第四話 秘密の任命式
少し日が空いたが、今日王城へと登城することになっている。簡単に任命式を行い、領主会議の間は自由に動けるようにするためのようだ。
未成年であるわたしが王城で働くことなど異例中の異例であるらしいが、大丈夫なのだろうか。こう、先輩文官から虐められるなんてことはないのだろうか。初日は監督者としてヴィルヘルムが一緒に付いてきてくれるが、会議が始まってしまってはヴィルヘルムも付いてくることはできない。なかなかに不安な展開だと思う。
「そのような不安気な表情を浮かべるでない。明日からは会議に参加しないダ―ヴィドを付けるのだから問題ないだろう?」
ヴィルヘルムは口をへの字にしてどうでも良さそうに言い放つ。彼は領主の身分であるから、下々の上下関係のことをあまり考えていないのだろうか。上位の身分はあるとはいえ、三大領地であるフォンブリュー領とトゥルニエ領出身の文官が多い王城だ。面積も小さいジャルダンの小娘のわたしがしゃしゃり出てきたことによってどんな面倒なことが起こるのだろうか。考えるだけでも憂鬱だ。
「さて、任命式だ。笑顔を貼り付け、周りに不安感を感じさせないようにしなさい。ジャルダンから文官を輩出することは稀なのだから」
「ですが、将来のことを考えると……」
「王城の文官として登用されることを言っているのか? ……由々しき問題だが、今すぐ無理矢理婚約を結ぶことにはならなかったことを考えるとまだ良い。文官として登用し、箔を付けてから婚約……という筋書きだろうが」
「それならば尚更ですよ……」
ヴィルヘルムの話でさらにげんなりとしてしまう。文官登用にそこまでの考えがあるとは……。
「しかし求める情報が手に入ればそれを盾に交渉可能だ。また、見つからなければ機密を知ることはないので条件が付くがそれを満たせばジャルダンに引っ込むことも可能だろう。そこも交渉次第だが」
「そうなのですか?」
わたしはヴィルヘルムを見上げる形で見つめると、その問いかけに彼は小さく頷いた。そしてわたしを見下ろす形で視線を向け、小さく呟くように言った。
「……だから、見つけた情報は安易に出すな。情報が集まれば大きな力になる。……私から言えるのは今はそれだけだ」
「……はい」
わたしは目線を戻し、目の前の扉を一点に見つめてこくりと頷いた。こちらで得た情報を選別しながら動いていけば、何とかなるかもしれないという言葉を信じるしかない。
到着を知らせる言葉とともに扉が開かれる。どれだけの人間がいるのかと構えながら、奥を見ていたが。肩透かしを食らった。
人が少ない。任命式と言われていたのでどの地位までの貴族が控えているかと思ったら、コンラディンとブルクハルトの二人だけだったからだ。あからさまに人を排している。極秘の任命式と言った方がぴったりだと思う。
ヴィルヘルムはこの光景をどのように感じたのか全くわからないが、彼はずんずんと前へと進んで行く。わたしも一歩引いた状態で後を付いていった。
『この感じ、もう三回目だね』
『ですが、リアもイディも気を抜いてはいけませんよ。相手はコンラディンたちなのですから』
わたしの両隣でイディとシヴァルディが話している。ジギスムントが持つような精霊道具を二人は持っていないようなので、二人は安心して表に顔を出している。シヴァルディは明日から念のため、わたしとともに行動することになっている。ヴィルヘルムは会議で篭ることになるので、問題ないと判断した結果だろう。心強いけれども、何だかなあ……。
ボーッと考えていると、ヴィルヘルムが立ち止まり跪くのが見えたので、わたしもヴィルヘルムの隣まで進み出ると、同様に膝をついた。すると、許可が下りたのでわたしは言われるがまま、ゆっくりと目の前の二人に目線を移した。
「急な任命になったことで迷惑をかけた。今回は特例ということと、情報を外に出さないため、この任命は一部の人間しか知らない極秘のものとしている」
「実際、仕事で他の文官と顔を合わせることはないと思います。……さて、任命式をササッとしてしまいましょう」
わたしの動揺が伝わっていたのかコンラディンは今回の事象の理由を説明してくれた。取り繕っていたのだが、やはり顔に出ていたのだろうか。
とはいえ、それならば文官として箔を付けて婚約、という考えは否定されることになる。なぜなら極秘だから箔なんて付けられない。コンラディンたちが考えていることが正直言うとわからなくなってきて、頭の中が混乱している。勝手に彼らを敵対的に見ていたが、もっと広い視野を持って見ていく必要があるかもしれない。精霊の情報を外に出したくないというのが一番大きい理由だと思うが、こちらを悪いようにしようとは感じられないのだ。
また、わたしが王城の文官となっても他の文官と顔を合わせないということはどういうことだろうか。王城で働くのだから、登城や下城の際に顔を見られることになるのだと思うのだが。まさか別邸での在宅ワーク的なものかと思ったが、彼らの持つ資料なんてものを外に持ち出すことなど管理的にもおかしいので、城に行き、作業するしか考えられない。
しかしブルクハルトがそう言っているので、わたしが文官として登用されてもその状態が実現する環境であるのだろう。情報が思った以上に足りていない。
「……オフィーリア、立ち上がり、前に出てきなさい。纏うための白の組紐を授ける」
「はい」
次々と進む事柄に何とかついていこうと頭を働かせようとするが、なかなかうまくいかない。しかし式は流れるように進んでいくので、コンラディンに促されるがまま、わたしは立ち上がり、コンラディンの前へと進み出た。
するとコンラディン、ブルクハルトの両名が玉座から立ち上がり、わたしのすぐ傍まで近づいてきた。任命式なんてまだ数年先の話だと思っていたので、緊張感が高まってくる。二人を敬う気持ちを態度で示すためにわたしは目線を低くし、その場に膝をついた。
「国王コンラディンの命にて、オフィーリア・プレオベールをプロヴァンス領の文官として任命する。証である組紐を授け、纏うことを許す」
「……顔を上げて、受け取って肩からかけてください」
厳かなコンラディンの任命の言葉の後に、ブルクハルトが耳打ちするくらいの小さな声で囁いてきたので、わたしは慌てて顔を上げる。すると目の前には、真っ白な帯のような布が綺麗に折り畳まれた状態で差し出されていた。組紐と言われていたので、完全な紐をイメージしていたのだが違っていたようだ。
わたしはそれに両手を伸ばし、丁寧に受け取る。そして布が地面についてしまわないように慎重に伸ばしていくと、小さなメダルが付いた綬章のようなものだとわかった。あれだ、階級の高い軍人が身につけているタスキのようなものに近い。わたしはメダルを腰に当たるような形で肩掛けたが、布が思ったより長かったのでわたしの太腿部分にメダルが位置する結果となった。
『リア、礼を述べ、言葉を返してください』
「……ありがとうございます。精一杯努めさせていただきます」
シヴァルディに指摘されて、わたしは礼と決意を簡潔に語った。プローヴァの色である白を身に纏うとは想像もしなかったが、できることは精一杯やらせていただこうと思う。もう一度跪き、素直な思いを述べた。するとコンラディンは「其方の働き、期待している」とわたしの言葉に応えてくれた。
「……さて、任命式も終わりました。オフィーリアは元の位置へ。今後の話をします」
「はい」
形だけでも式典と文官の証の授与を行ったので、次の話をしようとブルクハルトが切り替えてくる。
急く気持ちはわかるので、わたしは命じられると後ろに下がり、ヴィルヘルムの隣まで戻ってきた。近くにいたシヴァルディは『良くできましたね』と母親のように褒めてくれた。イディも小さな声で『お疲れ様』と言ってくれた。
「さて、これからの仕事のことですが、オフィーリアはこの王城ではなく、別のところで作業をしてもらおうと思います」
「……あの、資料は貴重なので動かしてもよかったのでしょうか? 特例で文官になるわたしのためにそこまでしていただくなんて……」
任命式前に言っていたことの詳細を話し始めてわたしは口を挟んでしまった。資料は外に出さない方がリスクも少ないのに何故だろう。ほとんどの人間が読めない字で書かれているとはいえ、それはどうかと思うのだが。
わたしの無礼に嫌な顔ひとつせずブルクハルトは笑顔で首を横に振った。
「貴女は見た目以上に物事を考えているのですね。ですが、資料は動かしたりしませんよ。この城には資料自体ありません。別の場所に保管してあるのです」
「別の場所、ですか。どういうことでしょうか」
ヴィルヘルムが説明を求めた。わたしもどういうことか知りたくて頷いた。
「直系と傍系の話を覚えているか? 実はこの城は傍系王族が使っていた城を広げたものだ」
「つまり直系王族が使っていた城が別であるということです。直系としていたのはごく少数だったのか、城の規模も小さく目立たないのです。ですがそこに必要な資料や情報があります。オフィーリアにはそこへ行っていただき、調べてもらいたいのですよ」
「そういうことだったのですか」
それならば他の文官に会うことがないというブルクハルトの言葉にも納得できる。その小さな城は王家の管理物件の一つなので、公開されていない情報なのだろう。
「本日からそこで作業をしてもらおうと考えている。監視者としてこちらからはブルクハルトを付ける。本来ならば私も行く方が良いと思うが、会議があるから仕方あるまい」
悲しそうな顔をしながらコンラディンはそう言った。国王様だからそこは本当に仕方がない。明日から会議もあるし、そちらに専念してもらおう。




