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第十五話 精霊王プローヴァ

遅くなって申し訳ありません。


 頭がくらくらし始めた。

 これはダメなやつだ、と直感的に感じるが、まだまだ注がなければならないことはわかっている。しかしここで注ぐことを止めてしまうわけにはいかない、と踏ん張って玉に注ぎ続けるが限界は近い。


 ……どうしたらいいだろう。


 わたしは目を開ける。目の前の玉は発光などしていない。それどころか、土に水が染み込むようにわたしの精霊力をぐんぐんと吸い込んでいる。

 しかし玉の周りには大きな変化が起こっていた。光らない玉ばかりに気が取られていたのですぐには気が付けなかった。わたしはその変化を凝視してしまう。

 玉の周りはただの土でしかない殺風景な状態だったが、ゆっくりと青々とした芽が伸びていたのだ。土色の地面が緑一色へと変わっていく。まるで早送り再生の映像を見ているようだ。けれどこの現象は現実の時間の中で起こっているものだ。


 精霊力がこの玉を通じて地面へと広がっているんだ……。力を得た地面はそれをもとにして芽吹く、ということはここも枯渇しかけていたということなのね。


 ジャルダンの地で精霊力を石柱に注いだ時も似たようなことが起こっていたことを思い出す。草原のように生い茂る植物たち、大輪のものを咲かせる花々と、生命力に満ち溢れた光景だ。この地は力を注ぐことでそれを栄養とし、ぐんぐんと成長するのだ。今あるこの光景はわたしの精霊力をもとにして成長しているということだ。コンラディンたちはここを知らないだろうから、この土地は約二千五百年ほど放置され少しずつ力を失っていたのだ。

 植物たちは順調に力を得て、背丈を伸ばしている。水を得た魚のように生き生きとした様子だ。


 しかしこのままこの調子で精霊力を注ぎ続けていたら、わたしの精霊力は限界になり、枯渇のため倒れてしまう。ここまで来て倒れるわけにはいかない。

 満たされることのなさそうな玉をじっと見つめ、どうしようかと悩む。このまま精霊力を叩き込んでも、気分が悪くなるのが早そうだ。わたしは少し注ぐ量を減らすために、手から流している精霊力の通路を狭めることをイメージした。きゅっと細くし、出ていく穴を小さくする絵を思い描く。


「あ……、何だか軽い感じになった……」


 イメージ通りになったのか、スッと体が軽くなる。そしてしばらくすると頭のくらくらも少しずつマシになっている気がする。注いでいる量は微量になるが、持っている回復量の方が多いのだろう。少しずつ熱が戻っていくような感覚がある。これならば倒れる心配はなさそうだ。ただし回復を待っている間の時間ロスはあるが、そこは仕方がない。倒れてしまう方が問題なのだから。

 わたしはこのままある程度自分の精霊力が回復するまで待つことにした。塵も積もれば山となるという言葉もある通り、微量ながらも注ぎ続けていればそれなりの量にはなるはずだ。それでも足りなければ回復を待った後にまた多量を注げば良いのだ。


 だが、精霊王が眠っているだろうと考えるこの玉は予想以上に精霊力を要求していた。回復まで待っても発光すらせず、回復した精霊力を注いでも変化はなかった。おかげで何度か回復するのを待って注ぐという作業をする羽目になった。思った以上に時間を取ってしまった。この作業が終わり次第、すぐに戻らなければそろそろ大変なことになりそうだ。


 ……シヴァルディ、ブルクハルト様の様子はどう?


 わたしは資料室での様子を尋ねるために念話を送った。いつもならば返事が来るのにもかかわらず、シヴァルディからの応答はない。念話がうまくいかなかったのかともう一度送ってみるが結果は同じだった。

 どういうことなのかという焦りを感じつつ、次はイディにも「聞こえたら返事をしてほしい」という旨の念話を送る。シヴァルディと同様に返事はない。

 胸がざわざわとする。返事がないということは二人に何かあったかのか。そう考えてすぐに考えを否定した。この古城にいるのはわたしとブルクハルトくらいだ。イディやシヴァルディを視認できるのは、特殊な道具を持たない限り不可能に近いことだ。ということは、この空間は他の精霊との交信を遮断する役割があるということだろうか。そう考えるとそちらの方が可能性が高い。


 つまりは今、わたしは情報を得ることができず、外がどのような状況になっているのか把握できないということだ。もしブルクハルトがわたしの帰りが遅いことに気が付いて探し始めていたら、非常に面倒なことになる。それに念話が通じないと知ったシヴァルディやイディも焦っているに違いない。早めに戻る方が良さそうな気がする。

 わたしはとりあえず一旦区切るために、残っている精霊力を玉へと叩き込むことにした。もしここで呼び出せなくてもまだ日数はあるので、また明日にチャレンジすれば良い。今日のことをヴィルヘルムに報告して、助言を貰っても良いだろう。

 一気に精霊力を注ぐために出口を大きく広げるのをイメージして、玉に短時間で注げるように解放していく。


 すると急にパアッと青色の玉が光り輝き始めた。突然の発光にわたしはビクリと体を震わせてしまった。ふと玉の周りを見ると、青々とした草花は大きく成長していて、背丈も十分に伸び、大きな花を咲かせていた。じっと他のことを考えていたものだから、その成長に舌を巻く。


 今日最後だと思っていた一押しで、最低量は注げていたみたいで、カッと瑠璃色の光がわたしを襲った。その眩さにわたしはきゅっと目を瞑って、自身の目を守った。


『……ああ、何年ぶりだろうか……』


 視界が遮断されていたが、聴覚はきちんと働いている。目を瞑っていたわたしの耳に入った声は、張りのある響きの良い男性の肉声だった。発光が止んでいることを恐る恐る確認して、わたしはゆっくりと瞼を開ける。

 目の前に一人の人間が佇んでいた。肩まで伸びる真っ白な髪、瑠璃色の瞳、ローブのような体格を隠すような服を被っていた。そこから伸びるすらりとした手足から女性と見間違えそうになるが、先程聞いた低い声から男性だということはわかっているのですぐにその考えを否定した。

 あまりの美しさにわたしはゆっくりと玉から手を離し、だらりと下へと下ろした。その途端にドッと疲れが押し寄せるとともに気分の悪さと頭痛に襲われた。フッと力が抜け、その場にへたりと座り込む。


「あ……」

『限界が近いのだろう。問題ない。すぐ回復するだろうからそのまま座っていなさい』


 一瞬の出来事にわたし自身が吃驚してしまうが、目の前の男性は慌てるわたしに優しい言葉をかけてくれた。彼の言う通り、少しの間座っていれば失われた精霊力は急激に回復するので、すぐに動けるようになる。目の前の人物はそれがわかって言っているのだろうか。

 「貴方は一体誰なのか」と問いかけようとして、押し寄せる頭痛に顔を(しか)める。ガツン、ガツンと頭を殴ってくるような頭痛は久しぶりだ。わたしはこめかみに手を当て、痛みを堪えるように歯を食いしばる。しばらくしたら楽になるのがわかっているとはいえ、この痛みには相変わらず慣れないものだ。

 そんなわたしの様子を見下ろすように見ていた男性はゆっくりと下に降りてきて、手のひらをわたしの目の前に広げるようにして差し出した。眉を(ひそ)めながらその様子を見ていると、激しい頭痛がふっと和らいだ。


『少し精霊力を返しておいた。我を呼び起こすために使ってもらったものだが、このくらいなら問題は無いだろう。後で貰うことにはなるがな』

「ありがとう、ございます……」


 まだ頭痛は残るが、(うずくま)るほどのものではない。わたしは礼を言いながらも、ふらふらと立ち上がる。後は自然の回復を待つしかない。しかしそれを待っていたら時間がない。席を外してから思った以上に時間が経っていると思う。早くこの場から離れて戻らなければならないが、今の状況を知ることも必要だ。わたしはこめかみを強く押さえながら、目の前の男性の素性を尋ねようと切り出す。


「貴方は……、精霊王プローヴァ様で間違いないですか?」

『無色の娘よ、我が其方の言うプロ―ヴァだ。我を呼び起こしてくれたこと、感謝する』

「ああ……、良かった……」


 一番に辿り着きたかったところに辿り着けたことにホッと安堵する。その瞬間にヴィルヘルムをはじめとするジャルダンでお世話になった皆やジギスムントの顔がフッとよぎった。


『我はどのくらいの間、眠っていたのだろうか。呪いの反動で眠りについたことまでは覚えているのだが、眠っている間にこのプロヴァンスの地はどうなっているのかわかるか、無色の娘よ』

「呪い? 無色?」


 いきなり訳のわからない単語が入っていることで、混乱してしまう。ああ、早く戻らないといけないのに! いっそここで切り上げてとりあえず戻るか? と焦りも出てきてしまう。

 プロ―ヴァはどうしたものかと考える素振りを見せ、わたしから距離を取った。


『呪いとは精霊の呪いのこと、無色とは精霊力の色の中でも特殊なもの、と言った方がわかりやすいだろう。……だが、ゆっくりと説明するには時間が足りないようだ。また明日にでも来るが良い。我はここから出られぬ』


 そう言うと、プローヴァは蒼い光を纏いながらフッと消えてしまった。

 ぽかんとしばらくプローヴァがいた空間を見ていたが、何も起こらないことでハッとしてすぐに踵を返した。とりあえず一刻も早く外にいるイディと合流して戻らないと!

 わたしはプローヴァがいた間を後にした。



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― 新着の感想 ―
[一言] おおー!遂に精霊王プローヴァが目覚めましたか! 起き抜けに新たな謎を残してくれましたが、オフィーリアって白色じゃなくて無色だったんですねえ 何にせよもう少しでオフィーリアの苦労も報われる………
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