第十八話 苦肉の策
──もしかすると当時突然死した王族の中に精霊王を害そうとした者がいるのかもしれない。
その言葉が頭の中で長いこと反芻している。
あの時、ヴィルヘルムにどういうことかと尋ねてみたが、彼は「可能性に過ぎない。知っている本人から聞けば全てがわかるはずだ」と首を横に振って詳しい話を避けようとした。かなり込み入った話なので話しづらいのはわかるが。
精霊の呪いに関する記述は、ジギスムントから借りた資料からわかっていることがある。「呪いにて聞けるは、跳ね返るということばかりなり。また、精霊の位、高くば高きほど、呪いの範囲は大きになるめり」とあるように、跳ね返りが基本だということと、精霊の位が高くなるにつれ、呪いの効果や範囲が大きくなるということが書かれていた。もう一つ、この本を書いた著者ですら精霊の呪いを実際には見ていない感じだ。伝聞的に書かれている。
あの本はジギスムントの祖先が王族から賜ったものであることを踏まえると、国王になるために学習するための教科書のようなものだと思うので、この呪いのことは知っているはずなのに何故当時の王族が精霊王を害そうとするのだろうか。
精霊王を害そうとした場合、位は最高位であるから跳ね返りは半端ないだろう。そう考えると、一斉に王族たちが突然死したのにも頷ける。先程も考えた通り、呪いについて知っているはずなのだから犯した行動によって何が起こるかくらい予想できるはずだ。
「……リア。オフィーリア!」
「……!」
パッと反射的に声のする方向に顔を向けると、にこやかな表情を浮かべたブルクハルトが側に立っていた。
……いけない! 今、資料解読作業中だったのに、ボーッと考え込んでしまっていた!
わたしは慌てて笑みを取り繕う。もしかすると真顔をブルクハルトに見せつけてしまったかもしれないが、今は考えないようにしよう。わたしの心の内を知らずか、敢えてスルーしているのか、ブルクハルトはにこにこと笑みを浮かべながら声をかけてきた。
「大丈夫ですか? ボーッとされていたようでしたが。驚かせてしまいましたね」
「も、申し訳ありません……。少し考え事をしていたので……」
「作業開始からだいぶ時間も経っていますし、少し休憩しましょう。もう少ししたら昼の鐘が鳴ると思いますが、効率も悪くなりますし」
「そ、そうですね……」
もうそんなに時間が経っていたのかと舌を巻いた。資料を必死に読み込んでいたので気付かなかった。好きなことをしていたら時間はあっという間なのだなと感じさせられる。
……そろそろ抜け出そうか。ここに来てある程度時間も経っているし……。
わたしがイディとシヴァルディに目線で合図すると二人はこくりと頷いた。了解した、という意だ。
「ブルクハルト様。わたし、少し……」
「あ、ええ。わかりました。今日もそのまま外で休憩されますか?」
「い、いいえ! 戻ってきますので!」
昨日のことを根に持っているのかブルクハルトが笑顔で尋ねてくるので、わたしは手をブンブンと横に振って慌てて否定する。この王子様、ネチネチしてるな……、と内心悪態をつく。
ブルクハルトは「良かったです。外に行かれるならご一緒しますので」と爽やかな笑顔を向けてくるが、適当に返事をして部屋を出た。……やっぱり付いてくるんじゃん、と思いながら。
『今からプローヴァ様のところに行くんだよね?』
部屋を出た瞬間、イディが改めて確認を取ってきたのでわたしは無言で頷いた。イディはそっかと一言呟くと、黙ってしまった。昨日の話が気になっているのだろうか。そのままお手洗いの方角に向かってコツコツコツと歩き続ける。
『ですが、リア。どのようにして時間を稼ぎながらプローヴァ様のところへ行くのでしょうか? お話を伺うとのことですので、まとまった時間が必要かと思いますが、今の状態ですと昨日と同様になってしまいますよ』
今さっきのやりとりではすぐに戻るという話だったことを気にして、シヴァルディが今後の方針を尋ねてきた。
昨日、ヴィルヘルムとのやりとりの後、報告書を確認してもらって追い出されるかのように解散してしまったのだ。ヴィルヘルム自身も考えることがあるのか、忙しいのか、「早く帰って休みなさい」と言われてしまった。勿論、「どうやって抜け出したらいいかお知恵をください」と助言を求めたが、「言い方次第だ」とシャットアウトされてしまった。ここで突き放されるとは思わなかったので、部屋に帰って足りない頭を悩ませながらうんうん考えることになった。そのため、シヴァルディとは情報共有があまりできていない。
いつもより早足気味でお手洗いの方に向かい、扉を慎重に閉じる。後ろを振り返り、ブルクハルトが付いてきていないかをきちんと確認もしておいた。さすがにこれで訝しんでわたしの後を追っていたら、嫌われると思うので、そんな無謀なことはしないだろうと考えてはいるが。
扉がぱたりと閉じて密室になったことを確認すると、わたしは右手を目の前に差し出した。手のひらを天井に向けて、そこに精霊力を集める。
『……リア、これは?』
ある程度力が集まると、右手に手のひらに収まるくらいの小さな人形が現れた。シヴァルディは見たことがないので、不思議そうに覗き込んでいる。人形と言っても西洋人形のように精巧なものではなく、漫画に出てくるようなデフォルメした簡素なものだ。これを絵に描けと言われたら、ものの数十秒で描けてしまいそうなクオリティだ。
「領主様の考えはわかりませんが、これがわたしの精一杯です。見ててください」
良い言い回しを教えてもらえなかったので、精霊道具に頼ることにしたのだ。しかしこれは悪用されては困るので慎重に扱わなければならない。わたしはその人形に自分の精霊力を叩き込んだ。
『え、リアが二人……?』
精霊力を注いでいくと、人形が風船のようにプーッと膨らんで「わたし」が出来上がってくる。シヴァルディはそれを呆然と見つめている。無理もない。突然わたしがもう一人現れたら驚くと思うし。
「人形に精霊力を注ぐことでわたしそっくりの人形を作ることができます。とてもよく似ているでしょう?」
『ええ、とても……』
「ですが作成時間が短かったので、意思を持って動く人形ではないのです。……ね? 全く動かないでしょう?」
もう一人のわたしは、その場に立ち竦んでいる。ピクリとも動かない様は異様だ。
本当はわたしの命令に従って動くロボットのようなものを作りたかったのだが、心というものを植え付けるのは難しいようで、何度かチャレンジしても無理だったのだ。姿形をそっくり映すはできても、からくり人形のように動かすことまではできなかった。
このままではこの人形は使えない。そう考えていたが、見ていたイディがアイデアをくれたのだ。
『シヴァルディ様。ですがこれで動くようになりました。見ていてください』
そう言うとイディがもう一人のわたしに近づき、手を触れた。すると人形は橙色の光を一瞬纏う。
それを確認してからイディは人形の真後ろで右手を挙げると、人形もスッと右手を同じポーズで挙げた。その後左手も同様に挙げると、同じように人形も左手を挙げた。
『これで動かせるということですか?』
『はい。ワタシがこの人形を動かすということになります。これで戻って作業する振りをしたら、ブルクハルトも怪しむことはないと思います』
『なるほど……。これも前世の知識ですか?』
「えーっと……、そうなりますかね? ハハハ……」
前世でそんなものが普通に使われていたなんてことはない。某国民的アニメや漫画でそんなものがあったなーと思って作ったものだ。シヴァルディは感心したように人形を見つめているが、わたしは乾いた笑いで誤魔化した。もしこんな便利な人形があれば、興味がない授業に代わりに出てもらったり、お使いしてもらったりといろいろと使えそうだが、そんなものがあれば問題もたくさん起こると思う。
「この精霊道具は良いところもありますが、問題点もありますし、悪用もされかねません。ですので広まるのは阻止したいので、ここだけの秘密にしておいてください」
『ヴィルヘルムにもですか?』
「はい。寧ろ領主様くらい位が高い人ほど使い勝手は良いと思うので、特に。影武者とか、行きたくない会合に参加させるとか色々と使えてしまうので。それでこれの秘密がバレて広まると大変なことになりますから」
便利なものほど使い方を考えなければならない。秘密にしようとしてもどこで漏れてしまうのか未知数だ。それならば広めずにひっそりと使えば良い。ジギスムントの片眼鏡のように。
シヴァルディは『リアがそう言うならば……』とこの道具について黙っておくことを承諾した。イディと契約を結んでいるのはわたしだけだが、シヴァルディはヴィルヘルムとも結んでいるのでここのラインが心配なところだったのだ。でも、きちんとお願いしたらシヴァルディもわかってくれるとは思っていたので、そこまで神経質な感じではなかったが。
初めからこれを作ればよかったとは思ったが、これを使うことのデメリットも多いし、結局何が正解かはわからない。
『ワタシが資料室に戻り、ブルクハルトを監視しますのでシヴァルディ様はリアに付いてあげてください。もし何か動きがありましたらシヴァルディ様に連絡します』
『ええ、わかりました』
「お願いね、イディ」
イディはニコリと頷くと、もう一人のわたしを操りながら扉の外へと出ていった。昨日作成してからたくさん動かす練習をしたので手慣れている。
「では、行きましょうか」
『ええ、リア。案内をお願いします』
イディたちが部屋を出て行ってから少し経った後にわたしとシヴァルディも動き出した。
向かうは、精霊王が眠る部屋。そこに向かう途中でおそらくシヴァルディも弾かれてしまうが、途中までも付いてきてくれるのは有難い。その話も念のためにシヴァルディに話しておいた。勿論、わたしが中に入ると念話も難しいことも。
隠し部屋がある部屋は資料室の近くにある。この古城の規模もそこまで大きくないので、もしかすると国王の私室か執務室のようなものだったのかもしれない。結構奥の方にあるし。
シヴァルディはあまり古城に来ることはなかったのか、物珍しそうにキョロキョロと辺りを見ている。
『ここが隠し部屋ですか……』
「はい。名を呼ぶと開きます。精霊王プローヴァ、初代王ラピス……」
昨日同様に壁の文字が急にキンッと白く光ると、触れていた壁がスンッと消えた。シヴァルディは入りたそうだったが、イディと同様に弾かれてしまった。わかっていたことなので、シヴァルディは何も言わない。
『リア、気を付けてください』
「はい、いってきますね」
わたしは精霊王に改めて会うために、彼の部屋に繋がる通路へ一歩踏み出した。




