親友のマリアンナ
アルフレド様との出会いから数日後。
ミスリルライラのドレスが、順調に作業が進んでいることもあり、私はある目的を持って、親友のマリアンナに会いにきていた。
実はマリアンナは男爵家の一人娘。そう貴族なの。そして彼女こそ「女魔術師・ミスリルライラ」の作者だったりする。
「会えて嬉しいわ、カルナー!」
「急にきちゃってごめんねマリー。執筆で忙しかったんじゃない? 大丈夫だった?」
「気にすることないですわ。カルナーのためなら、締め切りなんて、ぶっちぎるのですから」
「えぇ? ぶっちぎったら駄目だと思うよ? みんなマリーの書く物語りを楽しみにしてるんだから」
「そうかしら」
「そうだよ。まさか……ぶっちぎってないよねぇ?」
「うふふ」
金色の長いふわふわの髪を揺らして、マリーが楽しそうに笑っている。
出会った時から変わらず、愛らしい見た目と芯の通った性格で、頭も良い。そんなマリーだからこそミスリルライラの物語を生みだすことが出来たんだと思う。
私の前では快活なマリーだけど、本当は極度の人見知りらしく、社交の場にはほとんど顔を出さないと言っていた。
「心配しなくても大丈夫ですわカルナー。仕事のほうは切りの良いところまで終わりましたの」
「なら、良かった」
「今日はせっかくだから、お庭でお茶にしましょう。天気も良いことですし……」
マリーに連れられて、色とりどりの季節の花々が咲く庭園にやってきた。
真っ白なテーブルには、ティーセットや見たこともない綺麗な形のお菓子が並んでいる。椅子に腰掛け、私は庭にある一本の林檎の木を見上げた。
「この場所にくると、カルナーと出会った日のことを思い出しますわね……」
お茶を淹れていたマリーが、私の視線の先を見て、そう言った。
「そうねぇ。この林檎の木が無かったら、私はマリーや、お師匠様には出会っていなかったと思うから」
「そうですわね……」
私たちは、どこか感慨深い気持ちで、白い花が咲く林檎の木を眺める。
同い年のマリーとの出会いは、今から約十年前……。
私は七歳だった。
ずっと優しい両親に甘えるように幸せに暮らしていた私だったけど、ある時を境に生活は一変した。
教師をしていた父が、同僚に騙されて、多額の借金を負ってしまった。
父を責める母。そして家計のために働きにでることにした母も、不幸なことに馬車の事故に遭い怪我をしてしまう。
そこから私の地獄のような日々が始まった。
酒浸りになった父と、後遺症で働けない母のかわりに、私は日銭を稼ぐことになる。
朝から晩まで街を歩いて、仕事が無いか聞いてまわる。ひとつも稼ぎがないまま帰ると、食事を摂らせてもらえなかった。お腹を空かせたまま眠りにつき、朝になればまた仕事を探しにいく。
私が日銭を得るかどうかにかかわらず、父は酒をのんでいたし母は新しい服を買っていた。それに気付けるくらい、私は大人じゃなくて、毎日ひもじい思いをしていた。
ある日、空っぽのお腹のままフラフラ歩いていると、お城のような立派な屋敷が目の前にあった。
その時の記憶はもう曖昧だけど、私は吸い寄せられるように敷地のなかに忍び込んで、真っ赤に熟れた実をつけた林檎の木を見つけたんだ。
他所の人のモノなんて考えもしなかった。
それくらい私は飢えていた。
口の端から涎をこぼしながら、夢中で林檎の木をよじ登り、そして……落ちた。
目が覚めた時、晴れた空のような淡いブルーの瞳と目が合った。マリーだ。その隣には同じ色の瞳をした大人の女性がいて、信じられないくらい優しく私の頭を撫でてくれた。
その人はマリーのお祖母さんで、私にパンを買うお金をくれた。
もちろんタダじゃない。
私はマリーのお祖母さんを「師匠」と呼び、裁縫の技術を教わりながら、雑事を手伝うという仕事を与えられた。そのお陰で、私は「お針子」という職業を志すことになった。
稼いだ日銭はすぐに両親にもぎとられたけど、もう哀しくなることも、飢える心配もなくなった。
心から気遣ってくれる親友と、厳しいけれど何も出来なかった私に、面倒くさがらず色々教えてくれる師匠と出会ったから……。
「私、マリーと師匠には一生感謝して生きるわ」
「こちらこそですわ。カルナー、わたくしと友達になって下さって有難うございます」
林檎の木を眺めながら、二人で笑った。
「ところでカルナー? わたくしにお願いとはなんですの?」
「そうよっ、肝心なことを忘れるところだったわ」
今日、私がマリーに会いにきた理由。それはアルフレド様に誕生日プレゼントを用意するためだった。
パーティーに招待されたけど、手ぶらで行くってわけにもいかないものねぇ。
かと言って、庶民の私が高価なものを買えるわけでもないし……。
悩んだ末、ひとつはローズヴィメアの刺繍のハンカチをプレゼントすることにした。
そしてもうひとつ……。
アルフレド様は「女魔術師・ミスリルライラ」の熱狂的な愛読書。だからミスリルライラの作者であるマリーから、直筆のメッセージを書いてもらったら嬉しいんじゃないかと思いついたのだ。
「実は……名前とか詳しいことは言えないんだけど、ミスリルライラが大好きな子がいてーー」
ドレスを見つけてくれたレイフォルド様のこと。そして離れて暮らしていた兄弟が仲良くなるキッカケになったのは「女魔術師・ミスリルライラ」の物語だったことなど、情報漏洩にならないように気をつけながら事情を打ち明けた。
「そういうことでしたら、協力いたしますわ!」
マリーは快く引き受けてくれた。
手元にあったミスリルライラの本に、直筆の署名を書き、贈り物用にしてくれるという。
「マリー! 本当に有難う! 絶対に喜ぶと思うわっ」
「そうなら嬉しいですわ」
「かわりに、なにか私にお願いしたいことない?」
「お願いしたいこと……あると言えば、あるのですが……」
「なに? 何でも言って!」
「では、今度ミスリルライラの取材に、一緒に付いてきて欲しいですわ」
「え、そんなことで良いの?」
「はい。日にちが決まったら連絡しますわ」
「わかった!」
親友のおかげで、アルフレド様の誕生日プレゼントを用意できてホッとした私は、心置きなくマリーと楽しい時間を過ごした。
お読み頂き有難うございます!
次はアルの誕生日パーティー回です。