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第四十三話 迅速な保護


 夜が明け、日が昇る。

 イディと体を寄せ合って一夜を過ごしたが、布団など用意されていない物置のような小さめの部屋だったので春になったばかりの夜はまだ寒かった。孤児院で過ごしていた時と変わらないのだが、流石に毛布がないのはきつかった。


 さて、シヴァルディによるとここはジャルダン領の中心に近いところだそうだ。真っ直ぐにギルメットに向かえば二日程度で到着できる距離だが、ヴィルヘルムたちを欺くために暫くはこの領地を彷徨きながら向かうことになるだろう。

 まあこの行動の意味が結局は向こうに筒抜けなので、意味のない行動なのだけれどね。


 そして昨夜ヴィルヘルムがわたしを運ぶのは商人だろうと言っていたが、その通りだった。

 朝になり、日がある程度昇ると、わたしは車に積み込まれ、大きめの動物が入るような檻に閉じ込められた。周りを見渡すと新しい樽や布などが置かれていて、これらが商品であることは明らかだった。そんな中に不自然に檻があるので、もしかするとこの旅商人は偽装なのかもしれない。ほとんどが精霊力を持たない平民であるのに、二人ほど精霊力を持つ人物がいた。精霊力を持つ者は基本貴族なので、その二人はそうなのかもしれない。


『リア。この車、ギルメットから遠ざかっています。車の特徴などヴィルヘルムに知らせますね』


 車が走り出したところでシヴァルディが現状を知らせてくれた。わたしは頷くと、彼女は胸に手を当て念話を送る。シヴァルディは忙しなく動き回ってくれている。彼女のおかげでわたしのいる位置が大体わかったらしく、既にわたしを救出するための武官を引き連れて、こちらに向かっているそうだ。


『私は外でどの方向に向かっているのかを確かめに行ってきます。……イディ、きちんとリアを守ってくださいね』

『もちろんです、シヴァルディ様』


 イディが真剣な表情で頷くのを見届けて、シヴァルディは笑みを浮かべるとフッと姿を消した。もしこの二人がいなかったら恐怖と不安で精神が崩壊していたに違いない。


『ワタシもシヴァルディ様もリアの味方だから。だから信じて待っててね』

「……うん。ありがとう」


 わたしの頭にイディの小さな手が置かれ、よしよしと撫でられる。孤児院で暮らしていた時、マルグリッドがわたしの頭をよく撫でていてくれたな、とその感触を思い出していると、急に体の力が抜けてきた。昨夜は一睡もしていなかったこともあり、疲れが溜まっているようだ。わたしは柵の部分にもたれかかった。そして気付けば目の前は真っ暗になっていた。



 ガコンッ!

 体に痛みを感じるとともにスッと意識が浮上し、自分が眠ってしまっていたことに気付く。慌てて扉を見ると、漏れる日の光はまだ明るく、日が落ちかけている様子もない。

 ──揺れてる!

 ボーッとしていた意識がはっきりしてくると、周りの樽などがガコンガコンと揺れていることに気が付く。荒っぽい運転だ! 柵にもたれていた体を起こすと、柵がカシャンと音を立て、軽く体が浮いた。


「……イディ、何かあった?」


 イディに問いかけると、彼女も状況を理解できていないのか首を横に振る。この車は突然早く走り出したのだと彼女は言う。シヴァルディはこちらにまだ帰って報告していないので外の状況がわからない。


 シヴァルディ。今、外の状況はどうなってる?


 どうなっているのか知りたくて、わたしは胸に手を当てシヴァルディに念話で問いかけた。するとすぐにシヴァルディはわたしの前に姿を現した。


『今、ジャルダンの武官たちでこの車を包囲しようと走っています! 向こうも逃げきろうと必死に速度を上げているのです!』

「ということは……」

『ええ、やっと合流できそうです! もう少しですよ、リア!』


 シヴァルディの言葉を聞いて、わたしは両手で柵を掴み、大きく息を吐いた。大きな希望の光が見え、間に合ったと安心した。わたしは敵が諦め、車が止まることを必死に念じ祈る。

 あと少し、あと少し!

 「聞いていない!」「どういうことだ!」といった戸惑いを含んだものや、「このまま逃げ切れ!」「遂行できなければ我々が……」といった焦りの声が外から聞こえてくる。そして暫くすると、ジャルダンの武官が近づいたのか戦闘が始まったようだ。剣がぶつかり合う音が響き始めた。

 しかしそれも長くは続かず、大きな獣声が聞こえると揺れていた車はガコンと大きく揺れた。そして次第にスピードを落とし、最終的には停車した。何があったのかと柵を掴むが、阻まれて何もわからない。


「オフィーリア! 無事か!?」


 ガタガタと音がしたかと思うと、わたしを呼ぶ声が外から聞こえ、すぐにその方向へと顔を向けた。ギイッと安っぽい扉が乱暴に開けられる。

 その扉を開けた先には焦り顔のヴィルヘルムの姿があった。

 武装した彼の姿からわたしは心の底から安心し、助かったのだと息を吐いた。



 何とか檻から出してもらって外に出ると、わたしが捕まっていた車の周りを武官たちが馬っぽい生き物に乗って包囲していた。武装している者は少数だったのか、これ以上の抵抗などなかったようだ。圧倒的なその数は敵の戦意を削いでしまったのか、商人も含め、武装した者も皆、大人しく縛られている。車を曳いていたアロゴーヴァたちの姿がないので逃げ出したことで車が止まったのだと納得した。


「ヴィルヘルム様、これがこの者の持つ通行許可証です」


 ランベールが一枚の木札を持ってきてヴィルヘルムに差し出した。ヴィルヘルムはそれを受け取り、書いてある内容を確認する。


「……なるほど。では聞こう。お前たちはこの許可書によると旅商人だな?」


 内容を確認したヴィルヘルムは冷たい視線を商人たちに向ける。しかし誰もヴィルヘルムの問いに答えようとしない。するとランベールが即座に剣を抜き、商人たちの目の前に突き付けた。ヒッと小さな悲鳴を上げ、数人がこくこくと頷いた。


「何故旅商人風情が貴族令嬢を檻に閉じ込め連れ回していたのだ? 嘘偽りなく話せ」

「それは……」


 言い逃れができない状況でヴィルヘルムは鋭い眼光で問い詰める。わたしがこの車に乗って檻に閉じ込められていたことはヴィルヘルムも確認しているので言い訳はできない。だから商人は弱弱しくこう言った。

 ──ジャルダン前領主第一夫人のアリーシア様の命令を受けて行った、と。

 言質を取ることに成功したヴィルヘルムは小さく息を吐いた。


 その後、商人をさらに問い詰めると護衛としていた男性数人はギルメットの下位貴族であることを吐いた。それにより彼ら関係の書類を数枚回収することができた。その書類に目を通した瞬間にヴィルヘルムは口元を吊り上げ、「すぐに城に戻る」と馬の準備を始めた。どうやらその書類は彼にとって良いものだったようだ。

 わたしはともに来ていたメルヴィルの馬に乗せてもらい、彼とともに一緒に戻ることを伝えられた。メルヴィルは「お守りできず申し訳ありませんでした……」と開口一番に謝罪してきたが、ヴィルヘルムは「懺悔は後だ」と一刀両断した。メルヴィルは小さく返事をすると、わたしを自身の馬に乗せた。


「最後まで終わらせなければならない」


 ヴィルヘルムが低く呟くと彼の馬が走り出した。そして後を追うようにジャルダンの馬たちも一斉に走り出した。向かうはジャルダンの城だ。


  ※  ※  ※


「ああ、オフィーリア良かった! 無事でしたのね!」

「オフィーリア!」


 馬を走らせ続けたお陰か日の入り前にジャルダンの城へと滑り込むことができた。ヴィルヘルムかアルベルトが呼んでいたのか、クローディアが城に待機していて、わたしを見るや否や心配そうな表情でわたしに手を伸ばしてきた。わたしはその手を取り、彼女の懐へと潜り込み、抱擁を受け入れる。


「アルベルトから聞いた時は心ノ臓が止まったかと思いました。ですが怪我無く戻って来られたこと、嬉しく思います」

「ご心配……おかけしました……」


 ふわりと温かい温度に安心感を感じ、やっとジャルダンへと戻って来られたのだとホッとする。わたしは軽く目を伏せ、その温かさに身を委ねた。


「クローディア。オフィーリアをこちらの事情に巻き込んですまなかった。しかしお陰で問い詰める材料が手に入った」

「ということは……」

「ああ、実行犯を生け捕りにすることができた。また偽造書類も手に入った。これで追い詰め、罪に問うことができる」


 ヴィルヘルムは取り上げた許可証を見せながらそう言うと、クローディアは「それは……」と小さく声を漏らした。アルベルトは「遂にですね」と神妙な顔で頷いた。ヴィルヘルムも口元を引き締めると、「行くぞ」とアルベルトとランベールに声をかけ、彼らを連れて部屋の外を出た。向かう先は第一夫人の部屋だろう。わたしはクローディアをちらりと見ると、彼女はわたしを安心させるように銀髪を撫でた。


「大丈夫ですよ。ここまで揃っていてはアリーシア様も言い逃れることは不可能です。……さあ、私たちも向かいましょう?」

「わたしたちもですか?」

「ええ、貴女は当事者で私は貴女の母ですもの。平民の商人よりは貴女の言葉の方が重いのですよ」


 そう言ってクローディアは抱擁をやめ、体を離した。そして屈んでいた状態から立ち上がり、扉の外に出るように促した。わたしは促されるがまま部屋の外に出る。


「……あの、領主様が言ってた偽造書類とは何だったのでしょうか」


 部屋に向かいながらわたしはクローディアに尋ねる。偽造書類はおそらくヴィルヘルムが取り上げた書類のことを指しているようだが、何を偽造していたのだろうか。


「あの書類はジャルダン領に入る際の許可書です。あれは領主が作成するものですが、先程見たところによるとアリーシア様が偽造していたようですわ。そのため他領から貴族を勝手に招き入れたこと、そして貴女を攫ってギルメットへ送る計画を実行したことは明らかな罪です」

「そういうことだったのですね」


 言わば公文書偽造だ。そしてそれによって誘拐も加わっているので一連の出来事は大きなスキャンダルになる。揉み消せるものでもないし、仮に揉み消そうと思ってもプレオベール家が許さないだろう。

 そして暫く歩くと、一つ扉が開いた部屋が見えてきた。その前にはたくさんの武官たちが待機しており、中には捕らえた商人や貴族たちが混ざっている。

 罪を明らかにする時の裏側を垣間見つつ、わたしはクローディアに付いて行く。


「……罪を認めたらどうなのですか?」

「何のことでしょう? 私とてオフィーリア様が誘拐されたこと、心配しているのですよ?」


 中からヴィルヘルムと第一夫人の会話が聞こえてくる。あくまでも自身は関与していないと言い張っているようだ。

 そんな中クローディアはここで待つように一言言ってから部屋に入っていく。


「……あら、クローディア様も。何か御用で?」

「全てを認めてくださいませ、アリーシア様。子どもを持つ母親として恥ずかしくないよう生きるためにも」

「認めるも何も私は何もしていませんわ、クローディア様」


 クローディアの説得にも耳を貸さず、やっていないと言い続ける第一夫人。ここまで言われているのだから証拠を掴んでいると思わないのだろうかと不思議に思うが。


「そうですか……。……オフィーリア、入ってきなさい」


 クローディアの呼びかけに応じて、わたしは部屋の中に入ると、ヴィルヘルム、アルベルト、ランベール、クローディア、そして数名の武官が立っていた。その中に椅子に座った第一夫人が居た。

 彼女はわたしを見た瞬間に表情を消した。


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― 新着の感想 ―
[一言] 救助早かった! 公文書偽造の証拠も見つかっているわけですが、はてさてここからどんな言い訳が出てくるのやら
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