあ、予想通りだ。きちんと私の領域に来るまでわからなかったが、あれでは無理だ。足りないどころか、本当にラピスの子か、と疑ってしまうほどだ』
「そこまでとは……」
『精霊を失った代償だ。それを責めても仕方がない。今回は彼らの前に姿は現さなかったが、今後どうするべきか相談にきたのだ。おそらく数回は試すだろうから』
「契約はできないのは確定したので、そこからコンラディン様方をどう動かすかが重要ですね」
ヴィルヘルムはそう言って自分の顎をゆっくりと撫でて考え込む。
しゃべらずにずっと回復に努めていたおかげか、だいぶ体が楽になったので、ふう、と一息吐いてヴィルヘルムの方に視線を移した。
「わたしはブルクハルト様のご子息を鍛える方向に持っていきたいですね。あとわたしが精霊王と契約していることは間際まで明かそうとは考えておりません。ある程度の協力関係の契約を結んでいるので、それを使ってうまくやりたいのですが……」
「ああ、その方が無難だろう。だが、精霊王との契約がなければ進めることができない事柄があるだろう? 儀式に必要な力の器がなければ、各地を回ることは不可能だ。それとも其方が秘密裏に各領地を回るのか?」
「それは、遠慮したいことですね。それのせいで好きなことができないなんて考えたくもありません。……なので、力の器については少し考えることがあります」
未解読文字の資料があるということがわかっているのに、各地に精霊力を注ぎ回る作業が大変過ぎて不可能だという事態は嫌すぎる。一番やりたいことができないなんて、わたしの人生、終わったようなものだ。それは全力で遠慮したい。
しかし力の器がなければ、コンラディンたちが各地を回り、儀式を行うことも、この地に精霊力を注ぐこともできない。力の器は精霊王との契約者が作成できるものだ。言ってみれば、精霊道具とほぼ同義だ。特殊な、というものが付くが。
「コンラディン様は力の器について何も知りません。ですので、それを利用させていただきます」
わたしは笑顔を作ってそう言い切った。
更新が遅くなり申し訳ありませんでした。急遽転居が決まった関係でバタバタしています。




