第一章 「児童公園の小学生達」
ある日の放課後。
いつものように通学路の途中にある児童公園へ集まった僕達は、そこで隠れんぼをする事になったんだ。
「発起人である俺様が、わざわざ鬼を引き受けてやるんだ。精々上手く隠れて楽しませてくれよ。」
鬼役を自ら買って出たクラスメートの鰐淵君が、分厚い胸板を叩きながら豪快に笑っている。
プロレスラーみたいに屈強な身体と抜群の運動神経に恵まれた鰐淵君は、堺市立榎元東小学校の校区内ではガキ大将として通っていて、こうしてみんなで遊ぶ時には仕切り役として辣腕を振るうんだよ。
「とはいえ、タダで逃げ隠れしたんじゃ、つまんないからな。最後まで見つからなかった奴には特別に、うちの酒屋のジュースを賞品として奢ってやろう。」
ガキ大将とはいったけど、鰐淵君は単なる乱暴な苛めっ子じゃないんだ。
こんな風に、気前が良くてリーダーシップを取れる所だってあるんだから。
それに実家の酒屋さんの店番や配達もこなせるから、大人顔負けのコミュニケーション能力も持っているしね。
「その代わり…アッサリ見つかるようなヤル気の無い奴は、罰としてうちの不良在庫を定価で買い取って貰うからな!」
もっとも、横暴な所も無くはないんだけどさ。
「どうせ賞品のジュースも、体の良い不良在庫処分なんじゃないかな?」
小柄な身体をフレッピーファッションに包んだ七三分けの少年が、嫌味ったらしい皮肉な口調で小さく呟いた。
駄目だよ黄金野君、そんな事言っちゃ…
「何だよ黄金野、その言い草は!家が金持ちだからって、調子こいてんじゃねえぞ!」
「いっ、痛い!痛いよ、鰐淵君!」
あーあ、言わんこっちゃない。
怒り心頭の鰐淵君ったら、黄金野君の胸倉を掴んで持ち上げちゃったよ。
「お前の父ちゃんが失業家だからって、お前自身が偉い訳じゃないんだからな!」
「そ、それを言うなら実業家だよ…」
黄金野君ったら、本当に口が減らないなぁ…
地面から完全に足が離れちゃったのに、あんな事を言ってるんだから。
まあ、黄金野君はお金持ちのお坊ちゃんで、オマケに弁護士の叔父さんもいるみたいだから、口達者なのは仕方ないんだけど。
「駄目よ、鰐淵君!乱暴なんかしちゃ…」
一触即発の二人に割って入ったのは、濃い目の茶髪を短いツインテールに結い、白いブラウスに赤いサスペンダー付きスカートを合わせた女の子だった。
僕や鰐淵君達と同じクラスの小倉メグリちゃんは、榎元東小学校四年一組のマドンナとして名高い美人の子なんだけど、誰とでも仲良くなれる優しい心の持ち主で、男の子達と一緒に外遊びも出来る程の活発さも持ち合わせているんだ。
「あんまり乱暴すると、お店の評判が悪くなるわよ。こないだみたいに、お母さんに叱られたいの?」
それに、ガキ大将の鰐淵君に面と向かって啖呵を切れる勝ち気さと、弱い者苛めを看過しない強い正義感だって。
オマケに成績も優秀だから、メグリちゃんに憧れている子は少なくないんだ。
かく言う僕も、その一人だけど…
「か、母ちゃんに!?ソイツは冗談じゃねえ…やい、黄金野!今日はメグリちゃんに免じて勘弁してやるけど、次に生意気な口を叩いたら、タダじゃ済まないからな!」
そんなメグリちゃんには鰐淵君も頭が上がらなくて、引っ掴んでいた黄金野君の身体を大慌てで解放したんだ。
投げ捨てられた黄金野君、お尻から落ちて痛そうだな…
「ええぃっ、とにかく…賞品と罰ゲームに関しては、聞いての通り。罰ゲームの対象は、ビリとブービーの二人だ。不良在庫を押し付けられたくなければ、上手く隠れる事だな。」
早くも気を取り直したのか、鰐淵君は何事も無かったように競技の趣旨説明を再開した。
不良在庫を押し付けるとは言っても、さすがに一箱丸ごと強制買い取りなんて恐ろしい真似はしないよね?
押し売りなんて無茶苦茶な真似は、漫画の中だけにして欲しいよ。
「隠れ場所は、この児童公園の敷地内。一分間待ってやるから、精々良い隠れ場所を探しておけ。」
ルール説明を手際良く進めた鰐淵君は、ランドセルから取り出した鉢巻きで目隠しをすると、公園のベンチにゴロッと横たわった。
その泰然自若とした寝姿には、「全員必ず見つけてやる!」という自信が満ちていたんだ。
−鰐淵君が昼寝して待っている間に、手頃な隠れ場所を見つけよう。
そう思いながら駆け出そうとした、次の瞬間だった。
「修久、ビリになるのが嫌だからって、途中で逃げ帰るなよ。」
フレッピースタイルで決めた七三分けの少年が、皮肉っぽい口調でニヤニヤと笑いかけてきたのは。
「そ…そんな事しないよ、黄金野君…」
「どうだか?修久はちょっと鈍いからな。無断で棄権したら、鰐淵君がタダじゃ済ませてくれないよ。」
黄金野君は誰に対しても皮肉を言うけど、僕には特に辛辣なんだよなぁ。
「止しなさいよ、黄金野君!枚方君が困ってるじゃない…」
「へへっ!他人に庇って貰うなんて、修久ったら情けない!そのままメグリちゃんに匿って貰えば良いんだ!」
見るに見兼ねたメグリちゃんに一喝されたにも関わらず、黄金野君ったらあんな捨て台詞を残して行っちゃった。
本当に困った子だなぁ…
「気にしないで、枚方君。黄金野君も悪気があって言ったんじゃないの。さあ、私達も隠れましょ。」
黄金野君へのフォローを入れつつも、僕を励ましてくれるメグリちゃん。
快活に笑うその姿に、さっきまでの激しい剣幕は名残すら感じられなかったよ。
「う、うん…そうだね、メグリちゃん!」
あの朗らかで優しい笑顔を見ていると、こっちまで元気が出てくるみたいだよ。
メグリちゃんに良い所を見せるためにも、今日の隠れんぼは存分に張り切らなくちゃね!