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第三章 「少年の帰還とカップルの旅立ち」

 目と鼻の先にまで間近に迫った生命の危機に、僕が潔く覚悟を決めようとした、その次の瞬間だった。

「しまった!やっぱり、ここに残っていたのか!」

「危うく男の子を巻き添えにする所だったわ、可哀想に…」

 駆け落ちの末に心中を試みた御兄さんと御姉さんが、もう一組現れたのは。

「えっ…これは?!」

 何とも言えない、不思議な光景だったよ。

 御兄さんと御姉さんが、それぞれ二人ずつ。

 まるで鏡に写したか、双子同士でカップルになったみたいに瓜二つだったんだ。

 とはいえ、運転席と助手席で突っ伏している方は半透明で、後から現れた二人は光に包まれているから、一目見たら簡単に判別出来るんだけどね。

「僕達二人の残留思念のせいで、君には怖い思いをさせてしまったね。済まなかったよ。」

 白い光に包まれている方の御兄さんが、ゆっくりと頭を下げながら、静かに僕に語りかけてくる。

 運転席で突っ伏してる方と違い、僕をシッカリと認識出来ているみたいだ。

「残留思念…?貴方達は一体?」

「その質問には私が答えさせて頂くわよ。怖い思いをしたんだもの、坊やには知る権利があるわ。」

 僕の呟きに応じてくれたのは、御姉さんの方だった。

 こっちも身体が淡く光っていて、まるで蛍みたいだったよ。

「坊やじゃないよ!僕には枚方修久っていう立派な名前があるんだから!」

「あらあら、ごめんなさい。それじゃ、枚方君で良いかしら?私達が故あって心中に踏み切ったのは、貴方も知っているでしょ…」

 光に包まれている方の御姉さんは優しく微笑むと、事の顛末と自分達の身の上話を切り出してくれたんだ。


 なんでも、小さい頃に御両親が離婚した御兄さんは、御父さんに引き取られて成長したんだって。

 家を出て行った御兄さんの御母さんは、再婚して女の子を出産したんだけど、その子が後の御姉さんだって事は分かるよね。

 やがて成長した二人は、お互いが父親違いの兄妹であるなんて夢にも思わずに愛し合ってしまったんだ…

「血が繋がっている以上、結婚は出来ない。両方の親族に引き離されるのを嫌って、私達は全てを捨てて駆け落ちしたの。それでも逃げ切れないと観念して、心中に踏み切った。そこから先は枚方君も知っての通りよ…」

 密閉した車内で練炭の煙を炊いた事で、御兄さんと御姉さんは一酸化炭素中毒で亡くなってしまった。

 だけど、此の世で結ばれなかった無念の思いと一酸化炭素中毒で死ぬ時の無意識下の生存本能が強くて、二人の理性と切り離された残留思念が車に焼き付いてしまったんだ。

「僕達二人は全てに納得した上で心中した。そして夫婦として生まれ変わるつもりだったんだ。だけど、地上に何かを忘れてきた気がして引き返して来たんだよ。その忘れ物が、これさ。」

 光に包まれている方の御兄さんは、運転席に手を伸ばして「忘れ物」を見せてくれた。

 人形みたいに力の抜けた、もう一人の御兄さん。

 それは、心中の一部始終を機械的に再現していた残留思念だったんだ。

「樹里、やり方は分かるね。」

「大丈夫よ、路夫さん。こんな残留思念を置き去りにしていたら、生きてる人達のためにも私達のためにもならないもの。」

 その先の光景は、驚くべき物だった。

 抱き上げられていた残留思念が、光に包まれている方の御兄さんと御姉さんに吸い込まれていったんだから。

「これで僕達二人は、心置きなく夫婦に生まれ変われるんだ。」

 感慨深そうに呟く御兄さんの身体は、前よりも一層眩い光に包まれているようだった。

 きっとそれは、車に焼き付いていた残留思念を吸収したからなんだろうな。

「安心して。私達の残留思念は、二度と再び現れる事はないから。その証拠に…ほら、ドアも開くはずよ。」

 御姉さんに促されて後部座席のドア見てみると、あの半透明のガムテープも綺麗サッパリ消えている。

 軽く力を入れると、拍子抜けする程にアッサリとドアは開き、僕は外に出られたんだ。

 どうやら、あのガムテープも残留思念の一種だったみたい。

「さようなら、枚方君。私達が言うのも何だけど、後悔の無い充実した人生を送ってね…」

 降車した僕に投げかけられた、穏やかで優しい囁き声。

 それは僕に対する別れの挨拶だった。

「あっ!御兄さん、御姉さん!」

 振り返って見てみると、固く抱き合った御兄さんと御姉さんが、眩い光に包まれて空へ上っていく所だった。

 その神々しい美しさは、今までで見た事も聞いた事もない物だったんだ。


 ポカンと空を見上げている僕の後ろで、誰かが駆け寄ってくる足音がする。

「いたいた…探したぞ、修久。お前、そんな所にいたのか。」

 呆れたような太くて低い声と、軽く肩を張る大きな手。

 それが僕を探しに来た鰐淵君だと、すぐには気づけなかった。

「どうしたの、枚方君?空なんか見上げて、涙なんか流して…」

「なかなか見つけて貰えなくて、心細くなったんだろう。全く、修久ったら情けないんだから。」

 メグリちゃんと黄金野君の声も、この時の僕には半ば上の空だった。

 どうやら他のみんなには、あの御兄さんと御姉さんが空へ上っていく所は見えなかったみたいだ。

 だけど、僕は信じたい。

 あの御兄さんと御姉さんは、きっと仲睦まじい幸せなカップルに生まれ変わっているってね。

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