控えめに言って、天使
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次の日。レイフォルド様は約束の時間きっちりに、やってきた。なんとなく微妙に目をあわせてくれないのは、昨日の「弟」発言を気にしているせいなのかな?
『……着用するのは「弟」だ』
それを聞いてすごく吃驚したけれど、一晩寝たら落ち着いた。それにミイサさんと話をして、変に意識するのはやめようと思った。
ミスリルライラのドレスが売れたこと。お針子としてレイフォルド様のお屋敷に呼ばれたことを報告したあと、私はミイサさんにさり気なく聞いてみた。
「ドレスを着たいと思う男性って、いると思いますか?」
突拍子もなくそんな事をきいたせいで、案の定、ミイサさんは目を丸くした。
けれど、すぐに女神様のような綺麗な笑顔を浮かべ「いるんじゃないかしら」と言う。
「美しいものを身につけたいと思う気持ちに、年齢も性別も関係ないもの」
さすが「美の探求者」であるミイサさん。名言すぎる台詞だと思った。日銭をちまちま稼いで、ほどほどに平和な老後を送りたい私なんかでは、到底及ばない考えをしている。
「もしもミイサさんに、お兄さんか、弟さんがいて、どちらかがドレスを着たいって言ったら、どうしますか?」
「似合えば良いんじゃないかしら」
「似合えば……」
「男とか女とか関係なく、その人らしさが出ている服装だったら、それが一番似合うものなんだと思うわ」
「ふ、深い……」
またしても私を唸らせたミイサさんは、その後、商売仲間の、ある男性の話をしてくれた。
その人は、女性向けに化粧品を卸している商人。
取り扱う化粧品の効果を確かめるために、普段からお化粧品をしているという。
男の人がお化粧!? と、私は吃驚する。
けれど、それにも意味があった。
わざと日焼けをして肌を痛めたあと、美白効能がある化粧水を使ってみたり、白粉や口紅なども試して、本当の効果をお客さんに伝えているのだ。
実際に使用しているからこそ、彼の語ることには説得力があり、おかげで化粧品は飛ぶように売れているのだとか。
「彼は世の中の女性が美しくいるために頑張っているのよ。そう考えたら、性別なんて大した問題ではないんだわ。殿方がドレスを着ることで何か救われるモノがあるなら、わたしはそれで良いと思うわ」
確かに……もし、ドレスを着ることで元気になれるなら、男だろうが女だろうが、そんなのは関係ない気がした。そもそも、ドレスが女性だけのものなんて決まり、誰もつくってないしね。
レイフォルド様が、どんな思いで弟さんにドレスを贈ろうとしているかは分からない。他人が踏みこんではいけない事情もあるだろう。
今の私にできることは、少しでも喜んでもらえるような品物を準備することだけ!
気持ちを切り替えた私は、さっそく男の人でも体型が綺麗に見えそうなシルエットのドレスや、流行の装飾品を見繕っていく。良いと思うものを片っ端から集めていたら、全部で衣装箱八個分になってしまった。
もしもこれが全部売れたら、今月は売り上げ目標を余裕で達成できそうねぇ。
お願い……全部、買って!
迎えにきてくれたレイフォルド様は、荷物を積むための馬車も手配してくれていた。御者が衣装箱をつめたら、さっそく出発だ。
「では、ミイサさん。行って参ります」
「よろしくねカルナー」
ミイサさんに見送られながら立派な馬車に乗る。てっきり私は荷物と一緒の馬車で移動すると思っていたら、違ったらしい。
向い側の席には、レイフォルド様が優雅に足を組んで座っていた。
馬車に乗る時、手を貸してもらった時のことを思いだす。
温かくて、大きな手だった……。
男の人とまともに触れ合ったことない私は、すました顔でやり過ごしたが、内心では、すごくドキドキしていた。
目の前に座る、レイフォルド様をちらりと見る。
やっぱり、すごく綺麗な人……。
なんていうかすべてが整っている。こんな見目をしていたら、きっと周りの女性達は放っておかないだろう。
私は、ふと、思い至る。
——レイフォルド様がこんなに綺麗なら、弟さんも、とても美男子なのでは?
「あの、聞いてもいいですか?」
「なんだ」
「レイフォルド様の弟御様は、どんなお方ですか?」
「!」
その瞬間、レイフォルド様はカッと瞳を見開いた。えっ!?
「アルは……控えめに言って、天使だ」
「はい?」
聞き間違えたかな私。
今、確かに天使って聞こえたような?
「わたしの弟、アルフレドは聡明で愛らしく、見る者すべてに癒しの加護を与える奇跡、まるで天上から遣わされた御使のような……、ようなでは無いな。アルフレドは天使そのものだッ——!」
さ、さようでございますか……。
私はなんとか笑顔で頷いた。
どうやらレイフォルド様は、弟をとても溺愛しているみたいねぇ。
しかし……こんなお兄ちゃんで、弟のアルフレドさんは大丈夫だろうか。
周りから変な目で見られたりしていないだろうか。友達はちゃんといるだろうか。仕事と友達は、生きて行くうえで大切だもの。
勝手にそんな心配をしていると、レイフォルド様は憂いをおびた表情で口を開いた。
「天使……アルフレドは生まれつき身体が弱くてな、ずっと療養のため空気の良い田舎で暮らしていたんだ。年に一度会えればいいほうで、最近ようやく一緒に暮らし始めたんだ」
「そうだったんですね……」
「ああ、ずっと離れていたから嬉しかった。だが、両親がいなくなって、いざ二人きりになると、離れていた時間が長すぎて、どう接したらいいか分からなくなってしまった……」
悩ましげに目を伏せたレイフォルド様が、まるで片想いを拗らせた乙女みたいに見える。相手は弟だけど……。
でも、今、両親がいなくなったって言ったよね?
昨日も「爵位を継いだばかり」だって……。
もしかしてご両親の身に何かあって……弟さんと一緒に暮らすことになった、とか?
だとしたら、レイフォルド様が家族を溺愛する理由も少し分かる。
「お辛かったですね……」
「そうだな。……だが、そんな時に『女魔術師・ミスリルライラ』に出会ったんだ。アルフレドは昔から物語を読むのが好きだったし、わたしは魔術の研究をしているから興味深かった。ミスリルライラのおかげで、アルフレドとの間にあった溝を埋めることができた。感謝している……」
そっか。だからこそ、ミスリルライラのドレスを贈り物として選んだんだ。
「来週、二人きりで、アルフレドの誕生日パーティーをするんだ。その時に着るドレスを贈ると約束している。ミスリルライラのドレスとはまだ言ってない」
「分かりました。では、私は採寸が終わり次第、間に合わせるようにすぐに作業に入ります!」
「頼む。金に糸目はつけない。今日用意してもらった品も、目を通して危険物じゃない限り、すべて買い取ろう」
「ありがとうございます!!」
やった! 嬉しい!
……でも、私は肝心なことを聞けないでいた。
アルフレドさんは、本当に、女物のドレスを着るんだろうか。
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