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第三十五話 自分らしくいたいと思えた


 わたしはこくんと頷き、ヴィルヘルムの呟きを肯定した。

 初代王と言われるラピス──石本礼(いしもと らい)は日本から来た転移者だ。この国が今後困らないようにこの国の王として君臨し、自身の子孫にこの地に精霊力を注ぎ、秘密を守るという使命を伝えることを願ったのだ。

 それは、この世界の神が願ったことでもある。つまり、ラピスは神の願いを全うしたということだ。


「ラピス様は偶々、わたしの魂と同郷の方でした。御方はこの世界に転移し、自身の使命を知ることになるのです。──魂から派生した精霊によって」

『え……!?』


 イディが驚きの声を上げる。わたしの魂から派生し、生まれたイディからそのような使命を聞いたこともなかった。勿論イディも何も知らないのだろう。


「予想なんだけど、多分イディはこの世界でのわたしの導き手だったんだと思う。でもわたしはラピス様と違って転移じゃなくて転生だったから、不完全だったせいで上手く回らなかったのかもしれないと考えてる。だからイディは悪くないよ」


 安心させるためにそう言うとイディは心なしかホッとした表情を見せた。わたしはふぅ、と息を吐く。


『本来は魂と体、合わせて成り立つものだった。しかしオフィーリアの場合、魂のみ。そのため神との意思疎通ができなかったのではないかと考えている』

『では、本来はイディが神と意思疎通し、この世界の危機を救う手助けをするはずだったということなのですね』

『その通りだ。神が異世界から人を寄越すということはよっぽどのことだ。今回オフィーリアがここにやってきたのも危ういと神が感じたからだろう』

「……それで、そのオフィーリアに与えられた使命というのは……」


 ヴィルヘルムならばある程度のことは予想できているだろうが、確認のためか尋ねてきた。声は低く、慎重にといった感じか。


「わたしの生まれた意味……、それは予想できているかと思いますが、この地を精霊力で満たすことだと思います。枯渇しかけていることはご存じでしょう?」

「やはりそうか……。ではラピス様の時も同様な理由だったということか」

「そうですね。ラピス様の時は今後のことを考えられ、子孫を残されたのですが、わたしの時には何というか……」


 ラピスの子孫がいるおかげで動きにくいのもあるので、思わず言いそうになりモゴモゴと濁した。しかしヴィルヘルムにはわたしの言いたいことが伝わったのか、フッと乾いた笑みを浮かべた。


『私はオフィーリアにラピスの時のように王になれ、と伝えた。……だが断られた。彼女はラピスの子がその役を担うのが適任だと考えているようだ』

「王になるということは今の王族を敵に回すということ。戦は避けられません。オフィーリアはそれを避けたいのでしょう」


 戦を避けたいのもあるけれど、王様になったら死ぬまで土地に精霊力を注ぐことになってやりたい文字解読の時間が削られるのが嫌だからとはここでは口が裂けても言えない。


「まあ彼女の場合、目的の阻害となるものは全力で避けたいと考えているので、戦を避けたいのは二の次でしょうが」


 ……バレてる。ヴィルヘルムはこちらをチラリと見てにやりと笑った。

 いや、でも戦争したくないという気持ちもあるからそんな言い方しなくてもいいじゃないか!

 ムッとして、ヴィルヘルムを睨みつけるがその攻撃はまるで効いていないのか、華麗にスルーされた。


「私も王族の方の敵になるようなことはしない方が良いと考えています。統一前と異なり、貴族たちが二分化され、国が荒れる可能性が高いです。ですので、オフィーリアの考えは良いと思います」

『そうですね。リアの転生の秘密を明かすわけにはいきませんし、仮にリアが国取りを宣言をしてしまったら確実に貴族たちは戸惑うでしょう』

『まあリアに王様の素質はないよ』


 さらりと酷いことを言われた気がするが、本当のことなので否定せず黙殺した。わたしには国王になる度胸も資質もないのは本当なので。


『だが、オフィーリアがいなければこの地を精霊力で満たすことは厳しい。今のラピスの子がどのくらいの力量を持つかわからぬが、確実に力は衰えているだろう。彼らだけでは心許ない』

「精霊王様との契約も難しそうだと推測しているので、お考えは正しいかと」

『そうか……。私との契約も厳しいのならば、他の精霊も従えるのは厳しかろう』


 トップに立つ人間の力量を知って危ういとわかると、精霊王の顔が曇った。改めてヤバい状態なのだとありありと感じさせられる。


「こちらとして困ることは何も知らない王族の方にオフィーリアを取り込まれることです。それによって彼女は身動きが取れなくなってしまう。そうなれば今後困ることも出てくるでしょう」

『だから私が盾になろう。そうならぬように努力はする』

「そう言っていただけると助かります」


 ヴィルヘルムが笑顔を作る。精霊王という味方を付けられたことがかなり大きい。


「三日後に謁見を控えています。その際に精霊王様の部屋の情報などと引き換えにオフィーリアの身の自由の約束を取り付けようと考えています」

『それは聞いた。私とオフィーリアに繋がりがあることを悟られぬようにと頼まれている』

「そうでしたか。悟られると確実に取り込まれてしまいますので、どうかよろしくお願いします」


 ヴィルヘルムはそう言って右足を一歩下げ、美しい礼を見せた。けれど相手はミニマムな精霊王だ。可愛らしい人形に大層な礼をしているのが不自然にしか見えない。


『わかっておるぞ、ジャルダンの子よ。私は約束は破らない』


 真剣な声色でそう言いながら精霊王はこくりと頷いた。その返答にヴィルヘルムはホッと息をついた。


『オフィーリアはラピスの時のように身を犠牲にする覚悟を見せた。私はそのような顔を彼女にさせるつもりはなかったのだ』

「プローヴァ様……!」


 余計なことは言わないで、と言いかけたところで、ヴィルヘルムの様子を窺うとそのホッとした表情を消し、少々険しいものに変わっていた。……何か怒ってる? といった表情だ。


「……どういうことだ?」

「ひっ……!」


 笑顔なのだが、何故か恐ろしさを感じさせる表情を向けられ、思わず小さな悲鳴を上げてしまう。隣にいるイディもその顔が恐ろしいのか、わたしの顔元へやってきてブルブルと震えている。


「何とか言ったらどうだ? 丸く収まるならば最悪ブルクハルトに嫁入りするつもりだったと?」

「ちちちちち違います!」


 しれっと王子様を呼び捨てにしたところをツッコむ暇もなく、わたしは首をブンブンと横に振る。関係のないイディも手をブンブンと振っている。


「このような事態に陥ったのも王族の落ち度であるのに、何故他世界の人間が尻拭いをしなければならないのか。しかもまだこのような子どもにこの世界の命運を任せるとは嘆かわしい……!」

「あの……わたし……」

「結局、今も解読はオフィーリア任せだ。ブルクハルトの行動といい、王族の態度には尊敬できない部分があるのが気になっていた」


 子どもと指摘されたが、精神年齢的には三十路前だと言いかけたところで、ヴィルヘルムの文句が被って言えなかった。怒っているのか、言葉の端々がキツい。黒い靄のようなものが見えそうな勢いだ。怖い。敵に回したくない。


「其方もだ。何故諦める必要がある? やりたいことがあるのなら戦い抜け。ブルクハルトの思い通りにはさせない」

「あの……」

「良いな?」

「はい……。わたしも諦めません……」


 最悪の場合で考えていたことだが、ヴィルヘルムにとってそれを考えるのもいけないらしい。睨まれ、戦々恐々としながらわたしは弱々しく答えた。私を思ってくれているとはいえ、もう訂正するのも反論するのも怖い。


「精霊王様、オフィーリアを守るためにお力添え、よろしくお願いします」

『あ、ああ……。では三日後にまた呼べ』


 ヴィルヘルムの豹変に精霊王も若干引いているではないか。そしてそそくさとわたしの手の中にある精霊石に戻り、姿を消した。逃げたという表現がぴったりだ。


『……私は疲れましたわ。少し休みますね』

『ワ、ワタシも引っ込んどくね。リア、また後で〜……』


 静観していたシヴァルディはそう言い残すとスッと消え、焦ったイディも困惑した笑顔を浮かべながらわたしの中へと消えていった。この二人も逃げたな……。


「オフィーリア」

「はい!」


 二人っきりになり、声が裏返る。変な雰囲気の中残されたのでどう反応したら良いかわからない。わたしの元気の良い返事にヴィルヘルムはフッと笑みを浮かべた。先程までの怒りは嘘のように消えている。


「……異世界人だろうが、ここで努力してきたことは変わらぬ。神に定められたことをなぞるのが正解なのかもしれぬが、其方も一人の感情を持つ人間だ。自分の大切なことをしっかり胸に持て。……其方は其方らしくあってほしい」

「は……い……」


 気持ち悪がられるかと思っていたが、思ったのと違う反応をしてもらえて心がフッと軽くなっていく。

 嬉しい、言って良かったという気持ちでいっぱいになっていく。


「力になれるかはわからぬが、私は其方を守る。其方が大切なことを打ち明けてくれた思いに、私はきちんと応えたい」

「ありがとう、ございます……」


 今までに見たことがない優しい笑みをこちらに向け、真摯なその言葉に胸が熱くなりながら、わたしは涙が出そうになるのを堪えながら礼を述べた。




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― 新着の感想 ―
[一言] 荒唐無稽な話ですがきちんと受け入れてくれましたねーヴィルヘルム オフィーリアに我が身を犠牲にする考えがあったと知ったら烈火の如く怒ってくれる ホントにいい人と縁を結べましたよねえ
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