第三十三話 瑠璃色の精霊石
遅くなりました。申し訳ありませんでした。
『では精霊石を作成しよう。もう一度言っておくが、王都の範囲内ならある程度の力は発揮できるが、そこから外は予言などの力は使えない。……シヴァルディたちと同じだと思ってくれ』
「わかりました」
わたしが頷くと精霊王はゆっくりと下へ降りてきた。もう十一になったけれどまだまだ子どもの体のわたしとの身長差は歴然だ。この一年で身長もグッと伸びたはずだが、孤児院生活時の栄養不足のせいか、遺伝子の問題か、精霊王のお腹あたりの高さにわたしの頭がくる。
……というか美形が近づくと迫力が違うな。
精霊王はすらりとした長い手をわたしの前に持ってくると、手を重ねられるように差し出してきた。彼の手は女性かと間違えそうになるくらい皺もシミもない清らかで真っ白な手だった。ごくりと生唾を飲むと、高鳴る気持ちを抑えながらわたしは精霊王の手のひらに自分の手を置いた。
『其方は精霊力をたくさん集めなさい。形成、作成は私が行う』
精霊王の言葉を聞いてわたしは瞳を閉じて、集中し、ほぼ満タン状態の精霊力を引き出していく。血液が流れるように流れていくそれは心地よく幾らでも引き出せそうだ。
『なかなかの器の大きさだ。……加護を与えし者の願い物を作り給え』
わたしの精霊力を感じ取った精霊王は軽く口元を吊り上げながら詠唱を行うと、真っ白の閃光のような輝きが重ね合わされた手の間から生まれる。そしてさらに光の強さを強くするためか、わたしの精霊力がごっそりと持っていかれる。
……うわ、この感じ……、久々だ……!
眩さと熱を持っていかれた気分の悪さから目を閉じてしまう。身体の制御が奪われたようにわたしはその場にがくりと膝をついた。精霊王の手からするりと手が抜ける。急な発光だったので、目を瞑っていても眼前は真っ白だ。それも相まって気分が悪さが倍増している気がする。
『……一気に引き抜いてしまったか。ライとはやはり違うのか……。すまない、しばらく座っていろ。直に回復する』
「……ありがとう、ございます」
何とか目を開けると、軽く眉を下げた精霊王がわたしを見下ろしていた。返答を聞いたか聞いていないかくらいのタイミングで、精霊王はマントのようなものを翻してわたしに背を向ける。そして、天に向かい手を伸ばした。
「……あ、精霊、石……」
空から舞い降りるは、瑠璃色の輝きを持つ小さな石だった。台座に置かれているものより遥かに小さい。例えるならばビー玉サイズだ。
それはゆっくりと精霊王の元へと降りてきて、手の中に収まる。そして瞳を閉じ、何かを感じた後、精霊王はそれをわたしの前に差し出した。手のひらサイズで収まる精霊石が、希少な宝石のようで何だか美しかった。
『これを持ち歩けば、いつでも私との対話は可能だ』
「ありがとうございます」
『もう回復したのか? さすがは異世界人だな』
わたしの顔色を見て、精霊王はフッと笑みを漏らす。わたしは両手で精霊石を包み込むようにして受け取ると、それを光にかざした。間近でよく見ると、本当にビー玉だ。石が光を溜め込んで、輝いているようだ。
『ただ私の力はだいぶ制限されることとなるだろう。それは理解しておきなさい』
「わかりました。おそらくご相談で使うことになるので十分です」
本来の目的は、わたしと精霊王が繋がっていることなので、予言の力や精霊の力を頼ることはないと思う。精霊ならば、イディやシヴァルディ、クロネがいるから正直問題ない。
『ああ、精霊石は其方の精霊力と同化させておきなさい』
「あ……、そうですね。そうした方が安全です」
わたしの中の精霊力に溶かしてしまえば、誰かに取られるということはなくなる。まあわたしが不用意に外に取り出すことを避けさえすれば良いだけのことだ。
わたしは精霊王の助言通り、精霊石を包み込むと、石を形成する精霊力を感じ取る。
……真っ白で、とても大きな力だ……。
精霊王プローヴァの色である白を感じながら、わたしをそれを吸い込むように自身の中へと取り込む。白色の精霊力が他の色に馴染むようにわたしの精霊力に染み込んでいく。そのおかげか、精霊石作成の際に吸い取られた精霊力が一気に回復した。というか、過剰供給だ。必死に平らになるイメージを持って耐えた。
『大丈夫か?』
「う、はい……。なんとか……」
『直に慣れるだろう。……さて、精霊石も作成した。あとすることはあるか?』
「……ええと、特には……。あ、これはお願いになのですが」
『何だ?』
精霊王に口止めなども頼んだし、召喚用の精霊石も作成した。ここでやらなければならないことは終わったのだが、もう一つわたしにはやらなければならないことがある。けれど、これはわたしの私的な感情によるものだ。だから精霊王が嫌と言えば、そこは排除しておかなければならない。
わたしは真っ直ぐに精霊王を見据えると、胸に手を当てた。
「……わたしの事情、転生のことも含め、領主様……ではなく、ジャルダンの子孫であるヴィルヘルム様にきちんとお伝えしたいのですが、プローヴァ様のことをご紹介してもよろしいでしょうか?」
『ふむ……、それは何故だ? 必要なことなのか?』
精霊王はゆっくりと顎を撫でる。人々の争いの種になりかねないと考えているが故か、精霊王は難色を示している。
「必要か必要でないかと言われると、どちらになるのでしょう。わたしにはわかりません。ですが、精霊石を作成するように助言をくださったのは、ヴィルヘルム様です。……そして、何も知らないわたしがここまで生きてこられたのはほとんどヴィルヘルム様のお陰だと言って良いと思います」
精霊石を作れたことを伝えたら、それで十分だと思う。ヴィルヘルムのことだから、そこまで深入りをしてくることはないだろう。
だが、コンラディンとの交渉の前にわたし、正しくはわたしの魂が異世界から来たものであることを伝えた上で、どのように動くべきなのか、わたしの今後の狙いを伝えたいのだ。
もしかすると気味悪がって、適当にあしらわれるかもしれない。その怖さはあるが、ヴィルヘルムには誠実でいたいのだ。
精霊王が許可してくれたら、情報を擦り合わせておきたいという気持ちもある。そこまでこの世界のことを知っているわけではないので、別の視点から何か言ってくれるかもしれないし。でも、気味悪がられたら何も言ってくれないか……。それは、それで悲しいけれど。
先の見えない人の心を想像しただけで、ズンと重い気持ちになってしまったが、その気持ちを隠してじっと精霊王の様子を窺う。相変わらず、眉を顰め、困った顔をしている。
『……なるほど、そうだな。ライの時も世界の理に慣れず、苦労していたな。彼には多くの精霊殿の者が付いていて指導してた。其方の場合は、ジャルダンの子か』
「はい。この身体の主オフィーリアは孤児でした。孤児が、貴族として振る舞うのはとても難しいことでしたが、ヴィルヘルム様は色々と考えて動いてくださいました。ヴィルヘルム様が救ってくださらなければ、わたしはプローヴァ様に会うことはなかったかと思います」
『そうか……』と小さく呟くように言うと、精霊王は顎をゆっくりと撫でながら熟考する。
『その者は、……その、信頼に値するか?』
しばらく考えた後、精霊王は顎から手を離し、言葉を選びながらそう言った。わたしはこくりと頷く。
「わたしは信頼しています。プローヴァ様の意に反するようなことは、決してしない方です」
『わかった。ヴィルヘルムに会う時は私を呼びなさい』
「ありがとうございます!」
許可を得られたことに礼を言うと、精霊王は右手をひらひらと軽く振った。
『……良い。さて、終わりか? 私は眠るぞ』
「はい、わたしもそろそろ戻らなければなりません。おそらく近日中に交渉の場になると思います。それ以降ここに来ることはないと信じています」
明日には会議が終了する予定だ。そうなれば謁見の申し込みをして、交渉の場となる。
交渉成立すれば、この部屋は王族管理になり、わたしは立ち入ることはできなくなるだろう。……もし万が一わたしがこの場に来たならば……、あまり考えたくないのでそこで思考を断ち切った。
『何かあれば、石を通じて呼べ』
精霊王はそう言うと、スッと姿を消した。見送った後、わたしは一息つくと、部屋を後にした。




