第二十九話 国ができる時
遅くなって申し訳ありません。
ランタンの柔らかな光がページを照らす。わたしはその明かりを元にラピスの転移してからの人生を読んでいく。
プロヴァンス王国の国王として君臨することとなった。周りに認めてもらえたことは嬉しいが、今後のことを考えていかねばならない。
まずはロカリスが言っていた精霊力の色に関してだ。この世界にプローヴァと同じ色である白の精霊力を持つ人間は存在しない。私はパッと見たところでは白色だが、厳密には白ではない。多くの精霊と契約し、混じり合って白になったため該当しないのだ。
だが、プローヴァの力を最大限引き出すためには白の色を持つことが必須になるし、全ての精霊と契約するために必要不可欠だ。特定の色であると弾かれてしまうことは、私の友であるアダンやフォンブリューらが証明している。そのため白の色を持つ人間を生まねばならない。
これはロカリスの提案ですぐに解決した。
それは私の子どもに引き継がせることだ。私の子どもであれば今の私の色を引き継ぐことができる。つまり白色の精霊力を持つ者が誕生するということだ。だが、私の子どもが生まれ、引き継ぎが終わるまで私は元の世界に帰ることができない。それまで何十年と私はこの世界に縛られることになるだろう。これはプローヴァとも相談し、私の意志で決めたことだ。仕方あるまい。
そしてプローヴァのことだ。彼は精霊の王ということもあり、予知の力、精霊に一斉に呼びかける力、精霊道具作成に発揮する能力など他の精霊に比べ、強い力を持っている。彼は私を友と呼んでくれ、目覚めを手伝っただけの私に力を貸してくれるが、その力を目の当たりにするとやはり莫大な力だと感じてしまう。
もしその力を悪用しようとしている者が出たならば? 彼を求め、人々が争いを始めようとするならば? そのような不安が生まれてしまう。また、地に精霊力を注ぐことで個々人でさらなる力を得られるということも不安材料だ。
私の願いは、この地の平和だ。少ない時間だったが、この地で過ごした日々はかけがえのないものだった。たくさんの友たちに囲まれ、どこの誰だかわからない私のことを案じ心配してくれただけでなく、助けられたことばかりを思い出す。だからできればこの地に住む彼らの力になりたいと思ったのだ。彼らの顔を曇らせかねない出来事の火種を残すわけにはいかなかった。
私はプローヴァとこのまま放置していたら争いが起こる可能性があることを話し、今後について相談した。彼もこの地の平和を望み、人々の争いに精霊が巻き込まれることを危惧している。それならば、と彼は提案した。それは、私の子どもたちに確実にこの地の使命を受け継がせる代わりに、プローヴァを城内の隠し部屋に隠すというものだ。彼の自由は失われるが、悪しき者に利用される可能性を潰すことになるので彼の身の安全は保障される。私は何度も彼の意志を確認した。何度も何度も。自由を失ってもこの地の平定を望むことは変わらなかった。
そして私は彼の意志を受け入れた。その代わり私は死ぬまで彼と共にあろうと思った。
自分の子どもを教育し、受け継いだところで私は日本に帰ろうと考えていた。肉体は老化して、若い私を知る者はいなくなっているかもしれない。もしかするとここの時間と同様に向こうの時間も流れ、親も含め私のことがわからなくなっているかもしれない。けれどそれでも帰りたかった。この気持ちはこれを読んでいる貴方は理解できるだろうか。
だが、友であり、何もない私を友と呼んでくれたプローヴァのみが犠牲になる必要はない。原因を明らかにしてしまった私もきちんと責任を負わねばならない。だから私は故郷への帰郷の想いを封印することにした。それが私ができることだと思うからだ。私は日本に帰らない。
さらにプローヴァと話を詰め、私がいなくなった後のことも決めた。
私の子どもの中で、精霊王と契約するに相応しく、最も精霊力のある者を跡継ぎにすること。その者だけに精霊王のいる部屋と己の使命を伝えること。そしてそれ以外の子は跡継ぎ争いから離れ、メインの城とは別のサブの城に住まわせ、別の仕事を与え、儀式には関与させないこと。
まとめると、精霊力を伸ばすことに繋がる儀式は国王、または国王になる者しかできないようにすることにしたのだ。そうすることで、無駄な争いは防ぐことができるはずだ。ロカリスにも確認を取ったが、この方針で問題はなさそうだった。
ただ効果を知らずに土地に精霊力を注ぐことを防ぐ、かつ効率良く注ぐために、白の精霊力しか使えない精霊道具を作成することを考え、実行した。直接注ぐことも可能だが、国王と王子のみの少人数では時間がかかってしまうし、非効率だ。私の莫大な精霊力を使えば、少しでも使命を実行することも楽になる。そしてそれ以外の人間が間違って注いでしまっても弾くことができ、王族の必要性を感じさせることができるだろう。一年のほとんどをそれに費やすことになるが、秘密を守るためには必要なことだ。
だが、私の子どもはどのくらいの精霊力を持っているのか、今の時点では全くわからない。転移者であるためここまでの力を持っているが、この世界の人間の精霊力は私の力の半分以下だ。いくら私の血を引くとはいえ、私と同等の力を持たないと考えて動く必要がある。
自身の力だけで賄えないのならば、他の力を引き出し、使わせてもらうことを考えよう。そうして考えられたのが、もう一つの儀式だ。精霊力を持つ者──貴い力を持つ者、貴族を集め、少しずつ特別な器に溜めるのだ。多くの精霊力を使えば成長に応じて自身の持つ器は多少大きくなるし、力の使い方を学ぶこともできるので、一石二鳥だ。
そうなれば彼らを一か所に集める場所も必要だ。それならば各地の精霊たちが眠る場所を拠点に、精霊を奉る精霊殿を作成することにした。そこに国王になる前に私に力を貸してくれ、位の高い精霊たちと契約するに値する友に守ってもらうようにお願いし、彼らの城を一気に築城した。ロカリスとプローヴァの力さえあれば、このくらいは余裕だった。ただ、定期的に精霊力を注ぎ、保たなければならないが彼らなら問題ないだろう。そして色に応じた精霊と契約した精霊殿の者に力集めの儀式の補助もお願いし、準備を整えた。これで地に精霊力を注ぐ儀式を問題なく行うことができるだろう。
私が自分の子どもたちとプローヴァを守るためにできたことはこのくらいだ。
文字の種類に応じて開示する情報を制限するなど、できる手は打った。争いが起こらないように、災いが起こらないように、私とプローヴァの想いをきちんと私の子どもに伝えていってほしいものだ。
遠くで暁の最後の鐘が鳴っている音が聞こえる。隣を見ると、ゴロゴロと転がっていたはずの小さき精霊は動かなくなり、小さな寝息を立てていた。待ちくたびれて眠ってしまったのだろう。
「ラピス様は……プローヴァ様を巡った争いをなくしたかったのか」
他に要因はあるだろうが、この手記からはその想いが前面に出ている。プローヴァは別のことも言っていたが、それも含めてだろう。
わたしははあ、と小さくため息をつくと、すやすやと気持ち良さそうに寝息を立てているイディの黒髪を指先で撫でる。
ある程度の情報を得ることができた。この地の平和のために自分自身の人生を捧げた石本礼、そして内側に閉じ篭り、王族以外との接触を絶った精霊王プローヴァ。彼らの想いも願いも理解はできる。けれど、なあ……。
「このままでは……難しい……」
コンラディンたちに彼らの想いは託せないし、果たすことができない。力が弱すぎるが故だ。王族だからある程度の力は持っているだろうが、わたしはラピスのように精霊殿を一気に建てられるような精霊力は持ち合わせていない。きっとコンラディンたちには厳しい。
託せないなら? わたしが王になるのか? ……いや、それは別の争いを生むだろうから避けたいし、ラピスたちの願いに反してしまう。それならば別の妥協点を探すしかないのだ。
……ではどうすべきなの?
きっと精霊王はわかっていたのかもしれない。ラピスと同様にわたしがこの国に精霊力を注ぐ使命を受け継ぐことをするのに相応しい人間であり、そのために連れてこられたことを。
そうぐるぐると考えながら、わたしは掛け布団を深く被った。きちんと考えなければ。




