エピローグ あなたと誓いを
ここは街中にある教会。
天井の壮麗なステンドグラスから光が差し込み、静寂のなかに、パイプオルガンの重厚な旋律が流れる。
「……っ、……ううっ」
「カルナディア嬢、ハンカチを」
涙が止まらない私に、横からレイフォルド様がハンカチをそっと差し出してくる。
「い、いえ、レイフォルド様だって、思いきり泣いてるじゃないですかっ」
「っ、替えはあるから問題ない」
私達は同じタイミングで目頭にハンカチを当てた。
「ううっ……アル、立派になって……」
「マリー、ほ、本当に綺麗だよ……うぅ」
純白のドレスに身を包んだ今日のマリーは、世界中の誰よりも美しく、幸福な花嫁に違いない。
そして、その隣に立つアルフレド様は、長かった髪をケジメと言わんばかりに短く切り、お姫様を守る騎士のごとくマリーの手を取っている。
今日はマリーとアルフレド様の結婚式だ。
婚約から一年……。
二人の気持ちは変わらず、今日という良き日に正式に夫婦として誓いを立てる。
こんなの、泣かずにはいられないわよねぇ。
レイフォルド様なんて昨日の夜から泣いていた。
溺愛している弟の結婚。
そして結婚式が終わった今夜からは、アルフレド様は新居に移り住むことになっている。
『今まで、大変お世話になりました』
朝、アルフレド様から挨拶をされたレイフォルド様は、ものすごく寂しそうだった。
でも新居までは歩いていける距離だし、そのうち慣れるんじゃないかと私は思っている。
神父様がやってきて、いざ誓いの儀式が始まるという時だった。教会の扉が大きく開かれる。
「——ま、待ってくれ……! ぜぇ……ッ」
誓いの中断を求める声がして、レイフォルド様が「花婿、もしくは花嫁攫いか」と呟き、すくっと立ち上がる。
そんな馬鹿な、と思いながら私も扉のほうに目を凝らす。
「もしかして……父さま? 母さまもっ!?」
アルフレド様の嬉しそうな声が響いて、会場中が驚きに包まれた。
「父上、母上、帰ってきたのか」
レイフォルド様がほっと胸を撫で下ろす。
お祝いに相応しい正装に身を包んだ品の良さそうな中年夫婦が、そそくさと近くのあいている椅子に座った。
「アルフレド様のお父様とお母様……ということは、レイフォルド様のご両親!?」
当たり前だ。と、心のなかで自分自身にツッコミを入れる。でも、それくらい私は混乱していた。
「そうだ。爵位を譲渡してから、二人は諸国漫遊の旅に出ていたんだが……間に合って良かった。キミのことも紹介できる」
「だ、大丈夫でしょうか、私なんかで!?」
「〝なんか〟ではない。キミはわたしにとって大切な女性なのだから」
優しく言われ、膝の上にのせていた手の上にレイフォルド様の手が重なる。大きくて、温かくて、いつでも私を安心させてくれる手だ。
もう、とっくの昔に覚悟は決めたはずだ。
レイフォルド様と恋人になった時から、反対されることなんて目に見えていたはずだもの。逃げずに向き合うしかない……。
結婚式が終わり、私たちはお祝いの場を新婚夫婦の新居に移す。お披露目も兼ねたガーデンパーティーの始まりだ。
レイフォルド様はご両親と一緒にどこかへ消えてしまったため、私はマリーのところへ行くことにした。
「あらためて、結婚おめでとうマリー!」
「ありがとうございます! カルナーのおかげですわっ!」
「そんなことないよ!」
私はマリーと抱き合い、お互いに喜びをかみしめる。
数年前は、こんな幸せな未来がくるなんて想像もしていなかった。これからマリーは、愛する人に守られながら世界に名を残す作家になるのだろう。
「待たせてすまない、カルナディア嬢」
私は、ついにその時を迎える。
レイフォルド様が、ご両親を連れていらっしゃった。
二人の視線をあび、緊張が高まる。
「父上、母上、紹介します。彼女はお針子のカルナディア・ロイシタン嬢。わたしが結婚を考えている女性です」
レイフォルド様がはっきりとそう言った。
「なんだとっ!」
「まあ!」
「えっ、えええッ!?」
私まで驚いたら、レイフォルド様が眉を寄せる。
「何故、キミが驚くんだ」
「だって今……結婚て……言いましたよね?」
「まさか、嫌なのか?」
「いいえっ、そうではなくて……」
私達のやり取りを、ハラハラした面持ちでレイフォルド様のご両親が見守っている。
「その……結婚のことについては、はじめて言われたので、びっくりしてしまって……」
「わたしは最初からそのつもりで、『隣にいて欲しい』と、キミに伝えたつもりだったが……」
「…………」
たしかに、言われたわねぇ。
そして私もレイフォルド様と歩む未来を望んだ。
好きだという気持ちも変わっていないし、むしろ以前よりも強くなっている。
だけど本当は、心のどこかで不安に思っていたんだと思う。
——私はレイフォルド様の隣にいていいのだろうか、って。
いつまでもこの幸せが続くことを願いながら。
だから「結婚」と言われたことで、驚いてしまったのだ。急に現実味を帯びた未来に、嬉しさと戸惑いで、感情が追いついていかない。
「カルナディア嬢?」
「えっと……その、私は……」
レイフォルド様が望んでくれるなら私は結婚したい。
そうだよ……。
完璧な答えなんて見出せるはずがない。
これからの未来、レイフォルド様に愛想を尽かされる日だってくるかもしれない。
その時はまた、寂しさを抱えながら、日銭を稼いで生きていけばいいんだもの。
「不束者ですが、どうぞよろしくお願いします……」
「……っ」
不安げな顔をしていたレイフォルド様に笑顔がもどる。
ハラハラした様子のご両親も、頷きながら「弟離れができて良かった」と、しみじみ呟いていて何故か親近感がわいた。
「兄さま、良かったねっ」
「アル……!」
「アルフレド様!」
いつの間にか後ろにいたアルフレド様に祝福され、私たちは手を取り合った。
そして未来を誓い合うように、お互いの手を強く握りしめた。
これにて完結です。
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