第二十六話 相談と提案
最近精霊力の色関係の話が多かったので、その可能性を考慮していなかった。多大な精霊力量を誇るラピスの子孫でもあるコンラディンの力量が足りないのではないかと指摘されて、改めて考える。
「わたし……でも相当注いだ、という感じなので……、もしかすると足りない、というか相当厳しいですね……」
初めよりは精霊力量が増えたこと、元々器が大きいことから回復量に合わせて注いでいたら何とかなったレベルだ。ヴィルヘルムの精霊力量より少ないと見ているコンラディンには、精霊王との契約は難しいと思う。難しいというか無理に近い。
そのことを口にすると、ヴィルヘルムは眉間に指を当て険しい表情を見せた。
「ああ……、王族だということばかりが頭にあったので抜けてしまっていた。指摘されると確かにそうだ。契約できない可能性があるならば色々と考えなければならない」
「いろいろ?」
あまりにも真剣な表情を見せるのでわたしは息を呑んだ。ヴィルヘルムは手を下ろし、その表情のままこちらを見る。
「契約できたとしても多くの配慮をしなければならぬが、それ以上に慎重な行動が必要になる。特に其方が精霊王と契約していることを悟られてしまったら確実に向こうに取り込まれることになる。手段は問わないだろう。そうなれば其方の言う平穏な暮らしはないと思うが良い」
『そうですね、プローヴァ様と契約できたリアがコンラディン側にいればそれで全て丸く収まると考えるのが妥当です。またリアの精霊力量がかなり多いことが知られたらさらに面倒ですね』
「ええ……、それは、とても嫌です……」
聞きたくないことを聞かされ、わたしの顔は確実に歪んでいると思う。
だが、精霊王と契約できたことが知られたら面倒になることは目に見えている。コンラディンたちが契約できなかったという事実があれば尚更だ。確実にブルクハルトの婚約者に無理矢理据えられることになる。今、ヴィルヘルムと婚約関係にはあるが、圧力をかけられてすぐに解消されてしまうだろう。
「情報をありのまま伝えることはないにしても、どうやって伝えるのかは吟味しなければならないだろう。ボロが出てしまうと一気に崩れかねない」
「じゃ、じゃあどうやって伝えたら良いのでしょうか!? 会議はもうすぐ終わるので時間がありませんし、早く動かないと面倒になりそうで……」
「焦っても仕方がないことはわかっているだろう? 慌てて交渉し失敗してしまうと取り返しがつかないのだから、交渉の前に打てる手は打っておく必要がある。まずは可能ならば精霊王に契約したことは伏せるように頼むのが手っ取り早い。漏れる可能性があるとするならば、一番は精霊王がコンラディンたちに伝えるところだ。それならばそこを潰してしまえば良い。ただ精霊王が了承するかが問題だがな。了承してもらえたならば、あとは其方がボロを出さない限りは知られる可能性は低くなるだろう」
ヴィルヘルムの言うことは尤もなので、わたしは顎に手を当て考え込む。精霊王が契約のことを黙っててくれるかどうか考えると、どうだろうかと。
精霊王は土地に精霊力を満たしてくれたらそれで良さそうな態度だった。もしコンラディンが精霊王と契約できなければ、器を作成し、土地に精霊力を注ぐことができる人間はわたしくらいしか適当な人物はいないだろう。人間側のゴタゴタで、儀式も行えない、土地に注げないとなると、精霊王の願いは阻まれる。そうなったら彼はどのような反応をするのだろうか。……まあそうならないように動くか。当たり前のことだ。
そう考えると、黙ることを了承する可能性は低いかもしれない。それならわたしに王になれ、と言うだろう。
もしかすると精霊王はここまで見越しているのかもしれない。予知の能力があると言っていたし。
「黙っててくれるかは怪しいですね。プローヴァ様の願いは地に精霊力を注ぐことですから、それがコンラディン様だと厳しいと知るとどう動くか読めないです」
『多くの精霊の死と一人の少女の身柄を天秤にかけると、精霊が優先されるのはわかるわ』
イディの言葉にヴィルヘルムは「……まあそうだろうな」と自身の顎を一撫でして軽く俯いた。
「それならば闇雲に動くのは不味いな。話すのは止めるのが無難だろう。情報を与えることはこちら側が不利になり得ることもあるからな。そして交渉も少し待った方が良い」
「ですが……」
「会議はもう終わり、すぐに帰領することになるので確かに時間はないと考えるのが普通だが、今回の謁見でどう転ぶかわからない部分もあったので数日ならここに留まっても問題ないように仕事は振っている。……だから、私は必ず其方を連れてジャルダンに戻るつもりだ。安心しなさい」
そう言いながらヴィルヘルムは青磁色の瞳をこちらに向けてくる。わたしを安心させるための出まかせではなく、本気の眼だ。わたしのためにここまで真剣に考えてくれている。
わたしが不安がって焦っているだけではダメだ……! わたしも頑張らないと!
ヴィルヘルムの眼を見ているとそう思えてきて、拳に力が入ってきた。
「ありがとうございます。そしてわたしのための配慮も感謝します。とりあえずわたしに何ができるか考えることにします」
わたしの言葉にヴィルヘルムは、ああと軽く頷いた。
最善だと思うことをしていかなければ後悔する結果になるかもしれない。時間が無いこと、一気に事が動いたことなどから焦りが生まれて、狼狽してしまっていた。しっかり考えていかないと。呑まれてしまいそうだ。
「……確か精霊王はあの部屋から出られない、とあったな?」
「そうですね。そこで啓示を受けるとあったので……」
情報量は少ないが、確かそのように書いてあった。精霊王は予知の力を持つがために外部との接点を減らしているのだと考えている。あと国王とのみ契約するようにしているので、それを守るためでもあるかもしれない。ヴィルヘルムはそう尋ねてきたのでわたしはこくりと頷きながら答えると、彼は考えるポーズをして少しの間熟考する。そして考えがまとまったのか、腕をゆっくりと下ろし、口を開いた。
「あの部屋以外で精霊王を呼び出すことができれば、と考えていたのだが……、さすがに難しいだろうか。このまま交渉し、上手く交渉成立した時にはあの部屋にはきっと入れなくなるだろう。万が一コンラディン様が約束を翻した時の保険が必要だと思ってな」
「どうでしょうか……、うーん……」
考えてもいなかったことを言われ、わたしは思わず考え込む。本にはその部屋にて啓示を受ける的なことが書かれていたので別の場所でもできるかなんて考えたことがなかった。
でも確かにコンラディンたちが約束を守ってくれる保障などはないのかもしれない。コンラディンはああ言っていたが、状況によってひっくり返ることがあってもおかしくはない。だからこそ、精霊王との繋がりは保つようにしておく必要があるのかもしれない。
別の場所でも呼び出すと考えると、真っ先に思い出したのはクロネとやりとりした出来事だった。クロネはわたしと契約を結んでいるが、本来の主の子孫であるジギスムントとは契約を結んでいない。しかし彼女はジギスムントの傍にいることを望んだため、わたしの力を借りて精霊石を作成し、それを媒体にしてやりとりをしている。ここ一年ほどでクロネを呼び出すということ自体そこまでなかったのだが、それがあることでクロネはジャルダンとアダンの間を一瞬で行き来できたし、わたしが呼びたい時、クロネがこちらに用事がある時に自由に連絡を取ることができた。
クロネの時と同様に精霊石を作成することが可能ならば、精霊王をあの場所以外で呼び出すことができるかもしれない。しかし精霊王という特殊で上位の存在なので、クロネのようにすんなりできるとは考えにくい。
「可能性を考えたらできる、かもしれません。でも未知数です。ラピス様の言っていたことも気になりますし……」
「ラピス様……? 初代王が何か言っていたのか?」
「あ……! いいえ! こ、古城の資料! 古城にあった資料の中に気になることがあって……!」
気になることは、ラピスの手記にあった「犠牲」「人間社会に縛り付けることとなってしまった」という言葉だ。彼はプローヴァに対して後ろめたい気持ちがあるようで、それが滲み出ていた。それがあの部屋でしか会えないということと繋がっているのではないかと考えている。だが、これは推測に過ぎない。
しかし、ラピスの手記のことはヴィルヘルムに伏せている。だからわたしはぽつりと無意識に喋ってしまったことに対して慌てて誤魔化す言葉を述べた。
そのラピスの手記にはわたしが転生した人間であることが知られる可能性がある内容が書かれているからだ。ヴィルヘルムに対して誠実でいたいというわたしの思いから、いつかはこの事実を伝えようとは思っている。イディと話してある程度気持ちが固まった。けれど今は気持ちの整理をしたいのでもう少し後にしようと考えている。少なくともラピスの手記を読んでからにしようと思う。そこでわたしが前世の記憶を持っていること、無色の精霊力であることなど、わたしという存在が在る意味が少し見えるかもしれない。ラピス、もとい石本礼と似たような存在から推測できることも増えるだろうから。
わたしの慌て振りにヴィルヘルムの眉がぴくりと動いたような気がするが、その態度に対しては指摘をせず「内容とは?」と話の続きを促してきた。
「ええっと……、プローヴァ様のことを、犠牲、という消極的な言葉で表現されていたので……。ちらりと読んだだけでよくわからなかったし、そのくらいしか情報がないので、それが他の場所でも呼び出せる手掛かりになるかはわかりません」
「確かにその表現は気になるが情報が少ないな。それはどのような資料なのだ? 感情的に書かれているのが……」
「あ、えっと、その……、たくさん資料があるのでよく覚えていません……。申し訳ありません……」
ヒイイイ……、やってしまった! 気になる内容だからそりゃあ突っ込んでくるよね……。
わたしの誤魔化しにヴィルヘルムは「何故そんな大切なことを覚えていないのだ! 其方は抜けている……」と呆れた声を上げている。覚えていないんじゃないんだけど、そこはどうでも良いから、早く話を終わらせよう。ちゃんといつかは開示するから、どうかお願いします……!
ある程度苦言を呈したところでヴィルヘルムは深い深いため息を一つつくと、眉を顰めた状態でこちらを見た。苦言の内容は右耳から左耳へと受け流しておいた。
「明日うまくいけば、明後日には会議は終了する。だからその後にコンラディン様との謁見をして、そこで交渉することにしよう。明日に今話したことは可能なのか見極めてほしい。勿論時間がある限り、資料もきちんと攫いなさい。明日の夜にまたどうするか話そう。今日はもう時間だ」
「わ、わかりました。精一杯努力します……」
また明日精霊王のいる部屋へと赴くことになったので、わたしは緊張しながらそう返した。ここでうまく立ち回らないと今後の計画に支障が出かねない。頑張らないと……、と意気込んだことから、膝の上にある手が自然と固く握られた拳となっていた。




