第三十七話 勝負の時 後編
遅くなりました、本当にお待たせしてすみません。
追記(2022/5/31):国王との契約内容について加筆修正しました。また、明日に次話投稿します。長らく更新せず申し訳ありませんでした。
「父上、そんな条件を呑む必要は……」
「其方は精霊を失ったことをどう考える?」
「……は?」
ブルクハルトの発言を遮って、コンラディンは低い声でそう言った。また父親に制される形になったため、ブルクハルトは不機嫌そうな声を出す。
しかし彼の父親は何も気にすることなく、質問の答えを聞かないそのまま続ける。
「私はずっと不可解に思っていた。何故当時の王家は精霊が突然消えたことを歪めて伝えたのか、と」
「そ、それは……、国民の混乱を抑えるためでは……」
「勿論それもあるが、何故"死を嘆いて"と、わざわざ付け足したのか、ということだ。私はこの真実を教えられてから、王家の失態を隠したかったのようにしか聞こえなかった」
「王家の、失態……」
ブルクハルトは動揺を隠しきれず、言葉一つひとつを噛み締めるように呟いた。
「私の祖先は精霊が去った本当の理由は知らないが、何となくこちら側が何かしでかしたのではないかと考えていたのではないかと思う。……後付けでしかないので、真実は知らないが」
「……それは」
「結局は精霊王に会えたなら全て明らかになる。そして我々の悲願である精霊の邂逅が達成される。……確かにオフィーリアは惜しい。だが臣下の意志を蔑ろにするのを善としてはいけない」
コンラディンはブルクハルトの顔を見ずに、一点を見つめて言う。まるで自分に言い聞かせるような言い方だ。
「私はヴィルヘルムの提案を受け入れるつもりだ。その代わり、精霊王の居場所など知っていることを教えて貰おう。そして、もう一つ願いがある」
「……何でしょうか?」
ヴィルヘルムの雰囲気がまたピリッとしたものに変わった気がした。顔は笑顔だが、何を言われるのか予測できていないのだろう。正しくは笑顔で動揺を誤魔化している。
「もし我々が其方らの力が必要だと感じたならば、協力してほしい。その都度ここに来てもらうことになるが、オフィーリアの願いを叶えるためには仕方がない」
「協力、ですか? それは勿論ですが、どのような協力で? 我々より優秀な方々がここには集まっているではありませんか」
ヴィルヘルムはコンラディンの意図を探るように質問を重ねる。
「誤魔化すつもりか。私にはわかっている。其方ら二人は我々より魔力が高いのではないか?」
「…………」
わたしは思わず息を呑んだ。全く考えていなかったことを言われ、動揺をうまく隠せている自信がない。ヴィルヘルムも同様なのか、貼り付けていた笑顔が凍り付いている。
では何故、コンラディンはわたしたちの魔力、改め精霊力が高いと判断したのだろうか。彼にはシヴァルディのような精霊が傍にいるはずないので、そこから知ることは不可能だ。ということは彼なりの方法で知る術を知っているということだろうか。わたしはコンラディンの様子を探るように黙ったままじっと見つめる。
「何故わかるのか、という顔だな。ここでは即座に否定するのが良いのだぞ。……まあ、良い」
「……理由を、教えてはいただけませんか?」
ヴィルヘルムは絞り出すような声で、コンラディンに何故わかったのかを尋ねた。ここで否定するのは遅すぎるので、ヴィルヘルムは肯定の意味を含めてそのような質問をしたのだろう。
しかしその問いに答えたのはコンラディンではなく、その息子ブルクハルトだった。
「……威圧ですよ。我ら王族に伝わるものです。王族は基本的に高い魔力を持っている。誰にも超えられないくらいの。だから高い魔力を放ち、ぶつけることで、下の者に畏怖を感じさせることができるのです」
「初めて其方らに会った時、私は圧をかけた。威圧すれば聞きたいことも聞きやすいと思ったのだが、結果は違っていた。其方らは威圧を弾いた」
「そのようなことができるということは、我々より魔力が高いということになります。……突然変異なのかわかりませんが」
威圧というものがあるのか。精霊のためにある精霊力を人間相手にぶつけるという行為をしようとは思わなかったが、そのような使い方があるとは。
「……それで、私たちに何の協力を求めるのですか?」
あっさりと答えてくれたコンラディンたちはわたしたちに精霊力での協力を求めていることが理解できる。しかしその真意はわからない。ヴィルヘルムは慎重な姿勢で尋ねる。ブルクハルトはコンラディンが何を言うのか、彼の方に視線を向けた。
「ここまで言えば予想は付くだろうに。勿論、魔力が必要になれば、ということだ。ほとんど必要はないのかもしれないが、其方らの協力を求めておいても損はないだろう。ここでぷつりと縁が切れてしまう方が勿体ない」
「なるほど……」
コンラディンの提案を受けて、ヴィルヘルムは考え込んでいる。
こちらとしてはできる限り関りを断ちたいところだが、コンラディンが精霊王と契約できなかった場合の介入の言い訳にもなるか。結局はこちらが裏で手を回さなければならないのだから。
しかしわたしの精霊力量の多さを知っていて、ここまで譲歩してくれているのは、やはり精霊王の居場所や精霊に関する情報の方が優先度が高いということか。さすがである。
しばらく俯いて考えていたヴィルヘルムはゆっくり顔を上げると、大袈裟に首を縦に振った。
「わかりました。ですが言っていた通り、婚姻、登用などでこの地に縛るようなやり方はしないとお約束ください」
「勿論だ。約束しよう」
コンラディンは少しホッとしたような顔つきになる。断られる場合も想定していたということか。
コンラディンは紙と書くものを用意しろとブルクハルトに言い付けると、ブルクハルトはとても不服そうな顔をしながらも何も異議申し立てをせず、黙って奥へと引っ込んでいく。コンラディンとブルクハルトの考え方はやはり違うということがありありと感じさせられた。
ブルクハルトが一時退席した後、コンラディンはフーッと長い息をついて、ヴィルヘルムに申し訳なさそうな視線を向けた。
「……倅がすまないな。息子は息子で王族の将来のことを考えているようだが、やはりまだ考えが若いし、やり方が強引過ぎる。このまま王になっても周囲の反発を生みかねないだろう」
「……ブルクハルト様はブルクハルト様で考えられてのことでしょう。経験がないというのも一つの要因かと」
ヴィルヘルムが一応フォローをするが、おそらく内心では彼を良く思っていないだろう。先日のヴィルヘルムの怒りの顔を間近で見てしまったわたしにとっては、その言葉は絞り出して出した言葉であろうということが容易に想像できてしまう。
「しかし今後のことも考えねばならぬ。このままでは良くない」
コンラディンがそう言ったところで、盆のようなものの上に上等な羊皮紙とインクとペンを載せてブルクハルトが再入室してきた。
「では契約を交わそう」
そう言ってコンラディンはブルクハルトからペンを受け取り、インク壺にペン先を浸した。そしてさらさらと文章を書いていく。時折、ヴィルヘルムに確認をしていたが、あっという間に書き終えた。
「これで良いか確認してくれ」
コンラディンはそう言ってブルクハルトに紙を差し出すと、ブルクハルトはそのままヴィルヘルムに手渡す。
ヴィルヘルムは書かれた内容を確認してしばらくしてから、無言でわたしに手渡してきた。わたしも読めということか。
一つ、精霊、精霊王に関する情報を提供する代わりに、オフィーリア・プレオベールの身柄を拘束しない。また、オフィーリアが生きている限り文官登用、婚姻などでこのプロヴァンス領に縛ることはない。
一つ、オフィーリア・プレオベールの意思に反する行為はしない。
一つ、ヴィルヘルム・ジャルダン、およびオフィーリア・プレオベールは国王コンラディンの代のみ、国王が魔力等の協力を願い出た時、速やかに応じること。ただし、オフィーリア、またはヴィルヘルムは魔力の協力の範囲を指定できるものとする。
大体話したことそのままが書かれている印象だ。ヴィルヘルムがOKを出したならば、わたしがごちゃごちゃという必要はないと思うので、そのままスッとヴィルヘルムに返した。ヴィルヘルムは受け取り、再度目を通した後、頷きながらコンラディンに合図を送った。
「では署名と血判を」
「はい」
ブルクハルトがペンと指に刺すための針を目の前に持ってくる。そしてヴィルヘルムはそれを受け取り、書類の下部の空白部分にさらさらと署名し、クッと血が滲む指を押しつけた。
ヴィルヘルムはペンをわたしに手渡すと、ヴィルヘルムの署名の隣に自分の名前を記した。そして唇を噛み締めながら針を指先に刺して、同様に指を押し付けた。
ブルクハルトが署名された契約書を受け取ると、コンラディンに持っていく。コンラディンのは既に署名してあったので血判のみ最後仕上げた。
「これで契約は成立した。……では精霊王の居場所を聞こう」
「オフィーリア、頼む」
「はい」
わたしがヴィルヘルムからまとめた書類を受け取って報告の準備をしていると、コンラディンは少し張り詰めていた緊張が解れたのか、身じろぎをした。
「折角、魔力の高い女性が見つかったのだが……。仕方がないことだが、勿体無いことをした。もし何もなければ婚姻を結びたかったものだ」
ボソッと言ったコンラディンの言葉にわたしの顔がひくついた。
良かった! 本当にちゃんと交渉しておいて良かった!! と思わざるを得なかった。




