表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
107/189

第四十八話 儀式の復活


「精霊に呪いなんてあるの?」


 今までの精霊のイメージとはかけ離れた言葉にわたしは驚きながら金色に淡く光る「呪い」の文字を撫でた。イディは腕を組みながら唸った。


『わからないし、初めて聞いた。精霊が呪うなんて聞いたことも見たこともない』

「……じゃあちゃんと読まないとわからないね。言い伝わっているだけで本当にあったことではないかもしれないし。でも今日は時間が来てる……」


 「呪い」という物騒な言葉が気になって仕方がないが、このまま続けていたら就寝時間がさらに短くなり、明日に支障が出るだろう。夜遅くまで何か作業をしていたことをフェデリカたちに知られたら、このささやかな自由時間が無くなってしまう可能性もある。それは何としてでも回避したいのだが。


『焦っても仕方がないよ。また明日続きやろう? 明日は実験の日でしょ?』

「……そうだね。また明日続きをしよう。そこまで量もなさそうだから、そんなにかからなさそうだし」


 ページの見出しをぺらぺらと捲ると、その呪いについて書かれている量は少なそうだ。イディの言う通り焦っても良いことはないので、今日は諦めることにした。わたしは広げていた資料たちをやむを得ず自身の中に仕舞い込む。

 そしてイディに「おやすみ」と適当に声をかけると、明日のためにそそくさと寝台に潜り込んだ。イディも何か考えたいことができたのか、心在らずな返事をするとスッと消えてしまった。


 一人きりで布団を被り、考える。

 精霊の呪いとは何なのか。

 精霊は人と協力をすることで繁栄するはずだ。呪いがどのように作用するのか、全く想像がつかない。恐ろしいものではないと良いがと願うばかりだ。

 そう考えていると、ウトウトと眠気が襲ってきた。その心地よい感覚に身を委ね、わたしは意識を手放した。



  * * *


「ヴィルヘルム、オフィーリア! 呼んでいただきありがとうございます! このような素晴らしい事象に立ち会える喜び、私は忘れません!」

「……はあ」


 感涙に咽ぶジギスムントを横目にわたしはため息をついてしまう。変わらないな、この人。

 ジギスムントを実験に招待する手紙を出すと、とても招待された喜びをつらつらと書いた返事がクロネを通して送られてきた。ヴィルヘルムの言う通り、きちんと誘っておいて良かったと思ったのは内緒だ。


「ジギスムント叔父上。領地の方は大丈夫ですか? 日程的に急でしたので引き継ぎなど問題なかったでしょうか?」

「ああ、ひと月前にそのことを聞いてから迅速に必要なことを叩き込んだので問題ない。もう隠居しても問題ないくらいだ、ははは」


 楽しそうに笑うジギスムントとは対照的にヴィルヘルムの顔は引き攣っている。

 領主の仕事は一朝一夕でできるようになるものではない。ヴィルヘルムは前領主の急死により、苦労しながら仕事をこなしている。ある程度分担しているとはいえ、領主でないと捌けない仕事もあるはずだ。それをたった一ヶ月で叩き込んだのが事実ならば、ジギスムントの息子に同情せざるを得ない。

 しかし、ジギスムントの到着も実験の日の当日だったので、結構ギリギリだったのかもしれない。若干彼の目の下に隈がうっすら見えるし。


「……それで、もう今から儀式の再現をされるのですか?」

「そうですね。到着してすぐになり、申し訳ありません」

「問題ありませんよ。早速参りましょうか」


 子どものように声を弾ませてジギスムントは目的地に向かうように促した。ヴィルヘルムは頷くと、「こちらです」と行く方向を指し示しながら歩き出す。


 第一夫人の件の処理でバタバタしている中、ヴィルヘルムは石柱の分布や石柱に注ぐことでどの範囲まで効果があるのかということを調べさせ、ある程度落ち着いたところで当日のルートを決めたようだ。

 チラリと聞いた話だと、やはり石柱は一定間隔で置かれており、道に合わせて設置されているものが多いそうだ。もちろん外れた場所に設置されたものもあるそうだが、そこの集落で人々が生活を営む場所なので必要だろうと思う。石柱一つに精霊力を注ぐことで広範囲に効果が得られるので、土地に直接注ぐよりも効率的である。それでも広い土地をカバーするには決して少なくはない数の石柱に精霊力を注ぐ必要がある。

 今回は城をスタート地点として、付近数か所に注いでみる予定だ。スタート地点はもちろん、畑の場所にあるあの支柱石になる。


 城の中にいたのですぐに実験会場に到着する。そこは春前の種まきの際に軽く精霊力を注いでしまったのだが、少量であるし、実りが多ければ良いと思うのでもう少し注ぐことになったのだ。


「では初めに私が注いでみましょう。アルベルト、ある程度変化が出たらやめるように声をかけなさい」

「わかりました」


 この実験に参加する面子は少なく設定している。領主二人だけでなく、アルベルト、ランベールがいるが、わたしやジギスムントの側仕えたちは排し、情報制限をかけている。もちろんアルベルト、ランベールには箝口令をしいている。

 ヴィルヘルムは石柱の前に屈むと、それに触れようと手を伸ばした。


「え……!?」


 その音は静電気が走ったかのような音だった。触れようとしたヴィルヘルムの手を拒むように、ぱちんと音を立てて石柱は拒絶した。誰しもが触れると勘違いしていただけに、周りは一瞬の静寂ののち、驚きの声が上がる。


「弾かれましたね……」

「え、ええ……。叔父上のところで起こったことと近い感じがします……」


 右手を自身の左手で押さえながらヴィルヘルムは呆然とした表情で石柱を見つめた。

 アダン領の中庭の石碑に触れようとした時も同様のことが起こった。しかしそれは他領の人間だから触れないと思っていたが、また違った条件なのかもしれない。


「おそらく他領の人間なので弾かれると思いますが、念のため私も触れてみましょう」


 そう言ってジギスムントも石柱に手を伸ばすが、ヴィルヘルムと同様に石柱はぱちんと軽い音を立てて、ジギスムントも拒絶した。


「石碑と同様に考えたら、他領だからという単純なものではないのですかね? 何かわかりますか?」


 ジギスムントは手を摩りながら、誰もいない虚空に目を向けた。すると灰色の優しい光とともにクロネが飛び出した。


『そうね……、この石の力の色はこの地のシヴァルディの色ではないよ。プローヴァ様の色だもん。ね、シヴァルディ』

『はい……。翠色でなく白の光ですね、この石柱が持つ光は』


 そう言いながらシヴァルディは翠色の光を纏いながら現れる。そしてじっとその石柱を見つめた。


「……オフィーリア、触れてみなさい」

「あ……、はい……」


 ヴィルヘルムが触れるように促してくるので、わたしは石柱に触れようと手を伸ばした。

 もちろん拒絶などされず、ぴとりと触ることができる。アダン領でもここでもわたしは触れられることはわかっていたので驚きはなかったが、疑問が生まれる。


「では何故オフィーリアは触れるのだろうか……?」

「そんなこと、わたしに言われてもわかりませんよ! 普通に皆さん触れると思っていたので、面食らってるくらいなんですから!」


 誰も答えられない問いを向けられて、わたしは反論する。けれどわからないと言っていては話が進まないので、石碑と石柱と何か違うことはあったかと必死に当時の出来事を思い出す。そして、一つ思い当たる。


「あ……、色ですね。石碑はそれぞれの色を纏っていましたが、石柱は白でした。……色通りの人間じゃないと触れない……? でも、わたしは何で……?」

「色通り……? どういうことだ、説明しなさい」


 混乱しているわたしに対して説明を要求してくるヴィルヘルム。わたし自身もどう説明したら良いかわからないが、考えをまとめるためにも言葉にすることにした。


「わたしはわかりませんが、領主様の色はこの地と同じで翠、ジギスムント様は灰色なんです。それで、石碑の光の色もここは翠、アダン領は灰色で異なっていました。そして、この石柱は白色……。同じ色を持つ人間じゃないと触れられないのかと……」

「ではオフィーリアは白なのか? この地に生まれたのならば翠だろう?」


 ヴィルヘルム、マルグリッドなどのこの地の貴族の精霊力の色は翠色なので、その理論からいけばわたしも翠色のはずだが、それなら触れるのはおかしい。わたしは自分の精霊力の色を見ることができないので自分の色がわからない。

 ヴィルヘルムの問いに答えるようにイディが現れて話し始める。


『リアは薄い橙です。ワタシの色に近い色になっています。ですが……』


 ここで言いにくそうに一度区切る。

 春乃という人間を思い出してからともにいるのはイディなので、わたしの色はイディの色と言われたらまあわからなくもない。


『クロネ様を呼び出した後に気が付いたんですが、リアの色が以前より白くなっている気がします……。だからリアは特殊、なのかもしれません』


 そう言ってイディはちらりとわたしを見た。その言いにくそうな視線にハッと気付いた。

 わたしは前世の記憶がある。そしてイディは以前、春乃の人格が覚醒したことにより器が変わり、精霊力保有量が増えたと言っていた。目覚める前のオフィーリアはおそらく精霊力の色は翠色だったのだろうが、春乃が目覚めたことによって別のものになったと考えるとわかりやすい。


『オフィーリアが特殊なのはわかったけど、ヴィルヘルムもジギスムントも石柱に注げないんじゃ、オフィーリアがやるしかないよね?』

「……言う通り、我々は開始地点にも立てなかったので失敗ですが、今回の実験はオフィーリアに可能な限り注いでもらって違いを比べるしかありません。考察と対策はまた後程考えねばなりませんな」

「その通りですね……。何故オフィーリアだけ触れるのかは後で考えましょう。ではオフィーリア、可能な範囲で良いので頼む」

「あ、はい……」


 時間は有限だ。日が暮れないうちにできることはさっさとやらなければならない。

 ヴィルヘルムに言われるがまま、わたしは石柱にもう一度手を当てる。静電気が走ることもなくぺたりと触ることができた。冷たい石の感触。わたしは目を閉じて、石柱の精霊力を探る。

 ぼう、と揺らめく白い光。白はプローヴァの色。そして、王族の色だ。何故わたしが王族に近い色を持っているのかはわからない。わたしは当てた手に神経を集中させ、多量の精霊力を注ぎ込んだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] まさか領主ですら弾かれるとは…… 領地を治める領主ではなく王が各地の石碑に精霊力を注いで回っていたのはこういう事情があったからなんですねえ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ