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第五話 資料を求めて古城へ向かう


「今日も私はブルクハルトの分の公務も行わないといけないので共には行けないが、役目は果たしてくれ」

「仕方ありませんよ。二人とも抜けてしまっては文官が困りますから。明日からは会議ですし」


 どうやらコンラディンはここでお別れのようだ。そして代わりにブルクハルトが案内をしつつ、わたしの監視をするみたいだ。わたしはヴィルヘルムの様子を窺うために彼を横目で見る。


「……王城でなく、その別の建物だということは情報を持たない我々以外の人間が入るのは不味いですね」

「そうですね。これ以上広めるのは……」


 その言葉にわたしはハッとする。明日から代わりにダーヴィドがつく予定だったが、彼は何も知らない。だからダーヴィドと一緒にその場所に行くことはできない。


「その場所は父と私くらいしか入ることを許していませんし、存在自体も明かすことはありません。国民の願いを汲むのが王族の務めだと思っています。オフィーリアを悪いように扱うことはないと誓いましょう」

「では婚約の話は……」

「ああ、本意でないのならば結ぶことはしない。しかし機密を知る可能性があるのだからそれなりの対応はさせてもらう。手紙の通りだ」


 とりあえず婚約の話は進めないという言質を取ることができた。ジャルダン領を出る可能性が濃くなってしまったが、そこは今後の情報次第になる。

 思った以上に悪い感じではなかったので、彼らの器の大きさに敬服する。悪役のように考えていた自分がかなり恥ずかしい。


「コンラディン様方のお考えは理解できました。こちらの事情に配慮していただきありがとうございます。そこまでして言っていただけたならこちら側も応えなければなりませんね」


 ヴィルヘルムは笑顔でコンラディンたちの話に対応する。

 わたしの本意でない婚約はしないとわざわざ公言してくれたので、さすがにこれ以上何かを要求することは難しい。こちら側も王族の気持ちや願いに応えていかなければならない。

 ヴィルヘルムの言葉にコンラディンたちはホッとした優しい目になり、こちらをじっと見つめた。


「ただ先程言った通り、王族の中でも知る者が我々しかいない機密を知ることになり得るので、婚姻まではいかなくとも縛らせてもらうことにはなる可能性が高い。それだけは理解してくれ」

「オフィーリアの本意でないものでなければ私は構いません」

「それは勿論です。オフィーリア自身が望まないことをしないようにはするつもりです」


 婚姻以外で縛る方法として文官として登用するつもりのようだが、アルベルトのように常勤的なものではなさそうな言いぶりだ。それならば交渉次第で、領地から離れることを防げるかもしれない。

 そう考えると尚更、情報収集を頑張りたいと思う。……やけくそになって、未解読文字をひたすら探し続けるような事態にはならなさそうだ。自身を守る武器を見つけるためにも、自身の力をしっかりと使いたいと思う。

 ……まあ、王族の文献というなかなかお目にかかることができないものなのだから、精霊殿文字、プローヴァ文字以外の未解読文字を見つけることができればいいのだが。王族はどちらも読むことができないようなので、区別など難しいだろうし。


 話がまとまったようなので、わたしはじっとコンラディンたちを見上げるように見つめていると、ブルクハルトと目が合った。すると彼は目を瞬かせて、すぐにコホンと咳ばらいを一つした。


「それでは今からその資料が置かれている場所へと向かいましょう。国王はここで公務のため別れることになるが、ヴィルヘルムはどうしますか? 明日からはオフィーリアのみになるので、私としてはどちらでも構いませんが」

「それでもオフィーリアは未成年でまだ不安なところがありますので、念のために付いていきます。よろしくお願いいたします」


 初日だけだが、ヴィルヘルムが付いてきてくれるのは有難い。わからないくらい小さく息を吐くと、笑顔を繕って「お願いします」とブルクハルトに向けて礼をする。ブルクハルトはどこか満足そうに大きく頷いた。……何故だろうか。



 そしてコンラディンたちがその場所は別の建物と言っていたこともあり、王城を普通に出ていくことになるが、その場所は森が生い茂り、鬱蒼としたところだった。ジャルダン領にある森林を彷彿させる様だ。目立たないように王族の印もない小さな車で来ていたのだが、その窓から見える青々と茂る木々に王都らしさはなく、驚いてしまったほどだ。

 ブルクハルトが言うには、ここはプロヴァンス領の中心に位置するところらしい。小さくはない迷いの森林の中心にあるということで近付く者はなかなかいないそうで、コンラディンたちもここに立ち寄ることはほとんどないそうだ。シヴァルディやクロネが眠っていた石碑のように、定期的に精霊力を注がなくても保てる建物なのだろうか。それか精霊王がいる場所の可能性が高いのでそれ故に特殊なものなのかもしれない。実際に調べていけばわかることがあるだろう。


「さあ到着しました。ここに辿り着くためには私か父上とともに向かうのが必須条件ですので、変な賊などが潜んでいることはありません。安心してくださいね」


 秘密が故に側仕えなどは途中から連れて行かず、ブルクハルト、ヴィルヘルム、わたしの三人という少数精鋭になってしまったが、それならば安心して中へ入ることができる。この森林自体がもしかすると精霊道具のような保護の魔法のようなものがかかっているのかもしれない。シヴァルディが以前、保護の……などと言っていたような気がする。わたしが考えていることを察したのか、ヴィルヘルムの隣で漂っていたシヴァルディは窓の外の森林を見て笑顔で頷いた。


『この森林は初代王とともに作ったものです。この森には保護の力が籠っていて、王族の色である白の精霊力で目的地へ通すか通さないか決めているのですよ』

『ではこれも精霊道具、の一種ということですね』


 イディの言葉に『そうですね』とシヴァルディは同意する。精霊も協力の仕方によってはこのくらい大きなものを作り上げることができるのか。それを見い出した初代王に尊敬の念しかない。

 しかしシヴァルディの言う王族の精霊力で判別しているということはブルクハルトはわかっていないようだ。そのくらい精霊や精霊道具の内容が欠如しているということか。


 ブルクハルトは安全であることを率先して伝えるために、自ら車を降りていく。それを見てヴィルヘルムは慌てて立ち上がり、後に続いていく。そしてすぐにわたしの方を振り返り、「早く動きなさい」と一言言い放つことも忘れない。


『リア、降りましょう。ブルクハルトの言う通り、賊などが潜むなんてことはありません』

『直系王族の文献か……。精霊王のことがわかるかもしれないから急ごう!』


 シヴァルディとイディもそう促してくるので、わたしも乱れがないように立ち上がり、ゆっくりと車を降りた。ここ一年で身長も伸びたので、車の乗り降りもスムーズに行うことができるようになった。成長期が来ているのでこのまま良い感じに成長していってほしい。


 車を降りると、窓から見ていた通りの森林の中に城がそびえ立っていた。高さがそこまでない建物なので、遠目から見ても目立つことはないだろう。

 とりあえず城、と表現したが、古城を思わせる雰囲気しかない。コンラディンたちが住んでいる城と比べると綺麗さというか手入れの具合が全くと言っていいほど違う。森の中ということもあり、壁には蔦のような植物が纏わりつき、苔が張り付いている。真っ白な城壁だったのだろうが、経年変化によって薄汚れた壁色へと成り代わっている。入れる人間がコンラディンとブルクハルトという一握りの人間のためなのか、手入れもできないのだろう。……ということはずっとこのような感じなのかもしれない。周りの風景に合うように。


 そんな城の門を潜り、ブルクハルトはずんずんと中へと入っていく。来ることはほとんどないと言っていたが、何度かは足を踏み入れているのかもしれない。はしたないと怒られそうだが小走りでヴィルヘルムに追い付き、わたしたちも古城の中へと入る。


「……何もないのですね」


 中は言う通り何も置かれていなかった。玄関に敷かれる絨毯も装飾品も全くなかった。天井から降り注ぐ日光がなければ前を進むことすら難しいだろう。わたしの小さな呟きにブルクハルトは困ったように笑い、肩を竦めた。


「そうですね……。祖先である傍系がここを生活の拠点にするには難しいと判断して、ここにあるものの大半を今の城へと持ち出したのでここには金目のものはありません。ただ情報を持ち出すのは危険視したのか、書物はここに残しています。全く読めないのですがね」


 そう言ってブルクハルトはくるりと進行方向へと体を向け、古城の奥の方を指差した。劣化し、城自体は崩れてはいないが、王族のような高貴な人物が足を踏み入れるような場所とは到底思えない。美しく魅せるための絨毯や装飾品がないので尚更そう思う。


「この直系の城自体の規模はそれほど大きくありません。直系王族自体が少ない状態だったそうですから。この奥に文献が置かれた部屋があります。……付いてきてください」


 そしてブルクハルトは指差した方向へと歩き出した。

 遂に一番精霊の情報を得ることが容易いところへと向かうことができるのだ。わたしの気持ちは徐々に昂っていく。


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― 新着の感想 ―
[一言] こちらのことをかなり配慮してくれた上での王家の文官だったんですねえ 期待に応えないとなりませんが文献を前にオフィーリアは冷静でいられるのだろうか?w
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