第八話 一日目終了
何とも言えない雰囲気のまま無言の昼食を摂り、再び作業に戻ることになった。
ブルクハルトはにこにこと笑みを浮かべてわたしを眺めているし、ヴィルヘルムは困ったような面倒臭そうなそんな目をしながらも笑顔を貼り付けてこの国の王太子を見つめている。わたしはそんな様子に違和感を感じつつ、机の上に積み重ねた本の表紙をひたすら変換していく。とても居づらさを感じるが仕方がない……のか?
『何だか変な空気ね』
イディもその空気を感じ取っているのか、困った顔でぽつりと呟く。もう昼食からだいぶ時間が経っているので、横目で「感じ取るの遅くないか」と訴えかけるが、鈍感なイディには通じる訳もなく無視だ。
『若いって良いですね』
シヴァルディは全く違う方向に勘違いしているようで、口元に手を当てて上品に笑っている。これが若いから何だというのだ。この空気に耐えられないわたしはただの巻き添えな気がしてならない。
わたしは変な空気を感じ取ることをやめ、再び本に集中する。一番初めに手に取った日の精霊、アティーティアのことが書かれた本から、他の精霊のことも書かれていないかと探っていたのだ。
この本の表題は「日の精霊について」と簡素な題名だったので、他の本の表題も変換していくと予想は当たっていた。「火の精霊」「森の精霊」「武の精霊」と記された本が見つかっていく。
もしかすると並列して精霊王プローヴァのことが書かれた本が残っているかもしれない……!
直感的にそう感じ、それぞれの精霊のことは一旦置いておいて、精霊王に関する表題のものを必死になって探す。期間内に成果を得るためにはこの方法が一番良かった。何で早く気付かなかったんだろう、自分。……目の前のプローヴァ文字に心躍ってしまったのが大きいのはわかってる。
「この本はもう良いのか? 机を圧迫するので片付けるぞ」
「……いいえ、この本たちは別のところに置いておいてください。結局は読まなければならないようなので」
とりあえず後々のことを考えて、見つけた九つの精霊の詳細の本は本棚に戻さずに避けておくことにした。シヴァルディが言うに国王がそれぞれの精霊を従える必要があるので、現国王のコンラディン並びに、次期国王のブルクハルトには必須の情報だろう。精霊王の情報が第一優先だが、情報としてこちらも秀逸なものだ。手札として加えても損はない。精霊のほとんどの情報が欠落しているようだし。
「表題だけで内容がわかるのですか?」
「……あ、はい。九つの精霊について書かれている可能性が高いので……」
「精霊ですか!?」
聞かれたのことに素直に答えるとブルクハルトは笑みを消し、驚き喜んだ表情に変わった。言うなれば興奮状態のようなものだろうか。目を見開き、口元はあからさまに吊り上がっている。歴代の国王たちが追い求めてきた精霊の情報が目の前でぶら下がっているのだ。無理もないだろう。
「何故それを読まないのですか? 我々が知りたい内容ではないですか!」
精霊という言葉に踊らされてか、ブルクハルトは本の山を指差しながら言った。
読んでも良いけど……とはなるが、コンラディンたちの助けとなるためには先に精霊王だ。わたしは首を横に振った。
「ブルクハルト様、創世記を思い出してくださいませ。初代王は精霊王プローヴァと心を通わせたのですよ。象徴である精霊の王の情報探しを優先するのが一番の近道です」
「そうですね。これらの情報も必要ではありますが、創世記にも登場する一番の精霊をブルクハルト様が忘れるはずがありませんよね」
わたしとヴィルヘルムの言葉にブルクハルトはハッと我に返ったのか、にこりと笑みを浮かべ、「……そうでしたね」と返事をする。ヴィルヘルムの言葉に棘があるように思えてならないが、ブルクハルトは笑みをキープしているので気にしていないようだ。
「さすがはオフィーリアですね。まだ成人前とは驚きです。まだ時間はありますし、確実に貴女が思うように探してくださいね」
「あ、はい。ありがとうございます……」
何故かわたしだけ褒められたのがモヤッとして言葉尻が小さくなりつつ礼を述べる。
もしかしてヴィルヘルムの言葉の棘に腹が立って敢えてか? と考え、そうであるに違いないと結論づける。嫌な言い方されたら不快に違いない。
……でも何故、ヴィルヘルムは突然このような態度に出たのだろうか。相手は格上だ。そんなことヴィルヘルムもよくわかっているだろうに。けれどそんなヴィルヘルムの態度を咎める訳でもなく、ブルクハルトはわたしを一点に見つめ、にこにことしている。……訳がわからない。
「……領主様、相手は王子様ですよ」
「はあ……。もう良い。其方は目の前の資料に集中しておけば良い」
念のためヴィルヘルムに小声で忠告を入れるが、彼はかなり呆れたようにため息をつき、額に手を当てた。そしてわたしに期待することを諦めたような言葉。シヴァルディもヴィルヘルムと同様にため息をついてやれやれといった表情をしている。
……何か良くないことでも言ったのだろうか? 忠告が良くなかった? いや、正論だしな……。
考えると頭がごちゃごちゃと混乱してくるので、すぐにヴィルヘルムの言葉通り、目の前の本たちに集中することにしてヴィルヘルムたちのため息の意味を考えるのをやめた。
……まだ本の数も多いし、どんどん読んで仕分けしていこう! 既出の可能性や精霊に関係ないものと、精霊について書かれたものの二つに分けたら今後、取り扱いやすいだろう。
わたしはまだ触っていない本の山へと手を伸ばし、表題を変換する作業に戻った。
結局、今日一日はひたすら本の表題を読んで仕分ける作業となってしまった。情報はあまり得られなかったが、あの膨大な量の中から精霊王について書かれたものを探すのは時間がかかるので仕方がない。
けれどそのおかげか幾つか目ぼしいものを見つけることができた。また当時の国王の年間の軌跡も発見した。一年の計画表のようなものだ。これで仕事内容もきちんと探ることができるだろう。
「……もう暮れの鐘がなるぞ」
目の前に置かれた本を取り上げられ、文字変換していた手が止まる。釣られるように隣を見ると、ヴィルヘルムが面倒臭そうな表情で見下ろしていた。
「もう暮れですか?」
「外を見なさい。日が沈むぞ。ここには明かりがないのだから暗くなれば面倒だ。さっさと引き上げる」
「そうですね。魔道具はありますが、注がなければ使えません。今日はここまでにしましょうか」
二人の顔が夕焼けに染まっている。全く気付かなかったので、そのくらい集中していたのだろう、ととりあえず今日の自分の仕事を褒めておくことにする。
ブルクハルトの今日の作業終了宣言もあり、使わない本たちを本棚に戻していく。政治関係、土地関係で何となく分けていたので、その専用の本棚を指定し、しまっていく。ここの資料は適当に突っ込まれているのか、別の意味が隠されているのかわからないがバラバラの状態だ。こんなの、探したい資料を見つけるときに苦労する。
二人にも手伝いってもらい、さっさと本を戻すと机の上に置かれた本がだいぶ減り、すっきりとした。まあ減ったと言っても山積みなのは変わらないが。
精霊王関係のみならこの会議中には読めるかもしれない。カメラを堂々と出せたら良かったが、わたしが作成したことがバレると面倒なので置いてきてしまったのが悔やまれる。仕方がないことなのだけれど。
「今日の成果を父上に報告したいので、明日までに書面にまとめてもらえますか?」
「わかりました。今日はあまりないのですが、簡単に作成して明日、お渡しします」
ブルクハルトの申し出を承諾して、帰り支度を整える。今日の成果は言う通り、ほぼ無いに等しいので作業報告をまとめることにしよう。念のためにヴィルヘルムに目を通してもらっても良いだろう。
「明日からは私と二人の作業になりますが、よろしくお願いしますね」
ブルクハルトは爽やかな笑みを浮かべ、優しい顔でこちらを見つめてくる。そんなブルクハルトの視線を遮るようにヴィルヘルムは前に出てくる。
「やむ無しなので今回は何も言えませんが、オフィーリアは私の婚約者であることを忘れないでくださいね」
「……勿論ですよ。オフィーリアの望まないことはしません」
ヴィルヘルムの表情はわたしからは見えないが、ヴィルヘルムの言葉を受けてブルクハルトは表情を変えずに言い放った。ヴィルヘルムは、ブルクハルトがわたしをどうにかすると思っているのだろうか。うーん……、考え難い。無理矢理婚約しない、と言質も取っているし。
「早く戻りましょう。本当に日が沈み、暗くなります」
ブルクハルトは窓の外を見てそう言うと、部屋の外に繋がる扉へと向かう。ヴィルヘルムは一度、わたしの方を振り返ろうとしたが、思い止まり、首を横に振りそのまま歩き出した。わたしもそれに続いた。
こうして一日目の作業は終わり、何とも言えない空気をわたしとヴィルヘルムに残していった。




