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第六話 久しぶりに前世の文字を使う


 初めて古城に入った時と同じような殺風景な光景がずっと続いている。

 古代でも人通りがほとんどなかったのか廊下は広くはなく、妙な安心感を覚えてしまう。一応壁に点々とランプのような精霊道具が取り付けられているが、それに精霊力を注いだ形跡はなく、埃が被った状態だ。人が暮らさない建物は徐々に劣化し、いずれは廃屋になってしまうと聞いたことがあるが、そこまではいっていないようだ。石造りの建物はしっかりとしているし、災害などで壊れるような感じではない。そう考えると、この建物も精霊力で保たれる特殊な建物の可能性がぐっと高まってくる。それならば劣化することなく、最低限住むことができるはずの状態だからだ。


 この古城に入ってから精霊力の有無を感じようと目を閉じたり開けたりを繰り返しているが、玄関に繋がる門だけでなく、部屋の扉一つひとつに微かだが精霊力を感じた。おそらくだが扉の精霊力を注ぐことで部屋一つひとつに守りの力を発動させるのだろう。森林全体、建物、部屋一つひとつに施された見えない工夫に重要なものを守るものが確実にあるのだろうと感じさせられる。


「到着しました。ここです」


 真っ直ぐ進んで行き、突き当たったところに木製の扉がそびえ立っていた。ブルクハルトはそっとその扉に手を当て、そのまま持ち手に手をかけ、ぐっと引いた。

 建て付けが悪いのかギギギギ……と音を立てながらゆっくりと開く。ブルクハルトは扉を引き切り、固定するとそのまま中へと入っていった。


「わ……、凄い……」


 中に入ると圧巻の光景だった。そこまで広くはない部屋なのだが、壁一面ぐるりと囲むように本棚が置かれ、その棚にはぎっしりと本が詰まっている。紙が貴重である時代であるにも関わらず、ここまでの量が集められているのは本当に素晴らしいと思う。前世の小さな図書館の分室を連想させるくらいの量だ。

 ブルクハルトは部屋の中心で立ち止まると、両手を広げた。


「これらの本は全て我々では読めないことは確認済みです。……これだけの資料がありますが、読むことは可能でしょうか」

「一度確認させていただいてもよろしいでしょうか。とりあえずどれか一冊ほど頂けますと確認できると思います」

「わかりました。……これを」


 わたしの申し出にブルクハルトは頷くと、近くの本棚に収められた一冊の本を引き出した。四六判サイズよりもう一回り大きく、表紙も分厚く装飾されたこの世界ではスタンダードな本だ。受け取るとその重厚さにバランスを崩しそうになるが、何とか踏ん張り、近くに置かれた机へと運ぶ。よいしょ、と傷つけないように本を置き、表紙を捲った。


「……なるほど」


 内容に目を落とし、文字を確認する。一ページ目の時点で、見たことある文字が並んでいた。

 記号的なその文字はプローヴァ文字で間違いない。念のために持ってきたプローヴァ文字が書かれた資料の写真を取り出し、机の上に並べた。ブルクハルトは興味深そうにその写真を覗き込んできた。


「……これは?」

「これはジャルダン領にある魔道具の一つです。対象物を絵に取り込むことができる道具となっています。資料を王都に持ち出すのは大変なので、必要なものは全て絵にしてきたのです」

「ジャルダンにはそんな便利なものがあるのですね。羨ましい限りです」


 ジャルダンに古くからあるものではなく、わたしが作成した精霊道具の一つだが、ここは黙っておかなければならない。写真、カメラなどと、この世界では通じない言葉をうっかり言ってしまいそうで、少々怖いところもあるのだが、ブルクハルトに対して簡単にカメラの説明をしておくと、ブルクハルトは目を細めて置かれた写真たちを見つめた。

 わたしはその見つめられた写真の中の一つを取り上げ、ある一つの文字を指し示した。


「この写真はとある資料の一つなのですが、この絵のこの文字と本のこの文字、どう見ても同じですよね?」

「……確かに」

「この文字は精霊王プローヴァから名を取ったプロ―ヴァ文字という文字だそうです。なので、この本はプローヴァ文字で書かれた資料となります」

「ということは読める、ということで間違いないですか?」


 ブルクハルトの問いかけにわたしは肯定するように頷いた。

 その瞬間、ブルクハルトは喜びに満ちた表情となる。これで精霊の手がかりを掴むことができる、そんな顔だ。歴代の国王たちが探し求めていた情報を得ることができる。それは一族の悲願なのだろう。


「では当初の予定通り、貴女の力をどうか貸してはいただけませんか。勿論貴女を悪いようにはしないということは誓います」


 藁にも縋る思いなのだろう。ブルクハルトの目は懇願に満ち溢れている。

 わたしはその黒の瞳をじっと見つめ、探るが、どうやら嘘偽りはなさそうだ。人を見る目には自信はないので、嘘だと言われるとどうしようもないのだが、隣にいるヴィルヘルムも何も言わないので大丈夫だろう。わたしはこくりと頷いた。


「……勿論ですわ。一国民の力、喜んで貸しましょう」

「ありがとうございます」


 わたしの了承にブルクハルトは感謝の言葉を述べるとともに、美しい礼を一つした。あまりにも突然の出来事にわたしは慌てて両手を振った。


「王族の方に頭を下げられるのは困りますわ……!」

「確かにその話は最もですが、他者の力を借りるのに頭を下げることすらできない人間ではいけないのですよ」


 ブルクハルトはわたしの言葉に対して、にこりと笑顔を作って言い切った。その言葉も最もなのだが、王族なのだからその威厳とかそういうもののことを言っているつもりなのだけれど……。苦し紛れにわたしも頭を垂れ、目線を下げる。子どもの姿だから見下ろすことはないのは助かった……。


「オフィーリア。量は膨大だ。ブルクハルト様の感謝の気持ちは受け取り、作業を開始させてもらおうではないか」

「領主様……。ええ、そうですね。……では読ませていただきます。もしわたしが知らない文字が出てきましたら、またそれを読み解くのに時間はかかるかもしれません。それだけは了承ください」

「勿論です。よろしくお願いします」


 ブルクハルトは笑顔で返してくるので、わたしもつられてにへらと笑みを浮かべた。断りを入れてから本の置かれたところに椅子を持ってくると、腰掛け、またページを捲った。そして、事前に作成していた対応表を一枚近くに寄せる。


 この世界は母音が七つあるので比例して文字の種類も多くなっていく。プローヴァ文字も子音と母音を組み合わせて一文字とするので、その構造を理解さえすれば簡単にわかる。

 救いは精霊殿文字もプローヴァ文字も種類は異なるが、この世界では発音言語は同じである。わかりにくいけれど、ひらがな、カタカナ、ローマ字も種類は異なるが、文の意味は同じにできる。それぞれを単一で使っているイメージに近い。


『リア。ブルクハルトも近くで見ていますし、彼が読める字でメモを残さないようにしてくださいね』

『シヴァルディ様の言う通りだよ。精霊殿文字とか前世の文字とかを使ったらどうかな?』


 ペンを片手に変換結果を書き記そうとしたところで、精霊二人が忠告をしてきた。

 彼女らの言うことは最もだ。ブルクハルトは興味津々にわたしの手元を覗き込んだり、わたしの横顔を見てにこにこしたりしている。気味が悪いがさすがにそれを口に出すのは良くないので、ペンを握ったまま少し考え込んだ。


 ────久しぶりに日本の文字を使おうかな。一番使い慣れているはずだし。


 前世の記憶はばっちり覚えているので、わたしはひらがな、カタカナ、漢字を使おうと決意する。精霊殿文字を使うことも考えたが、ローマ字に近いので仕組みさえ理解できたら解読可能なので、表意文字である漢字を含んだ文字の方が情報は漏れないだろう。確実だ。


 この世界で今の人格になってから初めて前世の文字を使う。死んでしまう前はずっと使っていたのに、変な感じだ。ちゃんと覚えているか緊張してしまう。

 しかし体に染みついたそれは忘れてはいなかった。きちんと書けることに多少感動を覚えつつも、亀の歩みだが少しずつ内容を読んでいく。精霊殿文字は結構読んでいたのである程度スムーズだが、プローヴァ文字はそこまでのレベルに達していない。数さえこなせば多少は慣れてくると思うのでそれまでは辛抱だ。


 はあ、この広い本棚の中に新しい文字とか新しい文字とかないだろうか。あったら狂喜乱舞しそうなのに……。


 手を止め、一度本棚の本を見つめる。精霊殿文字、プローヴァ文字とこの世界は身分で文字を分けて使っていたようだからまだ可能性はあると信じている。

 なに、まだまだ本の数はある。とある一冊が知らない文字で書かれた本の可能性もあるのだ。

 そう考えると俄然やる気がみなぎっていた。わたしは口元を吊り上げながら、目の前にある(課題)をさっさとこなそうとペンを強く握った。


『リア……。絶対、違うこと考えてるね』


 イディの呆れた声が聞こえた気がしたが気にしない。



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― 新着の感想 ―
[一言] 見えない助言者がいてくれるお陰でやらかす前に対処できますなー アダン領に伝わっていた片眼鏡みたいな特殊な物は滅多に無いでしょうから王族に精霊のことがバレることもないでしょうし
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