誕生日パーティー 前編
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アルフレド様の誕生日パーティー当日。
完璧に仕上がったミスリルライラのドレスを持って、私はレイフォルド様が手配してくれた馬車へと乗り込んだ。念のため、裁縫道具一式を入れた鞄の中味をもういちど確認する。
そう、コレを忘れたら意味ないものねぇ。
鞄の中には、私が準備したアルフレド様への贈り物が入っていた。マリーの直筆入りの本と刺繍入りのハンカチ。
色々考えた末、ハンカチのほうはローズヴィメアで販売しているものじゃなく、お手製にした。木綿の布地にイニシャルと、ミスリルライラの物語のなかにも綴られている「幸運を呼ぶ紋様」を刺繍したものだ。
どうせ私は庶民だし、高価なプレゼントなんて、そもそも期待されてないと思う。
気に入らなかったら雑巾がわりにもなるハンカチなら、実用性があって良い。
だけど気持ちだけはちゃんと込めて作ったつもり。
ーーアルフレド様が、健康で、毎日笑顔で過ごせますように……ってね。
大きな幸運じゃなくてもいい。
ただ毎日、小さな喜びを積み重ねて穏やかな日々を送れたら、それが幸せだと私は思うから。
刺繍をしながら、ふと思いついて、レイフォルド様のぶんも用意することにした。ミスリルライラのドレスを見つけてくれた細やかな御礼の気持ちに。大好きな弟さんと「お揃い」なら悪い気もしないんじゃない?
馬車が屋敷につくと、ビシッと正装したレイフォルド様が待ち構えていた。
明るい夜空のような青く艶めく髪は、後頭部にかけて撫でつけられていて、端正な顔立ちや、キリリとした銀色の瞳が露わになっている。
シンプルな白いシャツに、瞳と同じ色の銀糸で縁取られた黒の毛織りのベスト。膝下丈の下衣に長身が際立ってみえる長革靴。おそらく全てオーダーメイドなんだろう。だって生地も仕立てもすごく良い。なにより余計な装飾が無い意匠が、レイフォルド様の知的な美しさを増し増しにしている。かっこいい……。
大好きな弟さんの誕生日だもの。
そりゃあ気合いも入るわよねぇ。
それにくらべ……私は売り子をする時に着ている、一張羅のローズヴィメアのワンピース。残念なことにメイクをしても地味な顔だから、とても質素な形なのよ。さすがに恥ずかしいとも思ったけれど、主役はアルフレド様だし、私はその引き立て役であれば良い。それにドレスなら、着るより作るほうが好きだもの。
「今日は、お招きくださいまして有難うございます。依頼されていたドレス、どうぞお納めくださいませ」
「ああ。確かに。……ヴォヌール、至急、このドレスをアルのところに持っていってくれ」
「かしこまりました」
後ろに控えていた家令のヴォヌールさんが、ドレスの入った箱を受け取ると、屋敷のなかに入っていく。
「楽しみですねぇ……」
アルフレド様がミスリルライラのドレスを着た姿を想像して、私はしみじみと呟く。
きっと……いや、絶対に似合うはずだ。
「きみは……」
「え?」
視線を移したところで、私は吃驚してしまう。
ち、近くないですかっ、レイフォルド様!?
いつの間にか、袖が触れ合うくらいの距離にレイフォルド様がいて、なんだか落ち着かない気持ちになる。
「きみは、不思議な人だな」
とても優しい銀色の眼差しが、私を見下ろしていた。
ただでさえ男の人にも、美形に対しても免疫がないから、ドキドキしたって仕方ないじゃない!?
「な、なっ、なんですか急にっ」
声はひっくり返ってしまったけど、さりげなく一歩分だけ距離を取る。早く落ち着かなきゃ。
だけどレイフォルド様は、こんな私の心境なんて知らずに、アルフレド様に向けるような、甘い笑顔を浮かべて言った。
「きみがはじめてだ。屋敷の者に対してもアルフレドは心を開くのに時間が掛かったというのに。カルナディア嬢、きみは弟のそのままを受け入れてくれたんだな。ありがとう。お陰で、アルフレドは良い誕生日を迎えることができた」
「いえ……私はなにも」
「そんなことはない」
「さ、さようでございますか……」
「ああ、感謝している。両親がいなくなってアルフレドは一人で塞ぎこんでいることも多かったが、きみに出会ってから、ずっと楽しそうに笑っていたんだ」
ああ……レイフォルド様、とても嬉しそうな顔してるな。
その気持ち、ちょっと分かる。
私も親友が笑っていたら嬉しいし、もし泣いていたら悲しい気持ちになるだろうから。
大好きなアルフレド様が喜ぶことで、レイフォルド様もきっと嬉しいんだ。
……良かった。
ミスリルライラのドレスをつくって。誰かが笑顔になれるものをつくれて良かった。
屋敷のなかに入ると、ヴォヌールさんがやってきた。
「アルフレド様が、カルナディア様をお呼びです」
「私を、ですか?」
まさかドレスに不具合でもあったのだろうか。
ヴォヌールさんに案内してもらい、急いでアルフレド様のもとへ向かう。
部屋の中に入ると、そこにはミスリルライラのドレスを身につけた美少女……じゃなく、アルフレド様がいた。
私を見ると、バァッと天使のような笑顔をして駆け寄ってくる。
「カルナディアさん、このドレスっ……! これは、あの、ミスリルライラの!?」
「そうです! 『女魔術師・ミスリルライラ』の一巻でミスリルライラが海賊と戦ったときに着ていたラッフルドレスを再現したもので……って、かっ、かわいいですアルフレド様、本当にかわいいです! すごく似合ってます!」
「着心地もとても良いよ! サイズも僕にぴったり」
「それなら良かったです〜!」
アルフレド様は興奮しているようだ。
頬を紅潮させ、私の手を両手で握りしめて、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。
胸元のラッフルがふわりと揺れて、明るい銀色の巻き髪もあわせて舞いあがる。良い香りがした。
「こんな素敵なドレス、はじめてだよ」
「レイフォルド様が見つけてくださったんですよ」
「うん、兄様にお礼を言わなきゃ。それに、カルナディアさんにも」
「私のことは気になさらないでください」
「そんなわけにはいかないよ。だからね……、カルナディアさんにもドレスを準備したんだ。さっそく着てみて!」
「えっ! 私にですかっ……!?」
絶対似合うと思うから、と、得意げな顔でアルフレド様が一着のドレスを差しだしてくる。
「コルセットも必要ないドレスだよ。僕は後ろを向いてるから着てみて!」
「え、でも、」
「着替え終わったら、メイクもするからね。早くっ!」
「…………」
アルフレド様が、くるりと背中を向けた。後ろ姿だけど、わくわくしている様子が伝わってきて、私は苦笑いしてしまう。
ドレスは着るより、作るほうが専門なのよねぇ。
それに私がいくら着飾って化粧をしたところで、垢抜けるはずもない。
元が地味顔なのだ。
例えるなら、アルフレド様が絹のハンカチなら、私は使い古した木綿のハンカチだ。間違いない。
でも……せっかくアルフレド様が用意してくれたものだもの。着ないわけにもいかないよねぇ。
私は覚悟を決めて服を脱いだ。
渡されたのは、アプリコット色のドレスで、露出のない意匠。裾には幅の広い銀色のレースがたたきつけてある。確かにこの色なら、私のブラウンの髪とも馴染みそうだ。
「うんうん、とても良いと思う。カルナディアさんは細いし、透明感のある肌をしているから、こういう優しい色がすごく似合うねっ」
えぇ? そんなことはじめて言われた。
着替えたあと、アルフレド様が私の髪を軽く梳いて、お花の髪飾りをつけてくれる。頬紅と、口紅もつけてくれた。
「鏡を見てみて? どう?」
姿見の前に立つ。
そこに映るのは、別人のように様変わりした美しい私……ではなく、いつも通りの私だ。
でも、アプリコットのドレスは、地味な私の顔を明るくしてくれているし、メイクのおかげでいつもより大人っぽい印象になっている。
すごいアルフレド様。
使い古したハンカチから、新品の木綿のハンカチになりましたよ私。
「ありがとうございますアルフレド様。こんな素敵なドレス、今まで着たことなくて嬉しいです」
これは本当の気持ち。
似合わなくても、憧れがないわけじゃなかったから。
「可愛いよカルナディアさん。さっ、早く兄様にも見せにいこう!」
何故か今日主役のアルフレド様にエスコートされて、パーティー会場になっているお部屋に行く。
「お待たせ兄様。どう? 僕のドレス似合ってる?」
「ああ、天使のように美しいよアル。とても似合っている。ミスリルライラが本の中から飛び出してきたようだな」
「ありがとう兄様!」
デレた表情のレイフォルド様の視線が、次に私のほうを向く。き、気まずい……。
「ほら兄様、カルナディアさんもドレスを着たんだよ? 女性が着飾った時はなにか言わないと、紳士じゃないんだからね」
そんなに煽らないでアルフレド様。
私のことは見なかったことにしてくれて構いませんから。
レイフォルド様にじっと見つめられて、頬が熱くなっていく。
「うむ。カルナディア嬢は、とても可憐な女神のようだな」
「!!」
ーー女神!?
いくらなんでもそれは褒めすぎでは。
思わず私は噴きだしてしまった。
だって「女神」って……明らかに嘘だから笑ってしまう。
でも……レイフォルド様は笑う私を見て、大真面目に首を傾げていた。え、まさか。
「女神って……、天使より上だね」
こそりとアルフレド様が耳元で囁いてくるから、私は今度こそ本気で動揺した。
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