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第一話 王族との二度目の謁見


 今は春の会議が始まる少し前。

 本当に一時凌ぎでジャルダン領主であるヴィルヘルムと仮婚約を行ったおかげか、ブルクハルトからの婚約打診は今のところ、こちらの家まではやってきていない。もしかするとヴィルヘルムに来た段階で突っぱねているかもしれないが、正式にアルベルトに下りていないことを考えると、ジギスムントの提案はうまくいっているようだ。初めに提案された時はどうかと思ったが、目論見通りならばまあそれで良いだろう。


 夏前にジギスムントから出された案からヴィルヘルムの意見も取り入れ、事前に提示する資料や許可などを取り寄せ、あっという間に冬になり、わたしは十一歳になった。


 秋にはわたしが精霊力を注いだ土地の収穫を迎えたが、結果は約二倍の収穫量だったそうだ。たっぷりと注いだわけではないのだが、ここまで差をつけることができたのはやはり王族による品種改良の結果だと思う。少ない精霊力でたくさんの実をつけることができるように改良されていることがこれで明らかになった。そう考えると、王族は必死にこの土地を守るためにずっと研究を続けていたのか、と思い知らされ、その義務を守らんとする姿勢に感服してしまう。研究好きという言葉で片付けてはいけないと思う。


 しかし儀式よりも圧倒的に大変な品種改良の研究をしていた、ということになると、王族の義務としてある儀式は綺麗さっぱり忘れ去られているのだろう。でなければ、そんな苦労しかない研究しかしないわけがない。何かしらの理由があるのだろうが、それは何故なのか尋ねたいところだ。できるのかは不明だが。

 儀式の復活によりさらに多くの収穫量を見込めるとわかったが、ここでジャルダン領地だけに精霊力を注ぐわけにもいかず、一旦保留となった。これについて資料をまとめたが、わたしが注いだことが明るみになるのは面倒なので、これを提出することはないようにしたいとのことだ。

 この内容はコンラディンたちの手で明らかにしてほしいところだ。ちなみにこの内容を知っているのはアルベルトなどジャルダンでもごく少数の人間なので、箝口令(かんこうれい)を敷いて口止めしている。外部に漏れたら確実にわたしは他領、または王家に奪われるだろう。そうなればわたしの自由気ままな解読ライフはなくなるに等しい。それは遠慮したい。全力で。わたしはそれを回避するために、何でもすると思う。


 さて、大規模な精霊力注ぎもなかったが、何故かかなり忙しい日々だった。

 貴族作法の勉強があったり、成人後文官として働くためのいろはを教わったりとするのは今までと変わらないのだが、ヴィルヘルムの婚約者という立場になったので次期領主夫人としての教育も重なり、キチキチだったスケジュールにさらに詰め込まれた結果になってしまった。


 うーん……、すぐに解消されるとは言いにくい。


 この婚約もコンラディンたちが打診してくるであろう婚約の申し込みまでの時間稼ぎである。アルベルトたちは知っているが、その他は全く知る由もないし、知らせるつもりもない。しかしその周りの目を欺くためにも教育は行わないとおかしいので、きちんと行うことになったのだ。解読作業の妨げになるので本当は遠慮したいのだが、孤児時代に命を救ってくれたヴィルヘルムたちのためにもしっかりとやり遂げたいとは思ってはいるが、さすがに辛いものもあった。



『何考えてるの? リア』

「……あ、ううん。ちょっと振り返りを……」


 イディに声をかけられてハッと我に返る。いけない、ボーッとしていたと自身に喝を入れるべく、両頬にぺちんと手を当てた。


 今、いる場所は王城だ。

 こちらの準備が整ったこともあり、コンラディンへの謁見を冬の時点で申し込んでいた。やはり国王という立場は忙しいのか、なかなか時間が取れず、春の会議前にやっと時間が取れるというので、少し早めのスケジュールで王都入りをしたのだ。二年連続、わたしは未成年でジャルダンから連れ出されることになったのだが、当事者であり、能力をきちんと示さなければならないので仕方がない。


「オフィーリア、今回は交渉の場となるのだ。其方の将来をも左右する出来事なのだ、しっかりしなさい」

「……はい、申し訳ありません……」


 呆けていたわたしを叱咤するヴィルヘルムの青磁色の瞳がギラリと光った。わたしの身を守るためにいろいろと手を回してくれていたのだ。わたしの態度が悪いのは申し訳ない。わたしはもう一度、気持ちを入れ替えるために深呼吸をした。


『緊張せず、こちらが多くの情報を握っていることを相手に悟らせるのですよ。そうすればあちらも情報欲しさに、いろいろと話してくれるかもしれませんよ。だから落ち着いてくださいね』

「はい……」


 ヴィルヘルムの傍で漂っているシヴァルディはニコリと笑った。言っていることが高度過ぎて難しい。そんなお貴族様な態度、わたしにできるだろうかと不安になってしまう。

 けれどそんなことは言ってられない。今回は秘匿にすることが多すぎて保護者であるアルベルトはいないのだ。ヴィルヘルム、わたし、コンラディンたちの真剣勝負だ。


「ジャルダン領より、領主ヴィルヘルム様とその婚約者オフィーリア様です」


 謁見の間に入る前に名前を呼ばれ、背筋が伸びる。

 普通に生きていても国王に会う機会などないはずなのに、わたしは二度目だ。前世でもそのような高位の存在に会うことはなかったのに。人生って何が起こるかわからない。

 重厚な扉がゆっくりと開かれ、わたしは目線を下にする。相手を敬う気持ちを忘れず、見ていて気持ちの良い所作を心掛ける……。クローディアや家庭教師に口酸っぱく言われたことを何度も何度も内心で繰り返す。精霊王プローヴァ、そして王族の色である真っ白な床が見えてくると、ヴィルヘルムは前へと歩き出す。わたしも数歩後ろでぴったりとくっつくように歩くように努力するが、成人男性の歩幅には追い付かずどんどん置いていかれる。この一年で身長は伸びているはずだが、まだまだ子どもだということだろうか。

 コツコツコツ……と靴音が響く。

 しかしすぐに足音はなくなり、ザッと膝をつく後姿が目の端に映った。わたしもできるだけ失礼にならない速度で追いついて、サッと片足をついた。そして右手は胸の前に。


「顔を上げなさい。許す」


 以前聞いた渋い声が前方から聞こえたので、わたしはゆっくりと顔を上げた。


「……謁見を申し込まれていたのに、なかなか機会が叶わなかったことを許してくれ」

「そんな、もったいないお言葉です」


 目の前にいる王族は、今日は二人だった。

 現国王コンラディンと、次期国王ブルクハルトだ。以前いたフリードリーンはいないようだ。わたしは目を閉じて、こっそりと二人の精霊力の色と保有量を確認する。シヴァルディが言っていることが本当なのか確かめたかったのだ。目の前の二人がぼぅ、と炎に変換される。

 ……白。何にでも染まれる白だ。そしてジギスムント様よりは激しいけど……、領主様よりはちょっとだけ少ないね。

 予想通りだったので、わたしはすぐに瞼をそっと上げ、二人を見上げる。するとコンラディンはわたしたちを見定めるようにすぅ、と眼を細めると、ズンと足元が重くなり、背筋に寒気が走った。


 これが王族の威厳というものなのだろうか。怖い怖い。


 恐怖感を抱いていることを悟られないようにニコリと笑みを浮かべると、コンラディンは前回の謁見でも見せたようにぱちくりと目を見開いた。前回でもそうだったけれど、何かおかしいことでもあるのだろうか。教えてくれないとわからないよ。


「さて、今回の謁見、用件は大体理解している。……ブルクハルトとの婚約の件だろう?」


 戸惑っているわたしに気付かないのか、コンラディンは早速本題を切り出した。堅苦しい挨拶など必要ないのは有難いが、話の主導権を握りたそうにしているのは丸わかりだ。

 ヴィルヘルムはコンラディンの発言に動じず、「はい」と笑みを貼り付けて頷いた。


「有難いお話ではあるのですが、オフィーリアは私の婚約者であり、今後ジャルダン領の政を担う文官として登用していきたいと考えています。ですので、今まで打診されたお話は辞退させていただきたいのです」

「ほう……、ジャルダンを担う文官か。まだ成人前の子どもだろう? 何故その子どもに拘るのか」


 コンラディンの言葉で隣にいるヴィルヘルムの口角が上がるのがわかる。その言葉を待っていました、と言わんばかりだ。


「成人前ですが、将来有望なのです。……ですが、それをご存知ではないコンラディン様やブルクハルト様は何故オフィーリアを婚約者に、と望むのでしょうか。この子にそこまでの価値があるかとずっと考えておりました」


 夏前にジギスムントが出した案の中に、わたしの解読能力を彼らに知らせるというものがあった。わたしが精霊に近いところにいると考えて手元に置きたいと考えていると思うので、それを引き出してしまうか、答えに困らせるか、どちらかを引けば、婚姻の代わりに文官として能力を貸し出す、という提案を出すことができる。わたしに関する情報は第一夫人の件があってできるだけ伏せてあったので、精霊力が多い程度では婚約の理由にはできないはずだ。なぜなら上の位の王族であるコンラディンたちの方がさらに多いとされているのだから。


「十五の壁を打ち破る方法を見つけてくれた、ということでは弱いですか?」

「現在、その方法を見つけたのはオフィーリアという情報は伏せてあります。領主の娘が嫁ぐのが慣例なのに、上位貴族の娘となると……、かなりの功績がないと難しいのではないでしょうか」

「それを各領地に公表すれば問題ないでしょう? それほど大きな功績ですよ」


 ブルクハルトは引かない。黒の瞳は真っ直ぐにヴィルヘルムを捉えている。


「公表することでジャルダンの立場は上がるでしょうが、私はそれを望んでおりません。その功績は王家のものとしておく方が良いと思われます。魔力の研究を第一にされてきたコンラディン様だからこそ、その公表は権威を落としかねませんよ。一領地の娘に大きな問題の解決方法を発見されたことは」

「……はあ。権威、か……。そうだな……」


 ヴィルヘルムの言葉に公表を諦めたのかコンラディンはため息をついた。ジャルダンが発見したことを伏せ、十五の壁を打ち破る方法を公表してもうすぐ一年になる。今になって、実は発見したのはコンラディンじゃなくてジャルダン領の貴族の娘でした、と言ってしまうと、いろいろと問題は起こるだろう。後出しは良くないことも多いのだ。


「何故オフィーリアを、という理由をきちんと教えてはいただけませんか。教えていただけたのならば、こちらもコンラディン様方の手助けができるのではないかと知恵を絞ることができます」

「…………」


 コンラディンは考え込んでいる。ヴィルヘルムは畳み掛けるように話し続けた。


「……もし私たちがコンラディン様の欲しがる古代に関する情報を持っている、と言ったら、どうされますか?」


 ヴィルヘルムの言葉にコンラディンの目の色が変わった。


今日からよろしくお願いします。

こちらの都合で申し訳ありませんが、最終章は目処が付くまで隔日投稿にさせてください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いつも楽しく読んでおります。 [一言] うーんこれは私だけかも知れませんが…「王族」という範囲クソデカ主語にだんだん違和感を感じるようになってきた。 物語序盤はどんな王がいるのか全くわ…
[一言] どうあってもオフィーリアを取り込みたいようですねー どんだけ切羽詰まってるんだろうか王族
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