贈り物の相手は
ブクマくださった方、有難うございます!
保管部屋に入ると、型崩れしないよう平置きにしていたドレスのひとつを手に取る。
胸元に幾重にもあしらったラッフルが、ふわりと揺れた。
製作に苦労した日々を、自然と思い出してしまう。
とくにこのラッフルの揺れ感が上手く再現できなくて、何度も何度も生地を変えたり、縫い目をほどいたりして作り直したのよねぇ。
おかげでちゃんと納得いくものが出来た。私の自信作!!
物語のなかだけに存在する「ミスリルライラ」という女の子は、裕福な商会を営む家の養女。物語の序盤、彼女の住んでいる港町が海賊に襲われ、商会の大切な物品を強奪されそうになる。その危機に、ミスリルライラが魔術で撃退するという鮮烈な場面が描かれている。
なにがスゴイかって……巷で「女」が主人公の物語は恋愛小説と決まっていた。なのに、ミスリルライラは困っている人のために戦う「女の子」だ。冒険活劇の主役はだいたい「男」が多い。世間的には賛否両論もあるみたいだけど、実際に読むと面白いのよねぇ。
ミスリルライラの出生には秘密がありそうだし、ドレスを着て戦う場面や、困難があっても立ち向かう姿は、読んでいるこっちまで勇気づけられる。
だからこそ、ミスリルライラのように、世の中の女性が前向きに日々を生きて欲しいという願いをこめて、私はこのドレスをつくった。
なにがあっても、強く生き抜いて欲しいって……。
これがミスリルライラのドレスだっていうことは宣伝してない。
いずれ、する日も来るかもしれないけど、名前だけで買う人が増えてしまったら、このドレスが本当に必要な人の所に行けなくなってしまうから。
人も、ドレスも、きっと縁があって出会うんだと思う。
宣伝しなくても、ミスリルライラが大好きな愛読者や、戦うくらい頑張らなきゃいけない女性なら、このドレスの機能面にも注目して気に入ってくれるはずだもの。
……そして、ちゃんと出会ってくれた!
今日来たお客様は、宣伝していなくても、ちゃんと見つけてくれた。
贈り物用だと言っていたけど、贈る人も、贈られた人も、このドレスとかかわって幸せな気持ちになってくれたら嬉しい。
私は手袋をつけた手でドレスを丁寧に持ち、お店に戻る。
「お待たせ致しました! こちらがご要望の【女魔術師・ミスリルライラ】第一幕ーー「真昼に現れた美少女魔術師」のなかで、ミスリルライラが着用していた、その名も「そよ風に揺れるラッフルドレス」でございます!」
真剣な様子で、店の入口の扉を見つめて棒立ちしているお客様に声を掛ける。
私が離れてしまっている間、本気で店番していたことが伝わってくる。真面目な人なのねぇ。
「……あ、ああ、これで間違いない。購入しよう」
「お買い上げ、有難うございますっ!」
よし、大物が売れたわー!
きっとミイサさんも褒めてくれるに違いない。
「ちなみにお客様、贈り物用と仰ってましたよね?」
「そうだ。来週……誕生日なんだ」
「さようでございましたか。でしたら、ご一緒にこちらのリボンや、レースの手袋はいかがですか? ドレスにぴったり合うお品になりますが」
「うむ……、ではリボンは貰おうか」
「有難うございます! あと他にはですね」
ドレス一着だけの購入で終わらせるわけにはいかない。だって、この人の懐からは、お金のにおいがプンプンするもの。私の本業はお針子だけど、任された仕事は手を抜かないのよ!
手袋がダメなら、ブローチや、ブレスレット、イヤリングはどうかしら?
どんな人が着るか分からないけど、ドレスに合う装飾品もあれば、後々なにを組み合わせるか困らなくて済むし……。
「おい、君」
「はい? 何か、気になるものが?」
「ひとつ相談がある」
「相談……でございますか?」
なんだろう。顰めっ面で結構深刻そうな顔してる。
せっかくの綺麗な顔なのにもったいない。
「その……お針子を用立てて欲しいんだが」
「あっ、それはもちろん! 衣装屋ですから手配できますよ」
ローズヴィメアのドレスは既製品だ。
貴族のご婦人方の着用する特注品で作られたドレスではないため、身体にあわせて「寸法直し」する必要がでてくる。といっても、この下町の庶民に依頼されることは少ない。ほぼ上流階級の人達ばかりで、私も何度か依頼されて邸宅にお邪魔したことがある。
「そのお針子だが、条件がある」
「条件?」
「そうだ。信用できる……口が堅くて、見たこと聞いたことを、絶対に他言しないと誓える者」
「は、はぁ……。さようでございますか」
んん? ここまで警戒心強めな人は珍しい。
なにかよっぽどの事情があるとか?
「……誰かいないだろうか」
「う〜ん。私もじつはお針子なのですが、うちのお店のお針子達は、みんな信用できると思いますよ? ……そもそも商売は信用第一ですし」
「君はお針子だったのか?」
「あ、はい。お針子のカルナディア・ロイシタンと申します。売り子もしていますが、基本的には、お針子を生業にしております」
「そうだったのか。では、君にお願いすることは可能だろうか?」
「えっ、私で、宜しいのですか?」
「ああ、君がいい」
君がいい。……そんな台詞、初めて言われた。
私の価値なんて大したことない。かわりなんて幾らでも見つけられる凡庸な人間なのに。そんな風に言われたら、単純だけど、嬉しいと思ってしまう。
「この店に入ってから今まで、君の態度を見てきたが、君が誰かを貶めるような人間じゃないことは良く分かった。だから——君がいいんだ」
「!!」
澄んだ銀色の瞳が、真っ直ぐに私を見つめてくる。
急に胸のあたりが締めつけられるように、ぎゅっとする。断る理由なんて、初めから無い。
「わ、私で良ければ、喜んで……」
「ああ、頼む」
安堵したからか、嬉しそうに微笑まれて、私の胸はますます苦しくなる。
つい拝みたくなるような美人のミイサさんを見ても、ここまで動悸がすることは無かったのに……。
「では、カルナディア嬢」
「カルナディアで構いませんよ、旦那さま。それから、さきほど仰っていた信用に関してですが、ドレスのお直しについては、同僚や経営者に相談しながら作業することもございます。その点についてはご了承頂けませんか?」
「それは構わない。変な噂さえ立つことがなければ」
「かしこまりました」
「うむ。名乗っていなかったが、わたしの名は、レイフォルド・ウェルズリー子爵」
「し……子爵様……!」
上流階級の人だとは思ったけれど、やっぱり貴族だったんだ。貴族で、しかもミスリルライラの愛読者。
「子爵といっても爵位を継いだばかりの若造だ。それに今は王宮勤めの研究員だ。堅苦しいのも苦手だから、気楽にレイフォルドと呼んでくれ」
「えっ、そんなわけには……」
友達ならまだしも、お貴族様だし、それ以前にお金を戴くお客様だし。
「ではカルナディア、明日、同じくらいの時間に迎えにくる」
「えっ、あ、はい!」
「わたしの邸宅で採寸などお願いしたい。他に良さそうなドレスや装飾品も、用意したものはすべて購入するから、明日までに揃えておいてくれ」
「!」
だんだん目の前のレイフォルド様が、お金そのものに見えてきそうになる。
「す……すべてを? 本当ですか?」
「ああ。すべてだ。ただし——」
「ただし?」
「……着用するのは「弟」だ」
「はいっ!?」
今、お、弟って言ったわよねっ!?
妹の間違いじゃなくて、お、弟!?
贈り物の相手が弟で、着用するのも弟さんてこと!?
「ゴホン……だから、寸法直しが出来る品だけにしてくれ」
チリリン……と鈴の音が響く。
逃げるようにレイフォルド様が去っていく。
私はお辞儀をするのも忘れ、呆然としながらその背中を見送った。
お読み頂きまして、有難うございます。
次回も宜しくお願いします。