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第二話 交渉


「私が欲しがる情報……だと? それは何だ?」


 表情はそのままでコンラディンは尋ねてくる。彼の内心が読めず、何を考えているのかわからない。さすが王族の教育を受けていると言ったところか。わたしはコンラディンを探るように上目遣いで見上げた。


「それをお話しするのは約束をしてからです。私たちはコンラディン様の欲しい情報に辿り着ける手掛かりを持っています。……王族の機密を知ろうとする我々は本来、有り得ない存在に違いありません。しかし自分の領民を意思を無視して早々と差し出すわけにはいきません。こちらの秘密を一つ明かしますので、どうか明かしてはいただけませんか」


 コンラディンに対してここまで強気に出るなんて傍から見ていたら卒倒ものだが、こちらもそれほど必死なのだ。


 これは交渉の場だ。

 こちらの欲しいものはコンラディンたちが持つ精霊殿文字やプローヴァ文字で書かれた資料だ。これらの文字はある程度読めるようにはなっているので、そこから精霊王のことを調べられるのではないかと思う。また失われた情報も得られるだろう。あと、他に未解読文字があれば全力で解読させてもらう。王族が持つ資料なのだから多少は期待しても良いよね?


「今回の謁見、その理由を尋ねるため私とオフィーリアのみにしております。また、見聞きしたことを他者に話すことも致しません。契約を結んでも構いません」

「……コンラディン様、どうかお願いします!」


 ヴィルヘルムは強く後押しする。わたしもそれに乗じて懇願する。

 ブルクハルトはコンラディンをじっと見つめている。国王としての判断を待っているのだろう。そのコンラディンは自身の角ばった顎を撫でながら考え込んでいる。

 どのくらい時間が流れたのだろうか。彼は何かを決心したのか目を開き、撫でていた手を下した。


「……話そう」

「父上!」

「ブルクハルト、すまない。今まで内輪で解決しようとするが故に進まないのだ。王家の威厳を優先していてはこの国はもたない」

「それならば強硬手段もあるではないですか!」


 コンラディンの決断にブルクハルトは焦りを全く隠さずに叫ぶ。コンラディンの決断はそれほどまでに重要なものだということだ。


「ブルクハルト、無理な手段は自身の破滅も覚悟しなければならない。仮に企みがうまくいったとしても信頼関係はそこになく、結局は自分が得たいものに辿り着ける可能性は低くなる。……特に今回ばかりは相手が悪すぎる」


 コンラディンはそう言ってわたしをじっと見つめてきた。何故わたし? と思ってしまうが、秘密である情報を明かしてくれるなら問題ない。ブルクハルトは何か言いたげだったが、発するのをやめたようだ。

 ブルクハルトが反論して来なくなったのを見て、コンラディンは黒の瞳をヴィルヘルムへと向けた。


「しかしこれは我々が秘匿し続け、そして追い求めていたことだ。もし他者に伝言するなどして我々と其方ら以外に知られることになった場合、其方ら、そして知った者全てを処刑、または幽閉させてもらう。……良いか?」

「……他者に話すつもりなど毛頭ありません。この国が荒れる原因になりますので」

「そうか」


 ヴィルヘルムが承諾すると、コンラディンは座っている背もたれにもたれた。そして息を吐く。

 コンラディンの決意が固いのを感じ取ったのか、息子のブルクハルトはサッと右手を上げ、この部屋にいる側仕え、武官全てに退出するように命令した。本来は有り得ないことだが、次期国王の命令であるので彼らはそれに従うしかない。不安気な表情をしつつも部屋を出ていく。


「……今から話すことは、歴史に記された裏側だ。本当ならば一般の者が知ることはない内容だ。其方らが話す内容はそれに値する内容なのだな?」

「……はい。この内容を知る者は私とオフィーリアしかおりません。そしてその内容は必ずコンラディン様方の力になるはずです。もし違えば別の有益な内容も話しましょう」

「他にも情報を握っているのですか……」


 ヴィルヘルムは頷く。わたしはヴィルヘルムを信じるしかない。わたしはじっとコンラディンを見つめた。


「では信じて話そう……。そうしなければ新たな情報は得られないということは歴代で痛いほど理解しているのでな」

「ありがとうございます」


 ヴィルヘルムが頭を下げるのに合わせてわたしも背筋を伸ばしたまま頭を垂れる。わたしたちが頭を上げるのを確認した後、コンラディンは話し始めた。


「我らはこの地を守ってきた。……しかし精霊が去ってしまってから、暗闇の中で手を伸ばすように手探りなのだ。長らくな。精霊が去った理由は知っているか?」

「……当時の王族が病で次々に亡くなったことを嘆いて、と聞いておりますが」


 ヴィルヘルムがそう言うと、コンラディンは小さく首を横に振った。

 以前、この話をヴィルヘルムとした時は、彼はこの話を本当かどうかわからない、と一蹴していた。それがまさか、本当だったとは。


「嘆いて……か。そのような様子など見たことはないそうだ。あの日を境に突然に消え、政を担っていた直系王族が次々と突然死した。そして次は直系に近い傍系だった。残ったのは王族として生まれたが臣下として育てられ、将来は研究者として過ごすことと決まっていた端くれ数名だった。もちろん国王になるための教育など受けていないので何をすべきなのか全く知らないのだ」

「突然死……」


 ここでコンラディンは話を区切った。

 流行病で次々と亡くなったと聞いていたが、突然死だったとは。そして亡くなったのは国政を知っている直系が中心で、生き残ったのは教育を受けていない傍系。精霊や儀式などの情報の断絶がここで起こったのがありありとわかる内容だ。

 そして今続くコンラディンたちが研究の第一人者としていられるのはここの情報は失われず、それに縋って生きていくしかなかったからだろう。そう考えると辻褄は合う。


「当時の国王が亡くなり、王族も激減し、国が混乱する中、残った者で何とかするしかなかった。だから今までの政治とはがらりと雰囲気が変わってしまった。領地制度が導入されただろう? あれは王族の数が足りないのが大きな理由ではあるが、突然死による混乱を誤魔化すためでもあった。私たちの祖先は国のことを何も知らなかったのだ」

「……文献などは残っていなかったのでしょうか。普通ならばそれを参照しながら学び、修正していくと思うのですが……」


 ヴィルヘルムの疑問にコンラディンは首を横に振った。コンラディンは眉を下げ、わたしたちから目線を下へとずらした。言いにくそうな雰囲気を察して、ブルクハルトが代わりに口を挟む。


「恥ずかしながら、臣下として育てられた傍系では直系の持つ文献を読むことはできなかったのです」

「……!」


 ブルクハルトの言葉に遂に来た、と目を見開く。読むことができないということは、知らない文字で書かれていた可能性が高い。その文字は、精霊殿文字かプローヴァ文字……。もしかするとまだ見ぬ王族だけに伝わる未解読文字の可能性もある。

 ……わわ、心が躍り出しそうだ。絶対に今、口元を緩めるわけにはいかないが、へにゃと崩れてしまいそうだ。


「精霊が去り、王族の突然死が起こったことにより、国の運営方法自体が闇に葬られてしまったのですね。それほど当時の直系王族は内容を秘匿にしたかったのだろうと思います。しかしそれが仇となってしまったのでは……」

「我々はこの国を守るために上に立っています。ですが、精霊が去ってしまったことで国の象徴、大切な知的財産も失ってしまった。この事実を公表することもできず、その場凌ぎでやっていくしかありませんでした。歴代の王族は皆、精霊のことや当時の国王が行っていたことを探し求めていましたが、文献が読めない、詳しい内容を知る者がいないということもあり、進展せずに時間だけ過ぎていきました。ただわかっていることは緩やかにこの地は良くない方向へと向かっていることだけです」

「公表していたら王族の権威失墜もありますが、国が混乱し、次の国王の座を奪い合う戦乱の世になっていたかもしれません。そう考えると、当時の王族の苦悩は理解できます」


 未解読文字に心を躍らせている目の前で、とても暗い話をして皆、表情が厳しいものに変わっていた。


 話の内容は重い。何かしたいけれど、何も知らないし、調べても出てこないから何もできない。そんな八方塞がりな状態になっていた当時の王族。手探り状態で問題を片付けたり、先送りにしたりして何とか国を維持してきたのだ。

 そんなところにずっと追い求めてきた情報が目の前にぶら下がったらどうする? 飛び付くのも無理はないと思ってしまう。


「我々は去っていった精霊、精霊王を探し出し、この国の今の状況が知りたい。そして古代に失われた情報を補完し、必要ならば復活をさせたかった。そのために精霊を夢見で見たというオフィーリアを私の妻として、王族として迎えることで、再びの夢見でも何でも良いので精霊の情報をいち早く得たかった。彼女は私たちより精霊に近い存在だと思ったからです」

「……夢という曖昧なものでも縋り付いて早く見つけ出さねばならないのだ。ヴィルヘルム、わかっているだろう? 近年の不作はこの土地が衰えているからだ。数百年単位でこの現象は必ず起こっている。今、我々が行っていることはその場凌ぎでしかないのだよ」


 思った以上に込み入った話をしてくれたことに驚きを隠せないが、それほどコンラディンたちも情報集めに必死だということだろう。そしてコンラディンたちは今の地の状況を理解している。余裕がない感じがひしひしと伝わってくる。

 ヴィルヘルムは一度、わたしをちらりと見た。「伝えても大丈夫か」と言いたげに青磁色の瞳がゆらりと揺らめく。わざわざ確認しなくとも、わたしは任せると言っていたのに真面目だなあ、と思ってしまう。

 彼らの話に嘘偽りはなさそうだ。寧ろこのような内容をよく話してくれたものだ。切実さ、焦燥感、国を守ることへの重圧など様々な感情が渦巻いていた。そう見せていると言われてもわたしには判別できないけれど、わたしは話してもらった礼として自身の能力の開示に同意するために小さく頷いた。それを見て、ヴィルヘルムは唇を小さく動かした。「ありがとう」と。


「……コンラディン様、ブルクハルト様。ここまで我々に話してくださり、ありがとうございます。それを聞いて、確実にお役に立てることがわかりました。もしよろしければ、我々も情報収集のお手伝いをさせてはいただけませんか?」


 ヴィルヘルムの言葉に、コンラディンの眉がピクリと動く。



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― 新着の感想 ―
[一言] 生き残ったのが研究者予定の傍系王族だったからこそ品種改良の研究は続けられてきたんですねえ 自分達にできることをやり続けてきたが故の今の作物だったわけですか
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