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第十一話 懐柔したいのだろうか


 午前中いっぱい、一冊の本を読み進めていたがやはり時間がかかって仕方がない。初期よりは短い時間で読むことができるようになっているが、使い慣れた文字よりは慣れていない代物なので数倍の時間がかかってしまう。実際に半分ほどしか読めていない。

 ちなみに今読んでいる本は、精霊王と王家の関係と表紙に書かれていたものだ。半分ほど読んだが、初代王が精霊王と心通わせてから、その子孫たちがどのように精霊王と関わってきたか書かれていた。既知内容もあったが、精霊王と契約できるのは国王となる者だけで、場所も口頭で引き継がれるほどの徹底ぶりだそうだ。もちろんこの本などにも書かれていなかった。一発目に引き当てられた、ラッキーと思っていたがやはり上手くはいかないようになっているのかとがっかりした。

 関わりとしては、土地に精霊力を注ぐために使う精霊力を溜める器をともに作成すること、そして精霊王の予知を元に国を運営していくことが主なものだった。しかし精霊王の予知は一瞬的なもので、大きな水害や風害、虫害が主で「これがあるから、あれを行う」的な助言のようなものはなかったようだ。あくまでも精霊王は予知を国王に伝え、その情報をもとに国王たちが動くというスタイルになっている。これから土地に精霊力を注ぐ関係のところを読む予定だが、精霊王の居場所が書かれているとは到底思えない。


 この本には今欲しい情報は書かれていないかもしれない……。それならば他の本に移る方が良いのかな……。でも、口頭で居場所を伝えていると考えると本に残そうとするのは考えられない……。


「お疲れですか? そろそろ昼食にしませんか?」


 考え込んでいて手が止まってしまっていたのを見かねたのかブルクハルトが笑みを浮かべながら声をかけてきた。わたしは前に垂れていた銀髪の横髪を耳にかける。


「ではわたしが準備いたしますね。車に置いてあるのならば取りに行きます」

「貴女だけに準備させるなどできませんよ。私もお手伝いします」


 真っ黒な瞳をこちらに向けてブルクハルトは柔らかな笑みを向けてくる。昨日と言っていることが違うことから、ヴィルヘルムたちが言っていたことが現実味を増す。こちらに気がないことを態度で示していかなければならないと気を引き締める。


「ブルクハルト様にそのようなことをさせられません! こちらで準備させていただきますので、どうかお待ちください」


 わたしは首を横に振り、ブルクハルトが動きを止めるように制した。ブルクハルトは困ったような顔つきになると、「どうしましょうか……」とどう言おうか考える仕草をした。


『やっぱりブルクハルトはリアに良い顔がしたいみたいね』

『動機の予想が付きますが、リアに気持ちがなければ不可能なのでリアはそのまま気を付けて行動してくださいね』


 一連のやりとりを見ていた精霊たちはブルクハルトをかなり警戒している。わたしは視線で「わかった」と合図を送ると、イディは『困ったらすぐに頼るんだよ』と助言をくれた。


「昼食は確かに車に置いてあるのですが、重いものですのでやはり私も付いていきますね。さあ行きましょう」

「ですが……」


 ブルクハルトはにこりと笑うと、廊下に繋がる扉へと歩いていく。わたしがどう言おうとも大人しく待たず、付いてくるつもりのようだ。


 ……正直面倒臭いな。


 口に出して言いたいところだが、相手は王子様だ。さすがにそんなことを言ったら不敬で済まない。ヴィルヘルムにもアルベルトにも迷惑が掛かってしまう。


「私の立場を気にしているのならばお気になさらず。ここは私とオフィーリア以外いませんので、多少のことはなかったことにできますので問題ありませんよ」


 扉を開けながらブルクハルトは作り笑顔満載の顔を向けてくる。

 ここにはブルクハルトには見えないイディファッロータとシヴァルディという精霊がいるのですが、と突っ込みを入れたいところだがまあ置いておこう。何度か突っぱねてみたが、ですがですがと理由を付けられて付いてくるだろう。ここは諦めるしかない。ああ面倒臭い。


「……わかりました。ですが、給仕は慣れていますので本当にお気遣いいただかなくとも問題ありませんよ……?」

「そうでしたね。でも私がしたいので気にしないでください」


 そう言いながらわたしは資料室から外に出た。ブルクハルトはにこにことした表情で歩き始めている。


「この古城に来ることはほとんどないので詳細に造りを把握できていないのですが、大きな城でしょう?」

「……はい。石造りで素朴ですがきちんとしたものなのはわかります。王城とはまた違った趣があるので見ていて興味深いです」

「この古城や王城を築城したのは初代王だと聞いています。精霊とともに力を合わせて築き上げたと残っていましたよ」

「そうなのですか。初代王は多くのものを残していたのですね」


 ということは精霊殿と同じこの建物も精霊力を注いで維持する形の建物に違いないと確信する。こんな会話の中でも得られる情報もあるのかと思いつつ、わたしは笑顔をブルクハルトに向けた。この古城の造りのことを聞いても良いかもしれない。


「……ですが、何故か初代王の情報はほとんど残っていません。もしかするとあの資料室にはあるのかもしれませんが……」

「そうでしたか。ではそれも並行して探しておきましょうか?」

「できればで良いのですよ。精霊王のことを調べるのを優先させてください。我々は精霊のことを追っているのですから」


 精霊王のことを優先させたいブルクハルトは首を横に振った。確かに初代王のことは創世記以外で目にしたことがなく、わたし自身も初代王のことを知らない。

 名前は確かラピスとシンプルなものだったと記憶している。だが名前と国を興したことくらいしか知らないのだ。調べていくうちに直系と傍系にわけたり、儀式の情報を伏せたりとしていたが、ラピスという初代王が絡んでいる可能性が高いだろう。

 精霊王を調べるうちに彼のことも明らかになるだろうか。ラピスは精霊王と心を通わした最初の人物なのだから。


「精霊王のことで何かわかれば教えてくださいね。ですが決してオフィーリアは無理しないように」

「……ええ、はい。わかりました……」


 気を遣われ、笑顔を向けられわたしは恐縮してしまう。適当に返事をし、にへらと何とか作り笑いを浮かべるのが精一杯だ。


「あ、もしわからないことなどありましたら、それも遠慮なく尋ねてくださいね」

「ありがとうございます……」


 ペースに呑まれてしまいそうなったが、そんなところで車に到着した。そこまでの距離はないのであっという間だ。わたしは車に乗り込み、昼食の籠がある場所を探す。しかしそんなものは見つからず、わたしは首を傾げた。


「ああ、ここですよ。オフィーリア」


 そう言いながら狭い車の中に乗り込んできたブルクハルトはわたしを押し退けて、床下を指差す。よく見ると床が取り外せるような仕組みになっているようで、ブルクハルトがカパリと板を退けるとその下は隠し収納のような小さな空間があった。そしてその中に昼食の籠が幾つがある。


 これは初見じゃ見つけられないよ……。領主様も良く見つけられたね……。


 あまりにもヘンテコな場所にあるので口をぽかんと開けて呆れてしまう。ブルクハルトがヴィルヘルムに用事を言い付けて排することで、わたしとの時間をできるだけ多く取りたかったのではということが改めてわかり、頭が痛くなってきた。


「さあ早く戻りましょう。午後のこともありますから美味しい昼食を食べて頑張りましょう!」


 ブルクハルトは爽やかな笑顔でそう言い切った。そしてその手には籠が二つほど。床に残っている籠はあと一つだった。……やってしまった。




「オフィーリアはヴィルヘルムの婚約者なのですよね?」


 昼食を食べ終え、食後のお茶を飲んでいたところでブルクハルトが突然尋ねてきた。思わず持っていたカップを揺らしてお茶をこぼしそうになったが、何とかこぼさずに済んだ。ちなみにお茶を沸かすための精霊道具が入れてあったので、熱々のお茶を淹れさせてもらった。フェデリカのように美味しいものは淹れられないが、見よう見まねでそれなりのものはできたはずだ。


「ええと、そうですね。お知らせしている通りです……」


 突然何を言い出すのかと様子を窺うが、ブルクハルトの表情は笑顔である。ただしわたしでも作り笑いとわかるくらいのものだが。


「……それはオフィーリアは納得しているものなのですか?」


 なかなか突っ込んだことをお聞きになると思いつつ、「そうですね……」とすぐに答えないように濁した。横で事前に渡しておいた昼食を頬張っているイディを見ると、パンを握りつぶす勢いで立ち上がっていた。彼女の口には大量のパンが詰め込まれているのか、ふがふがとしか声が出ていないのが間抜けで仕方がないが。


『直球できましたね。伝わらないと踏んだのでしょうか? リア、気をつけてくださいね』


 ふわりとわたしの体を支えるようにシヴァルディが降りてきて声をかけてくる。わたしは小さく頷くと、ブルクハルトを真っ直ぐ見据えた。


「もちろん納得しています。わたしを拾ってくださったのですから感謝はあれど、文句などありません」


 きっぱりそう言い切るとにこりと笑ってやった。リアである時に助けてもらった恩があるのだから、納得しているしていないなど関係ない。しかもこの婚約はわたしを守るためにしてもらっているものだし。


「ですが貴女はヴィルヘルムを愛してはいないでしょう? まだ十を過ぎたばかりの子どもが家の都合で……」

「家の都合、ですか?」

「貴族である限り避けられないことではありますが、ヴィルヘルムは貴女を手中に収めるために結んだものとしか思えないのです。貴女とヴィルヘルムの間に愛があるのならばまだ良いのですが、貴女の様子からそういうわけではなさそうですし……」


 貴族の結婚ってそういうものじゃないの? と疑問に思いつつ、大袈裟に悲しむブルクハルトをじっと見つめる。


「貴女は自由に生きることができる。そして私には貴女を救う力があります。オフィーリアがもし自由に生きたいのならば、私は喜んで力を貸しましょう」



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― 新着の感想 ―
[一言] ジキスバルト王子みたいな一筋縄じゃ行かない感じ……
[一言] 立場上逆らえない人から、こうもぐいぐい来られるとオフィーリアじゃないですが面倒臭いですねえ 自由に生きたいって言ったら何をやらかしてくれるのやら……
感想一覧
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