第十四話 プローヴァが眠る間
明かりはランタン一つのみ。他に明かりが灯るようなものは無さそうだ。
一番初めにイディと作成したこの精霊道具がまた活躍するとは思わなかった。しかしそのイディはここへ足を踏み入れることは叶わない。今までイディたちを阻害するものはなかったのだが、ここにきて初めてそのような仕掛けが施された空間だったことに驚きと期待が入り混じる。
もしここでビンゴなら、一番探していたものが見つかったということ。……これで交渉をして、わたしはある程度の自由を手に入れられるはず。
このプロヴァンス王国で眠る精霊を全て呼び覚ましたり、土地に精霊力を注いだりするのは、わたしやヴィルヘルムの力だけでは難しい。
情報が失われる前ですら、多くの貴族を巻き込んでいたのだ。たかが二人の精霊力では全く足りないのは目に見えているし、シヴァルディが『以前のジャルダンよりもヴィルヘルムは力が弱い』と言っていたことも引っかかる。昔はもっと力の強い者がいたということだと考えると、今の状況で目的を遂行しようとするのは絶望的だ。
だからコンラディンやブルクハルトの力も借りながら対処する必要があるのだ。けれどその過程でヴィルヘルムやわたし、そして周りの皆が犠牲になるのは一番困る。そのために危ない橋を渡りながらもここまでやってきたのだ。
コツコツと何も無い暗い廊下を歩き続ける。人ひとりすれ違えるかどうかの狭めの通路だからか、妙に緊張が高まり、不安感に包まれる。引き返すわけにもいかないので、ゆっくりだが奥へ奥へと進んでいく。
しばらく歩いていると行き止まりにぶち当たった。
「……壁?」
注意深く観察するためにランタンを近くに当てるが、ひんやりとした白い石壁しか見えない。ここまで一本道だったので、道順がおかしいとかでもないはずだ。
ここまでの設備をして、行き止まりなんておかしい……!
今見えている事実を受け止めきれず、わたしは手を前へと伸ばす。すると白壁に見えていたところは、スカッと空を切った。壁に手が当たると思っていたわたしは突然の出来事に少しよろめいた。
何とか立て直し、壁の方を見ると、手首が全部白壁に埋まっていた。いや、埋まっているように見える。右手は埋まっている感じはなく、自由に動かすことができる。目の前の壁はそう見えるだけなのか? と不思議な気持ちに襲われながらも、恐る恐る白壁の方へと一歩踏み出す。
普通ならば壁にぶち当たり、これ以上は進めないはずだが、そんなことはなく、すんなりと壁を通り抜けた。
……どういうこと?
今起こっていることが整理しきれずに、後ろを振り返るが、白壁が一面に広がっている。しかしその壁は水面が波打ったかのような不可思議な状態だ。……わたしがここを通ったからか? と仮説を立てるが、証明しようにも情報が足りず、考えることを止めた。
確実に言えるのは、この空間は秘匿とするために幾重にも工夫を凝らされた場所だということだ。
「ここに、やっぱり精霊王プローヴァがいる、のかな……?」
あの時、イディは全ては言わなかった。けれど言いたいことはこちらにも伝わった。
こんな短期間で見つかるとは思わなかったが、それはとても有難い。春の会議がそろそろ終了し、わたしは領地へと帰らねばならない。もしかすると帰るまでにまた何かあるのかもしれないが、精霊を目覚めさせるためにできることがまた遠のいてしまいかねないのだ。
探さないとわからない、よね? この先に何があるのか早く確かめないと……!
決意を固くして、背にある白壁から奥へと繋がる方へと目をやり、わたしは慎重に歩を進める。ランタンの白い光が狭い通路を照らしてくれるので、安心して進むことができる。けれど、それとは反対に、何が起こるかわからないという不安感が強くなっていく。
コツ、コツ、コツ、と靴音が響く。ゆっくりと慎重に進んでいるので、その音はゆっくりだ。
しばらく歩き続けても全く景色が変わらないので、もう引き返すべきなのかと悩み始めたその時、通路の奥の方から光が漏れているのが見えた。日の光が入る場所に繋がっているのかと、わたしは見えた明かりに安堵し、少し小走り気味に光の方へと駆けていく。長いトンネルを抜けるように少しずつ明るくなっていく。
そして、完全に明るくなった時、一つの広めの空間へと出た。
ぐるりと石壁に囲まれた空間。その中心には、台座があった。石壁に窓などはなく、何故ここは明るいのかと疑問に思ったが、見上げると納得した。天井はガラスのような透明なもので覆われていたのだ。そのため日の光がこの空間を照らしてくれるのだ。
わたしは台座へと視線を移し、確認をするためにゆっくりと近づいていく。この空間は台座以外何もない。シヴァルディやクロネがいたところのように多くの花々が咲き誇っているわけでもなく、蔦が伸びきっているわけでもない。けれど地面は古城でよく見られた石床ではなく、土だ。植物一つ生えていない様は物寂しいような気がするが。
台座の上には一つの丸い美しい宝石のような輝きを持つ石が置かれていた。その色は青く、神秘的なものを感じる。そして直感的に感じた。
────確実にこの場所に精霊王が眠っている、と。
ごくりと生唾を呑む音が聞こえる。探し求めていたことが目の前に現れて、感情が高まっているのか手が震えている。わたしは震える右手で左手を押さえた。落ち着くためにわたしは大きく深呼吸をして、じっくりと青い宝石の玉を見つめた。
ここに精霊力を流したら精霊王は目覚めるのだろうか? それともシヴァルディたちとは別の特別な条件とかがあるのだろうか? ……とりあえずやってみるしかない、よね。
わたしは右手をゆっくりと玉へと伸ばす。
王族だけが触れると仮定している石柱を何故かわたしは触れるので大丈夫だとは思うが、もしここで弾かれたらどうしようもない。それならばブルクハルトを呼んで、目覚めさせてもらうしかない。そうなるとわたしはこれで用なしとなる可能性が高いので、できるだけそれは避けたいところなのだけれど。
息をゆっくりと吐きながら慎重に触るが、ヴィルヘルムが弾かれていたようなあの拒絶は起こらず、わたしの右手はぺたりと玉に触れることができた。ひんやりとしたそれは長らく触られていないのだろうと感じさせる。だが、埃一つ被っていないのは不思議だ。
わたしは目を閉じて集中力を高める。触れている玉だけを感じるようにし、恐る恐る自分の精霊力を注いでいく。
初めはちょろちょろと蛇口から水が垂れるような量を注いでみたが、特に何も起こらないので少し安心して注ぐ量を徐々に増やしていく。シヴァルディやクロネを目覚めさせる時ですら、かなりの精霊力が必要だったのだから精霊王となればもっと必要になるだろう。考えるだけでも恐ろしいが。
わたしは右手だけでなく、左手も添えて注ぐ量を二倍にしてみる。それでもなかなか反応はない。
……もっと注がないとダメってこと?
頭ではわかっていたつもりだったが、その注ぐ量の多さに引いてしまう。けれど呼び出さない限りは何も話は進まないので、わたしは本腰を入れて精霊力を注いでいく。
今までならばある程度注いだところで熱が上がるような感覚がするが、今のところそのようなことは起きていない。気分はちょっとずつ悪くなっているような気もするが、それでやめてしまうわけにはいかないので、唇を噛みしめて精霊力をひたすら引き出し続けた。




