表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
104/189

第四十五話 決着、そして今後


 この数日間、アルベルトは事後処理に追われていたため、ほとんど屋敷に戻らなかった。クローディアに連れられて登城して、やつれたアルベルトを目の当たりにし、かなり大変だったのだなと気の毒に思ってしまった。まあ彼の仕事なので仕方がないことなのだが、それで体を壊してしまったのならば哀れだ。


「来たか。急に呼び出してすまない」

「いいえ。それよりも領主が簡単に頭を下げてはなりませんよ」

「ああ……、そうだな……」


 クローディアの注意にヴィルヘルムは疲労の色が浮かんだ顔で返すと、頭を軽く振った。近くにいるアルベルト同様に事後処理ばかりに追われて碌に休んでいなかったのは明白だ。

 第一夫人が今までにやってきたことが酷いのか、領主一族の者に処分を下すことが大変なのかはわからないが、この数日間で彼女らの処分を決定したのだからかなり急ピッチでやっているのだと思う。周りは堪ったものではないとは思うが、のんびりとしていても良いことはないので仕方がない。


「わかっているとは思うが、今日は最終処分が決定した。主犯たちがどう処分されるかを聞く権利はあると思ったのでな」

「ご配慮ありがとうございます」


 濃い隈を目の下に貼り付け、睡眠不足なのか充血したその眼はあまりにも可哀そうで、一刻も早く休ませてあげたいと思いつつも、わたしたちへの報告を優先したヴィルヘルムに礼を述べた。報告など後でも良かったのに。


「まずはアリーシアについてだが、ギルメット領主の姉ということもあって下手に死罪にしたり、平民に落としたりできないので、地下への幽閉が決定した。彼女は其方の誘拐の他に、公文書偽造、犯罪の示唆なども認めた。あの商人を使い、物資や人材を横流ししていたようだ。ただギルメット領主は関わっていないと言い張っているし、その証拠もあの平民の商人だけだ。ギルメット領主に抗議はできるが、領地間なので慎重にならざる得ないところもある」


 とりあえず第一夫人は表舞台に出てこれないような処分が決定したようだ。確かに他領に嫁いだとはいえ、簡単に毒杯を煽らせたり、身分剝奪をしたりするのは得策ではない。力のある領地であるギルメットを下手に刺激するのは良くないだろうと判断したのか。


「……ずっと気になっているのですが、何故アリーシア様はギルメット領主の関与を否定するのですか? 彼女は向こうにこちらの情報を送っているのでしょう?」

「関与を肯定したところで意味がないと判断したのだろう。領地間の問題が起これば領地は荒れかねない。特に加害側はな。まあ、肯定したところでギルメットは否定し、彼女を切り捨てることは確定だと考えたのだろう。それならば否定し、ギルメットの安定を取ることを選んだのだと思う。彼女は嫁ぐまでは次期領主候補として育てられてきたのだから、その選択は当然だ」

「……歪んでいますね」


 血を分けた家族なのにも関わらず、そのような関係が当たり前であることに気味の悪さを感じ、顔を顰めてしまう。ヴィルヘルムは「そう思うのも無理はない」とわたしの気持ちを肯定しつつも、その後に小さく首を横に振った。


「しかし上の立場に立つ者は守らねばならない者が多くなる。問題を起こした者を懐に入れっぱなしにしておくほど、危険なものはないのだ。それならば即刻、切り捨ててしまう方が楽なのだろう。それがあの領地の考え方であり、色だ」

「色……」

「何を大切にするのか、どのような信念を持つのか、それによって行動は変わってくる。ギルメットの場合は領地拡大による安定だろう。あそこはジャルダンのように豊かな森林があるわけではないのだ」


 ギルメット領は広い土地の割に荒野が半分を占めている。そこに暮らす領民が飢えずに暮らすためには、他領の食料に頼る部分もあると学習した気がする。だから金銭を稼ぐために武官を志願するものが多いのだ。

 もしかすると昔はギルメット領の荒野もそこまで広くはなかったのかもしれない。精霊力不足は深刻なものだとシヴァルディたちは言っていたので、それが関係している可能性は高い。


「……話が変わってしまったな。アリーシアは地下幽閉で、政治に携わることもないし、他の貴族に接触することもない。そして、実行犯として商人は死罪、ギルメット下位貴族は今は保留だ。ギルメット領主に連絡を取り、どのように言ってくるか様子を見るつもりだ」

「……恐らく彼らに罪を擦り付けて切り捨てると思うので、彼らは死罪だろうな」

「予想も容易いですわ」


 ヴィルヘルムの話にアルベルトとクローディアは確信を持っているのか頷きながら付け足した。ヴィルヘルムもそれを見通しているのか、面倒臭そうな顔でため息をついた。ギルメットが少ない被害で逃げ切ろうとするのは明らかなのだろう。


「まあジャルダン前領主の第一夫人という手駒を失ったので、こちらの情報も得にくくなり、干渉も減るでしょう。そう考えるとこちらの利も大きい」

「……ではリオレッタ様も同様に幽閉されるのですか?」


 アルベルトの言葉にクローディアはそう尋ねた。母娘の近い関係なので親の責任を取るのが妥当なのだそうだ。リオレッタもギルメットの血が流れているので判断が難しいし、彼女がどこまで悪に手を染めていたのかわからない。わたしはヴィルヘルムがどう判断したのか知りたくて、ちらりと彼を盗み見た。


「リオレッタは成人しておらず、表舞台に出ることも少なかったので、母親が実際に何をしていたのかは知らない様子だった。彼女はジャルダンの領主になるための道具だったようだ。本当にアリーシアの使いやすい手駒であり、操り人形だったのだよ」

「では、リオレッタ様自身が犯した罪はないということですね」

「ですが母親の罪は被らねばなりません。そうせねば他の貴族に示しがつきません」


 アルベルトは首を横に振った。母親に子としてではなく、道具として扱われていたのは、本当に憐れで、心の底から同情するしかない。

 彼女のあの人格も第一夫人が作ったようなものだ。育つ環境は人格形成に大きく関係する。何が正しくて、何が駄目なのか。きちんと教えてくれる人材がいないことで、子どもの考え方は大きく変わるのだ。もしリオレッタが別の者からも教育を受けていたら、良い意味でうまくやっていたのかもしれない。


「もちろん母親の罪は償ってもらう。遺恨を残さないためにも母娘揃って幽閉してしまう方が確かに楽で正解だ。しかしこちら側が何もせずにそう判断して良いのかと考えている」

「……では幽閉は考えておられないのですね」


 クローディアの言葉にヴィルヘルムは慎重に頷いた。領主、貴族としては甘い考えだが、相手の事情を考慮しているので人としては好きな考え方だ。ただ、第一夫人に苦しめられてきた貴族たちがある程度反発しないようにしなければならない。そこの塩梅は難しいところだ。


「リオレッタ様は母親を失ったようなものなので、心の支えが無くなり暗く、抜け殻のようでした。リオレッタ様が頼れる者も全て処罰対象でしたし……」


 アルベルトはリオレッタに会っていたのか、その時のことを思い出して暗い顔をしている。十歳の子どもがするような顔ではなかったのだろう。子を持つ父親としては彼女を不憫だと思っているが、今までのことを考えたらやり切れない思いを抱えているのが窺える。


「だがリオレッタを次の領主にと担ぎ上げる輩が居ないとは言い切れない。そのため領主一族の身分は剥奪し、中位貴族辺りに落とし、教育を受け直す案を提案した。それが嫌ならば母親と同様に幽閉だということも付け足して。……彼女はどう答えたと思う?」

「どちらも嫌……でしょうか……?」


 幽閉され自由を失うか、今までの身分を剥奪され嘲笑と冷遇の中、不自由なく生きるか、難しいところだ。心の支えもない、支援もない。十歳の子どもが受けていいものではないと思う。わたしならば文句をぶち撒けるだろう。

 けれどヴィルヘルムはわたしの答えに対して、首を横に振って否定した。


「答えは、『お母様は何を選べと言っていますか?』だ。自分の意志で選べと言ったが、何も選べなかったのだ。リオレッタは意志を持たぬただの生きる人形だ」


 あまりに酷い答えに茫然としてしまう。あの冬のお披露目の時の虚勢も剥き出しの敵対心も母親に言われるがままに露わにしたものだったのだ。意志がない、人形という言葉が本当にぴったり当てはまるのが恐ろしい。


「だからまだ成人前なので一般貴族として教育し直し、それでも更生不可、または争いの種になると判断したら処分することにする。その契約もきちんと締結する。それが私の判断だ」

「他に第一夫人が示唆し、派閥の貴族たちが実行した犯罪も幾つか明るみに出ました。禁忌である人身売買、情報漏洩、報告虚偽など大から小まで。そのため彼らも一斉に処罰することになりました。これで第一夫人の派閥はほぼ壊滅状態のためジャルダンの魔道具を動かす人間が少なくなってしまったのです。リオレッタ様のことはその人員としての確保も含まれているのですよ」


 派閥の貴族が処刑されたことによって、本来動いていた精霊道具が動かなくなるのはまずいらしい。生活を動かすために道具を稼働させることは必要なので確かにそのための人員が減るのは困る。リオレッタでその確保は無理があるのではと感じてしまうが、彼女の今の状態から考えると手間はかかるが可能ではあるのだろう。


「この短期間でたくさんの貴族が処罰されました。罪が重すぎて取り潰した家もあります。暫くは大変だが仕方ないですな」

「ですがこれでヴィルヘルム様の命を狙おうとする者はいなくなったのですね」


 クローディアの言葉にアルベルトは安心したように深く頷いた。この部屋にいる人間が小さな息を吐く音が微かに聞こえた。大きな脅威が去ったのだと思い知らされる。


「今後は抜けた穴を埋めるために奔走することになる。まだまだ忙しいが、とりあえず今日は体を休めてくれ、アルベルト」

「ありがとうございます、ヴィルヘルム様」


 今日はこのままアルベルトは屋敷に帰って休むことになりそうだ。げっそりとやつれているので療養は大切だと思う。休んでください、お父様。


「まだまだやることは山積みなのですね」

「そうだな……。できれば夏前には粗方終わらせておきたい。試したいことがあってな」

「ほう、ヴィルヘルム様。試したいこととは?」


 疲れた顔ではあるが、少し口元を吊り上げて楽しそうに話すヴィルヘルムに、今まで黙っていたランベールが尋ねてきた。それに対して、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりにヴィルヘルムはニヤリと笑みを浮かべた。


「収穫量を増やすための実験だ。アダン領に行った際に面白い文献を見つけたのだ。成功すれば不作問題は一気に解決する」

「それは……、素晴らしいですね。じわじわと収穫量が落ちているのは由々しき問題だったので」


 アルベルトがヴィルヘルムの話に食いついた。文官である彼は先代から仕えているので、収穫量については思うところがあるのだろう。

 しかしヴィルヘルムはアダンで見つけたと言っていたが、真っ赤な嘘だ。さらっと嘘を吐くヴィルヘルムはやはり怖い。


「アダン領主に教えてもらった礼として実験の立ち合いを考えているので、早くそちらの方も手をつけ始めなければならない」

「え……、ジギスムント様も見られるのですか?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 我儘すら言わないってのはリオレッタの今後が不安になる情報ですねー 当面の危険こそなくなったのかもしれませんがギルメット領には怨敵に見られてそうですし油断はできませんね
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ