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第三十話 プローヴァとの相談 前編


 眠い。頭がボーッとする。

 眠りの時間が少なかったので仕方のないことだとはわかっているが、大欠伸をしてしまいそうだ。口元に手を当てる装いをしながら、必死に誤魔化すが、誤魔化せているか不安しかない。

 ラピスの手記を読み終えて、眠りにつこうと布団を被り、ぎゅっと目を閉じたが、なかなか眠りの世界に行くことができず、結局はそこまでの睡眠をとることができなかった。元よりそこまでの睡眠時間でもなかったが、多少なりとも取っておけばマシかと考えていたけれど、まあ無駄に終わったということだ。


「オフィーリア、今日はいつもと違う感じがしますが……、大丈夫でしょうか?」

「あ……、はい。申し訳ありません……」


 ヤバい、欠伸してたのがバレたのだろうか? 

 古城に到着し、資料室に向かっていたのだが、ブルクハルトは心配そうにこちらを見つめている。欠伸の件を指摘してこないあたり、女性、子どもに対して配慮しているのか、それとも欠伸はバレていないのか、そこはよくわからないが、わたしは見苦しいものを見せてしまったことへの謝罪を述べる。その謝罪に対して、ブルクハルトは「そうではなく……」と困った笑顔を浮かべた。


「顔色が少し悪そうだったので、その……心配でして。連日解読作業をお願いしていますし、貴女は女性で……、まだ成人前の子どもなので……」


 欠伸していたのはバレていなかったようだ。セーフセーフ。

 さすがに王子様の目の前で欠伸を噛み殺していたのがバレると、ヴィルヘルムたちに迷惑をかけてしまうというか「婚約者の教育もできていないヴィルヘルムは……」などと揶揄されるのは何だか嫌だったので、わかっていないならばそれで良い。わたしは即座に笑顔を貼り付けた。そのまま勘違いしておいてもらおう。


「あの……、ご心配おかけして申し訳ありません。ですが、問題ありませんので気になさらないでくださいね」

「そうですか……。それならば良いのですが……。もし途中で体調が悪くなればすぐに申し出てくださいね」


 爽やかな笑顔に変わり、ブルクハルトはそう言った。純粋無垢な少女が彼のこの笑顔を見たならば、頬を朱色に染めて恋に落ちる展開があるのだろうな、と枯れた妄想をしつつ、わたしは「ご配慮ありがとうございます」と礼を述べた。中身は三十路前の女なので、環境とかその後の影響のことばかりに頭がいってしまう。感情が動くとかは特にない。


 むしろ、ブルクハルト(そんなこと)より精霊王への接触の方が大切だ。手記を返却するという用事もあるが、彼との話の結果次第で今後のわたしの立場が決定しかねない。精霊王をこちら側に引き込むことができればわたしの勝ちだが、そうでなければわたしの敗北だ。

 手記を読んで、精霊たちが眠りにつく前はラピスの行動によって国の安定を得ることができていたことが良くわかった。けれど、その安定はラピスや精霊王を犠牲の上で成り立っている。特にラピスはその人生を捧げ、その子孫までその使命を受け継ぐこととなっていた。

 そんな歪な状態を何とかできないだろうか。手記通りにわたしが動くことになるならば、わたしが注ぐ者として立ち回ることになり、思ったような暮らしはできないだろう。それは何とか避けたい。


『リア、難しい顔になってるよ』

『今はブルクハルトがいるのですから、考え事は一人になってからにしましょう?』


 精霊二人の声にハッと我に返る。シヴァルディの言う通り、今考え事をするのは良くなかった。ある程度作業をして、頃合を見計らって退席させてもらおう。精霊王の部屋にはイディとシヴァルディは入ることができないので、またあの精霊道具を使ってブルクハルトの目を誤魔化すことにしよう。

 ……とりあえず今日の動きは大体決まったかな。

 ブルクハルトのエスコートを受け、資料室に入室すると今日読む資料を取りに行く。ブルクハルトもこの生活に慣れたようで、少し離れた自席に行き、手持ちの資料を机に広げていた。


 ……ブルクハルト様も古代文字を勉強したら良いのに。そしたら今後も困ることは無かろうに……。


 確かに自分の仕事で手一杯な感じを見せているので、これに文字を勉強しろというのは難しいだろう。正直どうでも良いと思えてしまっているので、これ以上考えるのを止めて、わたしは資料の一つを机の上に広げる。タイトルは精霊王のせの字もないが、精霊力を注ぐ儀式について書かれていそうなものだ。きっと必要な情報だと思うので、これを読んでまとめることにしよう。

 わたしは紙とペンもついでに引き寄せて、席に座り、その内容に目を落とし読み始めた。





『……ア、……リ……、……リア!』


 揺さぶられるような感覚がして、ハッと横を見ると、必死な顔をしたイディがわたしの右腕を両手で持ち、ブンブンと揺すっていた。「イディ?」と声に出しそうになるが、それを阻止するためかシヴァルディがわたしの口を両手で多い、『シーッ』と穏やかな制止をする。わたしはこくりと頷くと、シヴァルディはにこりと笑って口に当てていた両手を取り払った。


『凄い集中してたね』

『……そろそろ、かと思いまして』


 もうそんなに経ったのかと驚いてしまった。体感十分くらいだが、彼女らが頃合だと言うのならば、鐘一つ分はとうに経ったのだろう。わたしはこくりと頷くと、ブルクハルトにお手洗いに行くことを仄めかしながら席を立つ。いつものことなのでブルクハルトは顔を上げ、笑顔で承諾する。

 そのまま軽く笑顔を浮かべ、失礼を詫びながら扉の外へと出た。あとは道具と入れ替わるだけである。


『プローヴァ様のご様子、また聞かせてください』


 廊下を歩きながらシヴァルディはふんわりとした笑顔を浮かべながらそう言っていたのでわたしは了承する。慕われてるなあと思いつつ、目的の部屋へと行き、誰もいないか確認をして静かに中へと入り込んだ。


「イディ、任せることになるけど……」

『大丈夫! 解読作業もゆっくり進めておくよ』


 大変面倒な役回りを押し付けることになるのが心苦しいが、イディはそんなことを気にしていないのか胸をドンと叩いた。勇ましい様に自然と笑みが溢れると、人形の精霊道具を取り出し、精霊力を多量に注ぎ込んだ。


「イディ、あとはお願い。早く戻るようにはするけど……」

『大丈夫。こっちのことは気にしないで。静かに椅子に座っておくだけだし。……あ、でも昼の鐘までには帰って来てね』

「うん、頑張る」


 こくりと頷いた後、わたしは廊下に出るための扉の持ち手に手をかけ、ゆっくりと体重をかけた。


『入り口までお供しますね』


 出ようとしたところでシヴァルディが同行しようとわたしの真後ろにぴったりと付く形で飛んでくる。わたしは礼を述べ、隠し部屋のある部屋へと向かうことにした。




「プローヴァ様、いらっしゃいますか?」


 何の問題もなく、プローヴァの部屋までやってこれたので、わたしは瑠璃色の宝石に呼びかけながら近づいていく。するとカッと真っ白な光が石から発せられ、その光の中から白髪の長い髪の男性が姿を現す。


『オフィーリアか。思った以上に早かったな』

「まだコンラディン様とは交渉できていないので、そちらの約束はまだなのですが、今日はこれをお返ししようと」


 精霊王の言葉はコンラディンを連れて来ることを指しているのだろうが、そちらはまだ手をつけられていない。今日の用事は別件だ。

 わたしは両手を胸の前に差し出し、精霊力を集める。すると昨日借りたラピスの手記が姿を現した。念のため汚れなどないか確認した上で、精霊王にそれを差し出す。


「大切な方のものだと窺ったので早くお返ししようと思いまして」

『これをもう読み切ったのか?』

「はい」


 精霊王は驚きの声を上げながら、わたしの差し出した(ラピス)の手記を受け取った。ほんの少し彼の表情が和らいだ気がした。


『もういなくなった友を感じられる唯一のものだったので、正直助かる。感謝する』


 精霊王はそう言いながら手記を大切そうに撫でた。

 これを受け取った時の精霊王の言動や手記の中身を見ると、早く持ち主に返したいと思っていたが、やはり正解だったようだ。ここでは言わないが、手記の内容はカメラに収めている。読んだ後色々と考え過ぎてしまって眠れなかったのでやっておいたのだ。


「あの……、プローヴァ様。その手記を読んだ上で答えていただきたいことがあるのです」

『何だ? あれに何が書いてあったのかはわからぬが、答えられる範囲で答えよう』


 ラピスが異世界からの転移者のためにここまで情報を残しておいてくれたのだ。それを明かせば答えてくれる範囲も広がるかもしれない。


「あの手記にはわたしがプローヴァ様にお尋ねした答えが書いてありました。……ラピス様──(らい)さんは異世界から来られた方なのですね」

『……ああ、ライ、懐かしい響きだ。そうか……、あれにはライが生涯隠し通したことが書かれてあったのか』


 ラピスのことを思い出しているのか、その表情は優しい。本当に精霊王はラピスのことを大切に思っているのだろう。


「手記を読んで、ライさんの生まれ故郷とわたしの前世の故郷が同じであること、統一までの彼の苦悩など通常の歴史では知り得ないことを知ることができました。……プローヴァ様、誰にも話してはいけないとお約束を交わしているのかもしれません。ですが、確認のためにも聞いていただきたいことがあるのです!」


 精霊王は懇願するわたしとラピスの手記を何度も見て、じっと黙っている。熟考しているのだろうか。

 しばらく沈黙が続いていたが、精霊王は決意したのか手記を胸に寄せて、ぎゅっと抱き締めた。そしてわたしの方に強い眼差しを向ける。


『ライが真の名を明かし、友の考えを知ったのならば、あの約束は置いておいて良いということだと判断した。だが、私も知る範囲は狭い。答えられる範囲があることを理解してくれ。約束を盾に話さない選択はしないことは誓う』

「あ、ありがとうございます!」


 わたしはぺこりと頭を下げた。やっとスタートラインに立てた。精霊王との話し合いはこれからだ。『話せない』と言われることはなさそうなので、情報を得やすくはなるだろう。そこは凄く助かる。


「……ええっと、まず……、一番大事なところから……。プローヴァ様は争いを避けるためにこの部屋に閉じ篭っていると窺いましたが、もしかして外でもプローヴァ様とお会いできるのでしょうか?」


 ラピスの手記によるとそのような内容が書かれていたはずだ。悪き者の手に落ちることを防ぐためにラピスと話し合い、この部屋にいることを承諾したと。

 けれど、それは統一後に話し合ったことなので、その前はある程度自由にしていたのかもしれない。


『可能ではある。だが、真の力はこの場所──この国の中心でしか発揮できないように仕組まれている。だから私の役目を果たすためにはここを動くのは面倒であるし、特に意味を成さないのでラピスが消えてからはしようとも思わなかった』


 精霊王の答えにホッと息を吐く。この答えは大方予想通りだ。連絡を取り合うくらいならクロネのように精霊石を作成すれば可能かもしれない。


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― 新着の感想 ―
[一言] あー、そういや日本語で書かれてましたし精霊王は中に何が書いてあるのかは知らないんですな 色々と落ち着いたら日本語を教えて読めるようにしてあげたいですねえ
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