第十二話 マルグリッドの隠し事 前編
「今日の夕食はリアが作ったの?」
「うん、そうだよ。あ、でもサラ姉さんにスープ作りはしてもらったけど」
夕食が終わって片付けをしながらアモリが尋ねてきたのでわたしは肯定する。するとアモリは「やっぱり」と呟いた。
「昨日食べたやつと同じくらい美味しかったからそうかなと思ったんだ」
「リア姉ちゃん、すごいわっ!」
「おいしかった!」
近くで机を拭いていたレミとギィは嬉しそうに飛び跳ねながら言った。喜んでもらえたのなら良かったと安心し、二人に微笑んだ。
「リア姉ちゃん、ほ、本当においしかった、よ? 他のみんなも、目の色、変えて、た、食べてたもん」
「良かった。ありがとう、ロジェ」
みんなが食べた後の食器を持ってロジェが言う。食事当番はサラだったので他の子どもたちは食事後にサラにどう作ったのか聞いていたけど、サラは素直にわたしから習って作ったと言っているらしい。そのおかげかわたしをチラチラ見る目線が気になって仕方がないが、片付け中なので話しかけてこようとはしないのでとりあえず無視しておくことにした。
「ところで、その料理取ってるの? 先生にあげる約束してなかったっけ?」
「うん。別で分けてるよ。今から持っていくつもり」
「そっか。先生、どう言うかな。もう片付けも終わったし私も付いていこうかな」
アモリが机を拭いた布巾を畳みながら楽しそうに笑った。この後はいつも魔力供給をしてもらって休むのでついでにそれも済ませてしまってもいいかもしれない。わたしも同じように布巾を畳むとそのまま調理場に返却しに行く。ついでにこっそりイディに頼んでマルグリッドの分の料理を取り出してもらう。
「あとはまかせてもいい?」
大方の片付けは終わったが念のためロジェたちに確認を取ると、ロジェが笑顔で頷き手を振ってくれた。同様にレミとギィも両手をブンブンと振っている。わたしはお礼を言うとそのまま食堂を出てマルグリッドがいる彼女の自室へと向かう。
「酸っぱいパミドゥーがあんなに美味しくなるとは思わなかったよ」
向かう道中にアモリが夕食のことを思い出しながら感心していた。パミドゥーは生で食べるのが普通だったので酸味をより感じやすかった。いつも食べていたトマトのように甘みもあれば良いのだが、パミドゥーは糖度が高くないのかそこまで甘味を感じない。だからスープにしてしまえば他の野菜の甘みが加わって食べやすくなると思ったが、やってみて大成功だったようだ。
「ベーコンがあったのが良かったんだよ。そのおかげで酸っぱいのがマシになったんだから」
「リアは良く知ってるね。それも、精霊のおかげ?」
冗談めかしてアモリが困ったように笑う。わたしが以前の言ったことを誤魔化したことから聞きにくいのかもしれない。馬鹿正直に「前世の記憶です」とは言いにくいのでツッコんでこないのは助かるけれども。わたしも肯定も否定もせずにへらと誤魔化すように笑うとまたアモリはこれ以上聞いてはこなかった。
そうしているうちにマルグリッドの部屋の前まで辿り着いた。アモリが扉に付いているベルを三度鳴らした。
「マルグリッド先生〜、アモリとリアです」
「忙しい時間にごめんなさい」
二人で扉の前で奥に聞こえるように言うと、奥でパタパタと足音が近づく音がする。そして扉が開くと灰色の髪を結い上げた女性が現れ、軽く睨み付けられた。孤児院で見たことがない人物なので思わず用心して見てしまう。
「御用は何でしょうか?」
サラより年上に見える彼女はわたしとアモリを見下ろして不機嫌そうな声で言う。マルグリッドと同様にきちんと身なりを整えられていることからわたしたち孤児とは違った存在であることは言われなくともわかる。アモリもそれを察したのか、笑顔が消え俯いてしまった。
何も言わない目の前の子どもに苛ついてきているのか目が吊り上がっていくのでわたしは何か言わなければと慌ててアモリを守るように立ち塞がった。
「失礼しました!マルグリッド先生に約束していた料理を渡しに来ました。今お会いするのが難しければお願いしてもよろしいでしょうか?」
目線は合わせないようにしてお辞儀をしながら持っていた料理を差し出す。目上の人の対応は前世で慣れているので何とか落ち着いてすることができた。
女性は何も言わず、そのまま時間だけが過ぎていく。もしかするとあまり時間は経っていないのかもしれないが、ピリピリとした雰囲気が怖くてとても待たされている感覚になる。
「本来は事前に面会を願い出てから会うものですが、今ここで断るのはマルグリッド様の本意ではないでしょう。なので、今から聞いてきます。待っていなさい」
「ありがとうございます」
素っ気なく圧のある声で言われるがこれ以上不興を買うのは良くないので、わたしはひたすらに地面を見て感謝を述べる。わたしの態度については特に言及もなかったのでこれが正しかったようだ。
そして女性が扉を開けたまま奥へと引っ込んで行ったのでわたしは深く息を吐いた。一気に力が抜けかけて持っていた食器を落としそうになった。危ない危ない。後ろにいるアモリも力が抜けたのかへたりと地面に座り込んでしまった。
「あれ……、誰なの? あんな人、ここで見たことないけど……」
「わからない。けど、目線は合わせちゃ駄目みたい。あの人が帰ってきたら合わせないように目線を下げてて。言葉遣いが心配ならわたしが全部言うから」
わたしはアモリの方を向いて淡々と注意事項を伝えた。アモリは力なく返事をするとヘロヘロになりながら立ち上がる。今まで出会ったことがなく言われたことがないくらい厳しく無機質な言葉がけだったので恐怖が走ったのだろう。
立ち上がったことを確認し、また振り返った。今いる場所はどうやら玄関のようで少し開けている。開いた扉の奥を見るとワンルームではなく幾つかの部屋に分かれているようだ。先生たちの部屋は見たことがないが、一職員の部屋としては高待遇すぎる。マルグリッドはわたしたち孤児の育手だが、精霊力を分けてくれる育手だ。
本来精霊力を持っているのは────、貴族だ。
パズルのピースがピタリとハマるように、今まで考えてこなかったマルグリッドという人物が見えてくる。
なぜ今までその可能性を考えてこなかったのだろうと内省する。
あの言葉がけを目の当たりにすると今までいた環境とは大きく異なることを実感する。嫌な汗が出ているのか気分が悪い。
「お待たせしましたね、アモリ、リア」
「先生……」
後ろに件の女性を従えてマルグリッドが現れた。上から押さえつけるような態度を見せていた女性は今や俯いて大人しくしている。この女性はマルグリッドより立場が下なのだろう。
わたしもアモリも目を伏せがちにして大人しくしている。いつもなら笑顔で話しかけてくるわたしたちとは異なる様子にマルグリッドは目を細めちらりと横目で後ろにいる女性を見た。そして、すぐこちらを向いて安心させるように微笑んだ。
「約束通り料理を持ってきてくれたのでしょう? ここでは落ち着かないですし、二人の部屋にいきましょうか。アリア、魔力を与えてくるので寝室を整えておいてください」
「かしこまりました」
そう言ってマルグリッドはわたしたちを連れて孤児たちが暮らす部屋へと向かおうとする。わたしは後ろを振り返りアリアと呼ばれた女性を覗き見るが、彼女は見送ることもなくさっさと奥へと戻っていった。
「ごめんなさい、怖かったでしょう。彼女は悪い人ではないのですよ、ただ……」
少し歩いたところでマルグリッドがわたしたちと目線を合わせて謝罪する。しかしすぐにその後の言葉が続かないのか言いにくいのか瞼を伏せた。
アモリは青ざめるくらい怖がっていたが、マルグリッドの部屋から離れたこともあり調子を少し取り戻していた。マルグリッドの続かない言葉に首を傾げている。
『マルグリッド、やっぱり貴族なんだね』
パッと光らせながら現れたイディが確信したかのように呟いた。わたしは静かに頷いた。
「先生?」
アモリは困った顔のマルグリッドを見て不思議そうに尋ねた。マルグリッドがぎゅっと唇を噛み締めたのが見えた。自分が自分たちとは別の位の人間であることを言うことを躊躇っている様子だ。
「アモリ、あの人は少し調子が悪かったんだよ。だから気にしないでいいよ」
わたしはアモリの目を見て安心させるように言った。わたしの何もないいつも通りの表情を見てアモリはホッとした表情を見せて「わかった」と笑みを見せて言った。
マルグリッドは目を見開いてわたしを一瞬見たが、すぐに表情を取り繕って微笑みを見せた。
「大丈夫ですよ、アモリ。さあ部屋に着きましたよ、入りましょう」
そう明るい声で言うのを聞いてわたしは頷く。アモリは安心しきったのか、いつもの調子を取り戻したようだ。わたしは料理を持って手が塞がっているので代わりにアモリが扉を開けてくれる。
マルグリッドと中に入ると、ほとんど使わない小さな机の上に作った料理を置いた。そしてマルグリッドに座るように勧めた。
『マルグリッド、いいないいな〜。ワタシももう一度食べたいな〜』
羨ましそうな声を出しながらイディが置かれた料理の周りをハエのようにぶんぶんと飛ぶ。
さっき食べてたでしょ、と心の中でツッコミながら虫を追い払うようにサッとイディを料理から引き剥がした。
「これがパミドゥーのスープで、あれがパパタタのガレットです」
「ガレット?」
「パパタタを細く切って円く焼いたものです。食べてください」
わたしが食べるように勧めるとマルグリッドは祈りを捧げてパミドゥーのスープを一口飲んだ。そして驚いた顔をしてスープを見つめ固まった。
「先生、美味しいでしょ?」
アモリが得意げに話しかけるとマルグリッドはすぐハッと我に返り、頷いた。
「ええ、今まで味わったことのない美味しさですね。これは孤児院の食材で作ったのですか?」
「はい。ベーコンがあったのでそれも使ってみましたが」
「すごいわね、リアは料理の才があるのですね」
マルグリッドが嬉しそうに微笑むのを見て気に入ってもらえたのだと安堵した。知らなかったとはいえ、平民の孤児が貴族令嬢に手料理を振る舞うなど後が恐ろしすぎる。マルグリッドの今までの様子から怖いことにはならないと思うが、アリアがわたしたちに不機嫌丸出しの態度をとっていることから他の貴族からどう見られるかは別問題だ。
『気に入ってもらえてよかったわね。でもそのくらいリアの料理は素晴らしいわ』
うんうんと頷きながらイディはいつの間にかわたしの肩に止まっていた。わたしは「ありがとうございます」と照れながら素直に礼を言うと、アモリもわたしが褒められて嬉しかったのかその場でぴょんぴょん飛び跳ねた。
やっと先生に料理渡せました。
あと、隠せてるかわかりませんがマルグリッドの秘密が見えました。何となくわかる方も多いかもしれません。
なんせオフィーリアは文字しか見てないので…
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