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第十一話 下準備


 講堂で気を失って寝込んでからあまり日は経っていないがだいぶ体が仕事に慣れてきたのか、今日はかなりいいペースで仕事を終えることができている。

 今、領主様の来訪のための準備の一環として玄関の絨毯を替えている。この孤児院の決められた色なのか翠色(すいしょく)をよく見るが新しく用意された絨毯も変わらずその色だ。しかし前のくたびれたものより上等な絨毯で色も鮮やかで美しい。


「ここに隙間ができないようにしっかり合わせてくださいね」


 重たい絨毯を数人がかりで運び床に下ろしたところで、マルグリッドが声をかける。絨毯は丸まった状態なので言われた通り入り口に合わせて敷いていく。

 ここは来客用の階なのでわたしたちは立ち入ることはない。ふと見ると高価そうな調度品が置かれているのでうっかり傷つけないようにしなければ。緊張で心臓が高鳴るが細心の注意を払いながら作業を終えることができた。

 最後に絨毯の端を処理して立ち上がると、奥に庭園のようなものが見えた。この先に行ったことがないが中庭があるのだろうか。


「先生、あの奥には何があるんですか?」


 奥にあるものが気になって近くにいたマルグリッドに聞いてみた。マルグリッドはわたしの方を見ると微笑んだ。


「ここは来客用の階なので主に貴族が使うのです。あちらには初代王の記念碑が置いてある中庭になっています。来客をもてなす時にたまに使われてますね」

「マルグリッド先生は入ったことがあるんですか?」


 かなり詳しく話せているのでマルグリッドはこの階を利用することがあるのかと思い尋ねてみた。


「孤児院長や育手長に用事がある時はこの階を利用しますが、中庭は行きませんね。ここに勤める初日にちらりと中を見たくらいです。領主様一族と孤児院長くらいしか立ち入らない場所です」

「そうなんですか……」


 孤児院の職員であるマルグリッドでさえ入らない場所だということは貴族または位の高い者しか入れない場所なのだろう。初代王の記念碑、という響きには心惹かれるがわたしには入れない場所だということがわかったので内心ガッカリした。


「さあさあ、早く整えてしまいましょう。リアも次の仕事があるのでしょう?」


 碧眼を細めながらマルグリッドが手を叩く。

 今日の残りの仕事は菜園の手入れくらいだ。先程昼二度目の鐘が鳴ったので良いペースで来ていると思う。

 わたしは返事をすると他のみんながせっせとやっている仕上げの作業に加わった。



* * *


「あ、リアいたいた!」


 柄杓(ひしゃく)で水を撒いていた手を止め顔を上げると、一つにまとめた銀髪を揺らしながらサラが近づいてきた。わたしは持っていた水桶を地面に置きサラの方を向いた。


「サラ姉さん」

「良かった、間に合ったわ。今、時間ある? 仕事の区切りどう?」


 わたしはちらりと同じ作業をしていたアモリを見ると、サラの言葉で手を止めたアモリは頷いた。


「草引きも先にしてるし、行ってもいいよ。あとやっとくから」

「アモリ、助かるわ!」


 サラが手を重ねながら喜ぶとわたしの手を引いて調理場の方向へと向かう。

 約束していた料理のことか、と瞬時に納得すると何の材料が用意されているのか気になってきた。


「何の材料があるんですか?」

「パパタタ、ブラッノス、クロケボ……。あとはベーコンがあるわ!」

「ベーコンがあるんですか!」


 ベーコンという肉っ気があることに興奮する。その他の食材の名前はいつもスープに入っている食材だ。そのそれぞれの名前からじゃがいも、キャベツ、玉ねぎと日本での食材に自然と変換する。調理前の野菜たちの姿形は変わっているが切って調理すると見慣れたものになるのでわかりやすい。ちなみにこれらの野菜は菜園で採れた野菜たちだ。


「他にも食材があるけれど、実際に見て何が作れるか教えてくれる?」

「わかりました!」


 ベーコンがあれば焼いても良し、煮ても良しだ。料理の幅が広がるのでわたしはベーコンでできる料理を思い巡らしながらサラに付いていく。


 ベーコン巻き、ポトフ、炒め物……! ああ、何がいいかなあ……!


 前世で食べた料理たちを思い出すだけで涎が出てきそうだ。わたしは嬉しくなって足が軽やかになっていく。

 調理場に入り、食材が置かれている台の前まで連れてこられ、わたしは食材を確認した。


「あ、パミドゥーがあるんですね」

「今朝採ったばかりだけど痛むのも早いから早く使うことになって」


 パミドゥーとは甘さと酸味を兼ね備える瑞々(みずみず)しい野菜だ。言うなれば、トマト。中身は見慣れた真っ赤なのだが、皮は紫色で紅葉のフォルムをしているので変わった形のナスのようにも見えてしまうのが少し面白い。

 パミドゥーが使えるならトマト系の料理もいける。他に目を惹く食材はないので、それで作れる料理を考える。


 パミドゥーは無難にスープにするのがいいかも。でもせっかくだからスープ以外のものも食べたいなあ……。


 わたしはパミドゥーとパパタタを手に取った。ベーコン巻きをしてもいいが思った以上にベーコンの量は少ないので、小さく切って出汁を取る形の方がいいかもしれない。そうなると野菜でどうにかスープ以外のレシピを捻り出さなければならない。

 しかも砂糖や酢、みりんなどの調味料に代わるものがまだ見つかっていないので塩で味付けができるもの、と考えるとなかなか難しい。わたしは右手にあるパパタタをじっと見つめて考える。


 あ、ガレットならいけるかも。じゃがいもを細く切って焼いてデンプンで固めるから塩味で十分だし、スープがあれば食べやすいと思うし。


 材料を再度見て、ガレットとトマトスープが作れることを確認する。

 量的にも十分足りそうなのでサラにも手伝ってもらいさっさと作ってしまおう。


「パパタタのガレットとパミドゥーのスープにします。サラ姉さんはパミドゥーとベーコンのスープをお願いしていいですか?」

「ええ、もちろんよ。とりあえず食材をスープ用に切ったらいいかしら?」


 サラが尋ねてきたのでわたしは頷くと、サラはナイフを持って野菜たちをカットし始めた。わたしもパパタタの処理をするために、昨日作業した台に大量のパパタタを持っていき、塩を入れて揉み込んでいく。今朝のような水に晒すまでの処理をする。毒を抜く作業は面倒だが、美味しく食べるためには仕方がない。

 そして水に濡れたパパタタの水気を丁寧に布巾で拭き取りボウルに入れていく。これから大豆サイズを細く切っていくのでかなり面倒な作業だが、わたしの口はもうガレットしか受け付けない口になっているので美味しいガレットのために頑張ることにする。

 パパタタの処理が終わったのでわたしはナイフを持ち、パパタタをできるだけ細くなるように切っていく。ただ大豆サイズなので思うように切ることができない。不揃いの歪な形になってしまったがまあ仕方がない。

 そのまままとめて切ってみるなど時間短縮を図ったが、全て切り終えるにはかなりの時間を要してしまった。途中で材料を切り終えたサラが次の工程を聞きにきたので、今朝と同じように油で炒め水を入れて煮込むように言っておいた。


「これに塩を入れて」


 切ったパパタタに塩を入れて混ぜると、浅めの鍋に油をひき、パパタタを全体に広げ入れた。


「えっと……、こうだったよね?」


 今朝サラが切り替えてくれたようにボタンを押すと点火した。

 わたしは木べらを持ちたまにぎゅうぎゅうと全体を押しながら焼いていく。香ばしい香りが鼻孔をくすぐった。そしてしばらく焼いたらひっくり返し油を端から流し込んだ。こんがりと焼き色がつくまで焼くので様子を見つつ焼いていく。


「できた!」


 皿にひっくりかえし出来上がりを確認する。じゃがいもよりデンプン量が多く含まれているのかしっかりくっついて固まっている。いい出来だ。仕上げに塩を振って味を整えておいた。胡椒がないのが残念でならない。

 まだ生地は残っているので同じようにして大量生産していく。


 スープの方は長く煮込んだおかげかベーコンの出汁が良く出ていてかなりいい感じだ。わたしはサラにパミドゥーの皮を剥き小さく切って鍋に入れるように頼んだ。

 念のため匙でスープを掬って味見してみる。いつもは煮込む時間があまりないのでしょっぱいだけのスープが今日はベーコンの旨味が加わり美味しい。会心の出来に口角を上げて頷いた。

 あとはパミドゥーを入れて塩で味を整え、作ったガレットを人数分に切り分ける。一人分の量はあまりないが、パンもスープもあるので十分だろう。


「すごいわね、匂いだけで美味しそうだわ」


 出来上がった料理を見てサラが嬉しそうに言った。サラは料理が好きなのかもしれない。それならば孤児院で出される料理も徐々にわたしが食べ慣れた味が増えてくることは間違いない。

 暮れの鐘がなったのでそろそろ仕事を終えお腹を空かせた子どもたちが食堂にやってくる。わたしは配膳をしようと皿を手に取った。


 あ、マルグリッド先生とイディの分も取っておかなきゃ。


 そう思い出して取った皿を置いて、小さめの食器を取りに行き、スープとガレットを別で分けた。


「イディ」


 小声で呼びかけるとイディが姿を現す。そして目の前の出来上がった料理を見て目を輝かせた。


『また作ったの?』

「うん。こっちはイディの分で、そっちは先生に渡すからちょっと預かってくれない?」

『わかった。ありがとー!』


 イディが自分の分の器を手に取りながらマルグリッドの分を消した。少しくらいならイディが隠してくれるので助かる。イディは嬉しそうにパミドゥーのスープを啜って料理を堪能しているようだ。

 喜んでくれていることに安堵するとわたしは再び配膳しにみんなの分の皿を運んでいく。食堂にはぽつぽつと子どもたちが集まってきていた。


「今日はいつもと違うわね」

「何だろ、これ。とってもいい匂いがする」


 運ばれた料理を見ながら子どもたちは嬉しそうな声を上げている。そして早く食べたいがためか自分から配膳を手伝おうと調理場に集まっていく。

 あっという間に準備が終わり、今日の食事当番であるサラが前に出て祈りの言葉を述べ祈るとそそくさと食事を始める。


「こんなの食べたことない!」

「おいしいねえ」


 今まで食べたことがない旨味に子どもたちは感動しながら喜びながら食べていた。わたしはその様子を見て嬉しくなってスープを啜った。


トマトスープを作りました。

あと、領主様がここに来るようですね。代変わりして初めての訪問になります。

次回スープをマルグリッドに持っていきます。


ブクマ、評価、応援ありがとうございます。

励みになります。


2021/10/11追記

塩の扱いについて変更しています。混乱させてしまったらすみません。

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