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第二十七話 ラピスの転移と新たな精霊


 今日のヴィルヘルムとの面談の終了が示唆されたところで、わたしはメルヴィルに終わったことを伝え、フェデリカを呼んでもらうように頼んだ。だが、フェデリカはある程度終わる時間を予測していたのか、わたしがメルヴィルを呼んでからものの数分でフェデリカが到着し、わたしはヴィルヘルムに挨拶をして彼の部屋を出ていった。

 そして就寝時間が迫っていることから、フェデリカは準備を整えていたようで、自室へ到着するなりテキパキと手際よくわたしの世話を行い、あっという間に就寝準備を整えてしまった。鐘半分以下の時間しかかかっていない。お風呂などもあったはずなのに、と思うが、さすがはフェデリカだと思う。


 さて。

 やっと一人になったところで今から夜更かしをすることにしよう。勿論お供はラピスの手記だ。明日のこともあるので今日読み切ってしまいたい。まあ文量もそこまでないので問題ないだろう。ただフェデリカたちに起きていることがバレないように注意を払うことを忘れてはいけない。

 わたしは耳を澄ませて部屋の外に人がいないか確認する。


『ちょっと見ていたけど、近くに人はいなさそうだよ』


 イディが軽く様子を窺ってくれたのか、パッとオレンジ色の鱗粉のようなものを撒き散らしながら現れて言った。確かに物音のようなものはない。

 わたしはお礼を言うと、整えられたベッドの上に乗り上げ、うつ伏せに寝転んだ。フェデリカがこの様子を見たら苦言を呈してくるだろうが、今は誰もいないし、就寝時間なのだから誰も入ってはこないだろう。問題ない。

 そして、お馴染みのランタンを取り出し少々多めの精霊力を流すと、サイドテーブルに置いた。そうしているとわたしのすぐ隣にイディが潜り込んできて、二人仲良く並んでゴロゴロと寝転ぶ。


「明日があるけれど、交渉日も近そうだから今日読んじゃおうか。だいぶ夜更かしになるから明日は大変かも」

『リアが寝てたら責任もってワタシが起こすから大丈夫。さ、時間も過ぎちゃうし、早く読もう?』

「頼んだよ?」


 念押ししてわたしは右手に精霊力を集中させ、ラピスの手記を取り出す。ラピスが作った精霊道具ということもあってか、手のひらに集まる光が発光した白い光だ。わたしの道具は基本薄橙のような色の光を見せるので、ここでも違いがわかるのか。

 取り出した手記を枕元で広げると、前書きの部分を飛ばして読んでいないページを開いた。


「……ひらがなとか漢字をこの世界で読むことになるとは思わなかった」


 並んだ懐かしい文字にポロリと独り言が出てしまう。

 ここは日本とは異なる異世界だ。言語も異なれば、文化も異なる。日本のものなどないと思い込んでいたが、このようなところで出会うとは誰も予想できなかっただろう。わたし自身も考えていなかった。そう考えると、これも何かの導きなのかもと思ってしまう。

 わたしは均等に並んだもう一つの故郷の文字を指で軽くなぞると、ゆっくりと初めからその文字を目で追い始めた。





 転移が起こったのは、何もない日で本当に突然のことだった。

 大学の授業を受けに行くために準備をしていたところだった。

 足元が白く光り、気が付くと、外にいた。友人たちによるドッキリなのかと辺りを見回すが、友人の姿も気配も何もない。森の中に私一人だ。

 このままじっとしていて動物に襲われたらひとたまりもないので、私は森を抜けるために恐る恐る歩き出す。人がいる環境からいない環境へと放り出されて、かなり不安だったことは覚えている。


 しばらく歩いていると、川が見えた。私は知的好奇心からそちらの方に向かう。

 やはりと言うべきか、ゴロゴロと石が転がっている。私はその中の一つを手に取る。遠目から濃い茶色をしていたそれを間近で見ると、砂岩と泥岩が交互に重なり合って堆積してできた石だった。見事な縞模様である。その美しさに見惚れていると、私の体がほんのりと光り輝いたかと思うと、その光の粒子が目の前に集まっていき、小さな人形を作り上げた。


 小人のような小さな存在だった。だが、顔立ちは私と瓜二つだった。髪の長さが異なるから違いがわかるくらいだ。いきなり現れたこの小さな存在に私は混乱した。

 その存在は自身を私の魂から派生した石の精霊だと名乗った。名前はロカリスと言うそうだ。そして状況を理解していない私にこの世界の成り立ちを教えてくれた。

 この世界は精霊が存在し、各地に代表する精霊がいるそうだ。だが生き物が住めるようになったところで精霊たちは力を使い果たし、皆眠りについたという。回復のために眠りについたは良いが、誰も精霊を起こす者がおらず、今この地の力は各地に住む事情を知らない人間によって枯渇を迎えようとしているらしい。知っているかもしれないが、この地の力を精霊力と言い、それは一部の人間が持っていると言う。ロカリスと話せる私もその一人だそうだ。


 ではこの世界は日本とは別の世界ということか、と尋ねると、ロカリスは肯定した。正直信じられない気持ちが強かったが、それを察したロカリスは北東に向かうように言った。そこに人が住む村があるそうだ。

 半信半疑のままロカリスが指し示す方向に言われるがまましばらく歩くと、森の中ではあるが人が暮らす気配がした。本当にここは異世界なのかと疑いながらもその様子を窺うと、髪、瞳の色、服装など日本とは異なったものだった。黒髪や茶髪には慣れているが、緑色の髪や黄色や青の瞳などのバリエーションのある色を持つ人間に出会うことはなかったのだ。ゲームの世界かと勘違いしてしまいそうだ。

 信じられない光景だが、受け入れるしかないのかと愕然としていると、付いてきたロカリスは私の目の前にやってきてこう言った。


 貴方がこの世界にやっていたのは偶然ではない。この世界は私のような精霊が数多く眠った状態。この大地が崩壊し、生命が朽ち果てるのを嘆いた唯一神が貴方をこの世界に招き入れたのだ、と。


 そして最後にこう付け足した。


 ロカリスは、神から私を導くように簡易的に造られたナビゲーターのようなものであり、私はこの世界の危機を救うためにこの世界の精霊の力となる存在だ、と。


 ぼんやりと聞いていると、まるでゲームの設定のようだと思ってしまった。自分ごとでないような、客観的に見ている感じだった。

 私が世界を救う? ただの大学生の私が? と。何故この世界の人間ではないこの私に頼るのか。世界の問題はその地に住まう、監視する者がすべきだと思う。


 しかし、その答えは単純なものだった。ロカリスは私に精霊力を感じるように言った。ロカリスに説明を受けながら、感覚的に精霊力を探ってみる。

 まずロカリスの心臓辺りに燃え上がるような濃い茶色の炎のようなものが見えた。そしてそれには劣るが村の中に幾つかの炎もあるようだ。それらは翡翠のような緑色だ。感じ取れたのでゆっくり眼を開けると、ロカリスは続けて説明してきた。


 精霊力には色があり、それは住まう土地に由来する。ロカリス曰く、その地に住まう精霊の色に準じるからだそうだ。また、色同士が混ざり合うことは難しく、新たな色が出ることもない。

 だが、精霊たちを統率するプローヴァという王の色は白で、その色を持つ人間はいないそうだ。区域がかなり小さいことも影響しているようだ。

 しかし、私は異世界人ということで、その精霊力の色は特殊で無色透明だと言われた。今はロカリスとしか契約していないので濃い茶色だが、他の精霊たちと心通わせると白に近づいていくらしい。混ざり合うことで、白に近づけるという特別な存在なのだと。


「どうか精霊王プローヴァを呼び起こし、この世界の危機を救ってほしい」


 ロカリスが嘆願するような眼をこちらに向けてきて、かなり切羽詰まっているのかと感じた。

 私は断ることもできず、小さく頷いてしまった。そして数年かけて私はこの地を回ることになる。




きっと本編で出すことはないですが、ラピスは石が語れるほど石好きです。

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― 新着の感想 ―
[一言] へえ、ラピスにもオフィーリアにとってのイディみたいな存在がいたんですね ラピスの場合は石の精霊でオフィーリアは言の精霊かあ 何の精霊になるのかは派生元の魂が何を好んでいたかによるのかなあ
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