第三十四話 小さな精霊王とわたしの秘密
その後、難なくイディと入れ替わり、業務である解読作業に勤しんだのだが、ブルクハルトに遂に聞かれてしまった。
「父上が明日あたりには会議は終了すると言っていたのですが、今後はどうされる予定ですか?」
「……え?」
「いえ、その……、報告書を見るにまだ成果は得られていなさそうですし、そのままジャルダン領に戻る……というのは……」
もごもごとはっきりと言わない態度に少々不安を感じるが、彼が言わんとすることはわかった。
端的に、「何の成果も上げられていないのに、自領に帰るとか言わんよな?」と言うことだろう。一応、王家の文官という肩書きを貰い、こちら側に有利なように配慮してもらっているので、そう言いたくなるのはわかる。ここまで投資してるからきちんと返せよ、と。わたしも同じ立場なら同じことを考えると思う。
勿論、隠している成果はお披露目するつもりだし、わたしは王家から離れた位置に行こうと考えているので、コンラディンたちが下剋上を望まない限りはウィンウィンの関係になるはずだ。そのために精霊王への根回しもしている。
ただ日数だけ経過して精霊王に繋がる成果が上げられていないので、ブルクハルトが焦るのは仕方ないことだ。そしてどうするんだと、末端のわたしをせっついてしまうくらい余裕がないのも。わたしは頬に手を当て、困ったような悩んでいるような表情を意識しながら作り上げると、ブルクハルトを上目に見た。
「わたしは未成年ですので一人でここに残るためには色々と解決しなければならないことがあるので……。今日の夜にお父様や領主様に相談しますね。わたしとしてもこの状況は心苦しいので……」
気持ちはわかるけど、相談してくるからここでは明言しないよ、と返事をすると、ブルクハルトはうーんと考え込む動作をする。
「やはり未成年であるが故、動きにくいですね……。仕方がないことですが……。これについて少し考えておきますね」
未成年であるが故に色々と繋がっているのだと暗に知らされ、げんなりとしてしまうが、さすがに表情には出せないので、「ありがとうございます」と礼を述べ無理矢理笑顔を貼り付けておいた。本来、未成年だと領地から出るのも基本的に大変なのだがそれは。
『何考えてるんだろうね、ブルクハルト。リア、念のために注意しないとね』
『彼の目付きが気になりますね。イディの言う通りにする方がよろしいかと。ヴィルヘルムにも伝えておきます』
精霊二人が後ろでブルクハルトを危険視する話をしているが、反応するわけにもいかず、黙殺する。一国の王子に向かって凄い言いようだ。まあ確かに気にはなるので注意しておくことにしよう。
ということがあったのが、昼前のこと。昼食を摂り、昼最後の鐘が鳴ったと同時に古城を後にした。会議終了も近いのでブルクハルトも忙しくなるそうだが、真相はどうかわからない。
わたしはジャルダン領の別邸に送り届けてもらえたので、思った以上に早く仕事終了となった。ここからは一応自由時間だ。
……と思ったら、わたしの帰宅後から一時間もしないうちにヴィルヘルムも帰宅したという連絡が回ってきた。アルベルトに話を聞くと、明日終了予定だったが思った以上にスムーズに進んだので今日で終わったということだった。結構事が動いたな、と思いつつ、ヴィルヘルムに会えるようにフェデリカに頼み、わたしは準備を始めた。
「コンラディン様に謁見できるように手配しておいた。……三日後だ」
「み、三日後!?」
ヴィルヘルムの帰宅後、鐘半分ほどの時間もかからず、わたしはヴィルヘルムの部屋に行くことができた。しかし部屋に入った途端、挨拶も何もなくいきなりそう言われた。
何も準備できていないのに三日後に謁見? 慎重に行動したいはずなのにどういうことだと言わんばかりのジト目でヴィルヘルムを見ると、彼は眉間を指で押さえ、ため息をついた。……疲れているのか?
「こちらとしても時間がないのは紛れもない事実だが、時間をかけると向こうに時間を与えることになる。何も情報がないまま片付ける方が良いと判断したのだ」
「なる、ほど……?」
会議が早く終了したことが予定外だったのか、ヴィルヘルムは仕方なしといった表情だ。そんなわたしたちのやりとりを見ていたシヴァルディが口を挟む。
『裏でブルクハルトが動いているのが気になっているのでしょう? コンラディンの方は特に動きはないので、そこまで慌てる必要はないのです。きちんと言わなければわからないでしょう?』
「余計なことは言わなくて良い」
シヴァルディを睨みつけながらヴィルヘルムはそう言った。綺麗な顔で睨むと怖いはずなのにシヴァルディは全く気にするそぶりを見せず、くすくすと笑っている。仲が良いなあなんて思ってしまう。
「……それで、精霊王の方はどうなった? 早く座って報告しなさい」
二人を眺めていたら今日のやりとりの報告を求められたので、ハッと我に返った。わたしは勧められた席に座ると、作成した精霊石を取り出した。それを見たシヴァルディが口元を両手で覆う。
『精霊石……! ということは……』
「はい。プローヴァ様、お姿を現してください」
わたしはこくりと頷くと、美しく瑠璃色に輝く精霊石に精霊力を込めていく。土地に力を注ぐ並みにごそっと抜き取られていくが、座っているので倒れる心配もない。多量の精霊力を注ぐと、それは閃光のように強い光を見せた。
『……呼んだか?』
「プ、プローヴァ……様?」
光が収まり、目を開けると、瑠璃色の精霊石の真上に精霊王が佇んでいた。……ただしイディのようなミニマムな状態で。
あの部屋で見ていた精霊王とは異なるため、わたしは目をパチパチとさせながら小さき精霊王に尋ねかけてしまう。正直、マスコットのようでかなり可愛らしい。
小さな精霊王はわたしが困惑している様子を見て、小さくため息をついた。
『言っただろう? あの部屋を出ると私の力は制限されると。あと連絡手段であると其方は言っていただろう? あの姿を維持するには倍以上の力が必要だぞ。それでも良いのか?』
「良くは、ないですね……。ですが、とても可愛らしい姿で驚きました。イディのようです」
わたしがそう言うと、精霊王は嫌そうな表情を見せた。しかし咎めることもなく、わたしの近くを漂っていたイディに目を向けた。
『ああ、その小さな黒髪がイディという新たな精霊か。……それにシヴァルディも。息災だったか?』
『はい! プローヴァ様のお目覚めをお待ちしておりましたわ……!』
とても嬉しそうな表情でシヴァルディは答える。その様子は恋する乙女のようだ。懐かしい顔を見てホッとしたのか、精霊王は少し穏やかな顔になる。
『プローヴァ様、初めまして。ワタシは言の精霊イディファッロータです。新たな精霊としてこの世に生まれました』
イディは精霊王に近づくと、膝を付き、首を垂れながらそう言った。精霊王はうむ、と頷いた。
『歓迎する。顔を上げよ、イディ。其方の話は主のオフィーリアから聞いた。其方の魂から派生したと。……不完全のようだがな』
『不完全?』
「ああ! わたしが説明しますから……!」
イディが怪訝な顔をしたところでわたしは二人の話に割って入る。ここにはヴィルヘルムもいるので、きちんと初めから順序立てて話さなければならない。転生のことを彼に伝えるつもりではいたが、急にその機会が訪れて、妙に緊張してしまう。その場で身じろぎして居住まいを正すとヴィルヘルムに視線を移した。
「……何だ?」
わたしの目を見てヴィルヘルムは眉を顰めて用件を尋ねてきた。わたしは口を開いた。
「領主様が一番情報不足ですので、前提をお話しします。……これはわたしの一番の秘密なのです」
「秘密?」
『リア、話すの?』
「うん。ここまできたし、丁度良い機会だから」
大丈夫だから、と伝えると、イディはわかったと引き下がった。わたしは外してしまったヴィルヘルムに目を向ける。
「……信じられないかもしれませんが、わたしは純粋なこの世界の人間ではありません。魂は別の世界からやってきた人間なのです」
「別の、世界……だと?」
「はい。簡単に言うと、わたしはオフィーリアでありますが、前の世界の記憶を引き継いでいます。こことは別の世界で生きていた記憶があるのです。……イディがわたしの魂から派生したと言う話はしましたよね? イディはわたしが別世界からこの世界に来る時に生まれた副産物なのです」
できるだけ冷静に、と心がけて淡々と話すが、ヴィルヘルムはいきなり突きつけられた事実に困惑を隠しきれていない様子だった。わたしは続ける。
「ずっと不思議だったのです。わたしは何故この世界に生まれたのかと。ですが、プローヴァ様のお話とラピス様が残された手記で全てがわかりました」
「初代王ラピス様の手記だと?」
『これだ。特別に見ることを許そう』
精霊王が大切にしている手記を取り出し、ページを開いてヴィルヘルムに見せつける。触らせるのは嫌みたいで、ヴィルヘルムと精霊王の距離は空いている。ヴィルヘルムは目を細めてじっと見つめるが、書かれているのは日本語なので彼に読むことはできないけれど。
「この文字は何だ? オフィーリア、知っているのか?」
「はい。これは前世のわたしが使っていた文字です。これがひらがな、それでこれが漢字という文字です。わたしの国ではこれらの文字を組み合わせて言葉を残していました。つまり……」
「……ラピス様も、別世界の人間だと?」
ヴィルヘルムはそう言いながら目を見開いていた。




