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第十話 呼び水


「味見させてくれない?」


 朝食の時間が終わり片付けをしていると、サラが残ったスープを見下ろして言った。食事の時アモリたちが騒いでいたのを見て気になったのだと言う。わたしは快諾して鍋を差し出した。サラは匙でスープを掬い、口に運んだ。


「こんなの、食べたことない……!」


 サラは目を見開いて驚いていた。もう一口飲んで口元に手を当てた。


「塩を減らしただけでこんなに美味しくなるの?」

「旨味や甘味を引き出すために事前に炒めたり煮込み時間を長くしたり工夫は必要ですが……。あと塩はたくさん入れることで毒になるので気をつけなければいけないのです」


 塩分が高い料理を長く食べていると病気になる。わたしは注意事項を伝えると「すごいわ」とサラは感心していた。


「ねぇ! このスープの作り方、詳しく教えてくれない? みんなにこの美味しいスープを食べて欲しいわ」


 目を輝かせて言うサラにわたしは頷いた。美味しい料理が浸透すればわたしも毎日の食事が楽しみになる。孤児院なので使える食材は限られるが、今よりは断然マシだ。


「最近、領主様が変わって使える食材も増えたから他にも作れる料理があるなら教えて欲しいわ!」

「領主様?」

「あら、知らなかったの? 最近スープの具が増えたでしょ? 今まで援助なんてなかったのに今の領主様になってから少しだけどお金の援助が来たのよ」


 そういえばここ数ヶ月スープに肉が追加されていたことを思い出す。ここでは長い時間煮込むことをしないので肉の旨みなど感じずがっかりしたためすっかり頭から抜けていた。

 肉が増えたのはジャルダン領の領主が変わったからか。アモリたちから特に聞いたことがなかったので知らなかったが、先生たちから聞いていた年上組では有名な話のようだ。


「お金の援助が来たから安いお肉だけど買うことにしたんだって。野菜は菜園があるしね」

「じゃあスープ以外にも美味しく食べられる料理がないか考えてみますね」


 わたしはそう言って鍋に少し残っていたスープを小さめの器に移した。これは食べたいと強請(ねだ)っていたイディの分だ。人がいないところで食べてもらおうと思い、空の鍋と器を持った。


「サラ姉さん、もし良ければ料理に使う食材を教えてください。そしたらどう調理するか教えられると思います」

「ええ、わかったわ。また伝えに行くからよろしくね」


 わたしが一つ礼をするとサラは後片付けに戻っていった。そしてわたしはそのまま調理場から外へと出た。

 調理場の外は井戸があるところに繋がっている。辺りを見渡すが今のところ人はいない。


「イディ」

『待ってたわ!』


 イディを呼ぶとすぐさま彼女は姿を現した。そしてわたしが持っているスープの器を持ち上げた。


「ごめんね、朝の魔力供給があるから部屋に戻らないと。木の影とかに隠れて飲んでて。あとで器を洗うから」


 わたしは喜んでいるイディにそう伝えて帰ろうとした。しかしイディはわたしが持っている鍋を指差した。


『あら、その鍋は洗うんじゃないの?』

「うん。でも早く行かないとまた怒られるし」

『それ、貸してて。一緒に洗っとくわ』

「いいの?」

『ええ! このくらいならワタシの精霊力で

ちょちょいのちょいよ』


 自信満々に言い切るイディにお礼を言い、わたしは鍋を預けて自室へと戻ることにした。供給が終わったら仕事なので効率がいいように進め、時間があればロジェからテオの実のなる場所を聞いて採集しておきたい。

 思ったよりも忙しいが夜の楽しみのためならば頑張れそうだ。



 部屋に戻るとマルグリッドがもう来ていた。先にアモリの供給から始めようとしていたのでわたしは隣に座った。


「どこ行ってたの?」

「鍋の後片付けをしてたの。わたしの分は別だったでしょ?」

「あら、リアが料理をしたの?」


 わたしの言葉にマルグリッドが反応した。普通はまだ料理の分担はないはずなので驚いている。マルグリッドの疑問にアモリが身を乗り出して答えた。


「リアが塩を減らした料理がしたいって駄々捏ねたからリアの分だけの料理を作ったんです」

「まあまあ! それって味が無くなるのではなくて?」

「わたしもそう思ってサラ姉ちゃんと一緒に止めたんだけど、リアは本当に塩を減らしてスープを作ったんです」


 マルグリッドは信じられないと驚愕している。初めて聞いて驚かれるので、塩たっぷりで味付けするこの世界の食事事情に落胆する。

 でも美味しさに気付けばあっという間に広がると思うのでこれから布教活動を続けていきたいと心に誓った。


「でも、それがすごーく美味しかったんです!」

「薄いのに?」

「薄いのに、です! 一度マルグリッド先生も食べてみて欲しいです! きっと驚きます!」

「じゃあ、次作ったら持ってきてほしいわ」


 アモリの渾身のプレゼンにマルグリッドは興味が出たらしくわたしに頼んできた。布教活動に励むべくわたしは申し出に快諾すると、マルグリッドは「よろしくお願いしますね」と可愛らしく微笑みかけてくれた。サラからも別の料理をと言われているのでそのタイミングで良いだろう。

 そうこうしているうちにマルグリッドはアモリとわたしの分も供給を終え、部屋を去っていった。日に日に供給後のマルグリッドの疲れ具合が酷くなっている気がするがなぜかわからないので、心の中で合掌し謝っておく。……何だかわからないけど多分わたしのせいですよね。ごめんなさい。


「リア、今日の仕事は?」

「水汲みと週末だからシーツの洗濯、調理場と食堂の掃除と菜園の水やりと草引き。あとこんな時期に玄関の絨毯替え。何でだろう?」


 自分でやらなければいけない仕事を言っていて悲しくなってきた。これを暮れの鐘までに終わらせなければならないのでなかなか忙しい。しかもいつもの仕事に追加して謎の絨毯替えがあるのは不思議だった。わたしがここに引き取られてから絨毯なんて変えたことがないのになぜ今更そんなことをするのかわからない。元から傷んでいるので気にしてないと思っていたが。


「ああ、近々領主様が視察?するために来るんだって。領主様って上の方の貴族でしょ? 孤児院長が今慌てていろいろ直してるって姉ちゃんたちが言ってたよ」

「そうなんだ。視察ってどこを見るんだろう」

「うーん……わかんない。でも私たちには関係ないよ。きっとその日は変なことしないように言いつけて閉じ込められると思うから」

「ああ、そっかー……」


 平民と貴族とでは暮らしている環境も考え方も違うだろう。平民の子どもが変なことをしでかさないように隔離しておきたい孤児院長の気持ちはわかる。その日はもしかすると動きにくくなるので仕事が減るかもしれない。束の間の休息日になるならば領主の邪魔をするつもりも孤児院長に迷惑をかけるつもりも微塵もないので講堂に篭って解読を進めていきたいところだ。


 領主様の視察、万歳!


 想像するだけで幸せな気分になったので口元が緩む。当日の予定はほぼ決まったのでそれまで頑張ろうと強く決心した。


「じゃあ仕事しようか。次会うのは菜園の水やりかな」

「そうだね。じゃあ昼三度目の鐘が鳴ったら菜園でね」


 そう言ってアモリと別れ仕事をしに向かった。

 まずはイディがいる場所に行き鍋と器を回収して水汲みからだ。わたしはさっさと調理場の外に戻る。


『あ、おかえりー』


 わたしの帰りを待ちわびていたかのようにぶんぶんとイディが飛んでいる。辺りに人がいないか確認するが誰もいないのでイディに駆け寄った。


「どうだった?」

『美味しかったよー! ありがとー!』


 そう言ってイディが指をパチンと鳴らすと綺麗に洗われた食器と鍋が現れた。そしてそのままわたしの腕の中に収まった。


『綺麗にしておいたから、また食べさせてね』

「良かった。また食べてね」


 イディは嬉しそうに頷くとわたしの肩に腰を下ろした。わたしは食器と鍋を持って調理場に入り元の場所へと返した。


『初めは水汲み? 水瓶、あんまり水も入ってないわね』

「そうね、ちょうどいいしやっちゃいましょう。往復四、五回くらいでいっぱいになるかな」

『頑張って!』


 わたしはイディの声援に笑顔を向けると水瓶の近くに置いている水桶を手に取った。


 今日も頑張りますか!


少しずつ話は動き始めます。

一応孤児院の管理権を持つのは領主です。なので度々視察には来ます。

次回、マルグリッドの捧げ物を作ります。


ブクマ、応援いつもありがとうございます!

励みになっています!


2021/10/11

塩の扱いについて変更しています。混乱させてしまったら申し訳ないです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 塩の扱いは難しいと思いますね。 中世レベルの世界であれば、塩は味付け以上に、貴重品かつ必須物資なんです。 そのため、孤児院で最も不足しそうな物品のはずですが・・・。どうやらそんな感じの扱い…
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